第86話真水と迷子
『炎症』——それは容赦なく蝕んでいく症状だ。喉を焼くような感覚は、初期こそただの違和感に過ぎないかもしれないが、一刻も早く対処しなければ、内部の組織を確実に破壊し続ける。
ヴィンの追跡を振り切った今でも、俺の役目は終わっちゃいない。俺の両肩には、まだ重い責任がのしかかっている。俺自身の軽率な作戦のせいで瀕死に陥ったシャングリーを救うことだ。
「プリリー、さっき俺たちを診療所に連れて行くって言ったよな。頼む、今すぐ案内してくれ。これ以上、シャングリーさんの症状が悪化するのを待ってられない!」
「ええ、分かったわ! ついてきて」
俺たち三人は、プリリーの背中を追って狭い路地を進み始めた。
かなりの距離を歩いた後、俺の五感を奇妙な感覚が襲った。一見すると第三セクターと似たような雰囲気だが、第三セクターとこのミニセクターの境界線は、先ほどよりもいくぶんか肺に優しい空気を提供してくれている。
まだあちこちに生ゴミの残骸が散らばっているものの、先ほどのエリアのように胃袋がひっくり返るほどの悪臭はない。
「ここはね、よそから来た人たちがよく夕日を見て過ごす場所なのよ」
この辺りの建物は、道の両脇にずっと頑丈で整然と立ち並んでいる。見慣れた粘土塗りの壁は、より現代的なセメント塗りに変わっていた。
「ほら、あそこ」
プリリーは広々とした広場を指差した。
「のんびりしたい時に、すごくいい場所なの」
(……のんびり、だぁ?)
シャングリーを支えるために、千切れそうな脚の筋肉を引きずってきた俺に、景色を眺めて黄昏れろって? 冗談じゃない!
確かに疲れを癒すには最高の場所かもしれないが、仲間の命のタイムリミットに追われている今の俺にとって、休憩なんて手の届かない贅沢品でしかない。
(それに……一体いつまで歩かせる気だ? あいつが自慢げに語っていた診療所は、どこにあるんだよ?)
「よく分からない無駄話をしてる暇があったら、黙って歩いてくれないか」
イライラが募り、思わず口から毒がこぼれた。
「ご、ごめんなさい。これ、私の悪い癖で……一度話し始めると、つい止まらなくなっちゃって」
「俺が言いたいのは、そういうことじゃない」
「えっ!? じゃあ、何なの?」
プリリーが間の抜けた声を上げた瞬間、俺は彼女との距離を詰め、無言でピタリと足を止めた。俺が歩みを止めたことに気づいたプリリーも、不思議そうに眉をひそめて振り返る。
俺は一度息を止め、そして盛大にため息を吐き出した。そして、彼女の顔にビシッと指を突きつけながら、声を荒らげた。
「お前、気づいてないのか!? さっきから俺たち、同じところをぐるぐる回ってるだけじゃねぇか!」
だが彼女は、悪びれる様子もなく、ただキョトンとした顔で空を見上げ、細い指で自分の頬をトントンと叩き始めた。その無駄に可愛らしい思考ポーズが、俺の残りの理性を綺麗に焼き尽くした。
「うーん……言われてみれば、そうかも?」
「てめぇ……!! この期に及んで疑問形かよ!」
俺の怒声が響き渡る中、彼女の目はまるで大発見でもしたかのようにキラキラと輝き始めた。
「あ……アキラちゃんの言う通りだわ! どうりでさっきから変だと思ってたのよ。ごめんなさーい!」
(こめかみの血管がブチ切れそうだ……)
これ以上爆発してやりたかったが、この見知らぬ土地での自分の立場を考えると、胸を撫で下ろして諦めるのが唯一の合理的な選択だった。この苛立ちは、後で適切な方法で発散させてもらうとしよう。
「……もういい、勝手にしろ! 言い訳は聞きたくないから、さっさとその診療所とやらに案内しろ!」
「それが問題なのよ!」
「今度は何だ!?」
「診療所がどこにあるか、忘れちゃったの」
(本気で厄介な女だな!)
地元民が自分の住む地域の医療施設を忘れて迷子になるなんて、一体どういうことだ!?
これ以上この会話を続けてもエネルギーの無駄遣いになるだけだ。別の解決策を絞り出さなければならない。
だが、状況は俺たちに味方しなかった。この通りには、道を尋ねようにも通行人が一人もいない。どうやら全員、自分の居住エリアに引きこもってしまっているらしい。
「とにかく歩こう。何か手がかりが見つかるかもしれない」
道のど真ん中で木彫りの像のように突っ立っているよりは、いくらかマシな提案だ。
「でも、アキラちゃん……シャングリーおじさんの状態を見て」
プリリーがシャングリーを指差した瞬間、俺は強烈なビンタを食らったようにハッとした。
中年男の呼吸は、さらに浅く、荒くなっている。震える手で絶え間なく首を押さえ、唇の隙間からは微かな呻き声が漏れていた——シュウ酸による灼熱感の典型的な症状だ。もう片方の手は胃の辺りをきつく握りしめ、容赦なく突き刺さる筋肉の痙攣に必死に耐えようとしている。
「俺の、ことは……気にするな……。まだ、やれ、る……」
立っているのすらやっとな状態なのに、彼は痛みを隠すために無理やり掠れた声を絞り出した。だが、その強がりは俺を騙せるほど立派なものではない。
喉の痛みを和らげるための医療器具も材料もないこの状況が、俺の胸に深い罪悪感を突き立てた。
(……ここで引き返すべきか?)
収穫物の販売は、すべてシャングリーの弟に任せるべきなのだろうか。
それは理にかなった判断に思えたが、俺の心には一つの不安がまとわりついていた。もしこのままヴェリア村に引き返したら、ここに一人残されるシャングリーの弟はどうなってしまう?
だが、俺が思考の迷路に陥っていたその時だった。
「あの、シャングリーおじさん……こんなことになって、ごめんなさい。私が道を間違えたせいで、症状を悪化させちゃって……」
同じところをぐるぐる回っていたことに気づき、プリリーは心底申し訳なさそうな顔でうつむいた。
その瞬間、俺の視線はプリリーが着ているブラッシュピンクのアクセントが入ったアイボリーのロングドレスに引き寄せられた。銀色の花の刺繍と腰のサテンリボンの後ろで、彼女の指先が、布のひだの裏から取り出した『何か』を探っている。
(……ショルダーバッグ? いつの間にそんなものを隠し持ってたんだ?)
いや、今はそんな些細な物の出処を追及している場合じゃない。重要なのは、彼女がそこから何を取り出そうとしているかだ。
「これしか持ってないんだけど……」
彼女はシャングリーの目の前に、一本の水筒を差し出した。
「これが効くかどうかは分からないけど、少しでも痛みが和らげば——」
「んなもん持ってるなら、さっさと出せよ、このポンコツがッ!」
俺は一秒も無駄にせず、プリリーの手からその水筒をひったくった。貴族の令嬢は目を真ん丸にしてビクッと肩を跳ねさせる。
「えっ!? どういうこと!?」
基礎化学なんて欠片も理解していないプリリーの戸惑いは無視して、俺はすぐに水筒をシャングリーの口元へ近づけた。
「シャングリーさん、急いでこの水を飲んでくれ。でも……飲み込む前に、まずは口の中をゆすいで、残った酸を洗い流すんだ!」
全身の痣による痛みで震える手で、シャングリーは残された力を振り絞って水筒を受け取り、たどたどしく水を口に含んだ。
俺の指示通りに口の中で水をゆすぎ、それを地面へと吐き出す。
「続けて……俺がストップって言うまで! 一回じゃ足りない」
シャングリーは再び真水を口に含み、二度目のうがいをした。
「どうして二回もするの? 一回で十分じゃない?」
プリリーの唇から、場違いなほど呑気な疑問がこぼれる。
「回数の問題じゃない。あれを見ろ!」
俺はシャングリーが吐き出した水たまりを指差し、彼女の視線を誘導した。
水たまりの表面には、薄く赤みがかった濁った液体が広がっていた。唾液と一緒に溶け出した酸の残骸と、ソレルの葉の細かい粒子が水底に沈殿しているのがはっきりと分かる。
「ひぃぃっ! 気持ち悪い!!」
プリリーは顔をしかめ、ドン引きして後ずさった。
やがて、五回目のうがいで吐き出された水が不純物のない透明なものになったのを確認し、俺は安堵の頷きを漏らす。
「シャングリーさん、もう十分だ……残りは飲んでいいぞ」
シャングリーはためらうことなく、水筒に残っていた真水を慌てるように一気に飲み干した。
「どうだ? 少しは楽になったか?」
「す、少しは……」
「そりゃそうだ! これはただの真水だから、効果は一時的なものだ。ここから帰ったら、解毒剤を作ってやるよ」
「解毒剤? さっきみたいな魔法の力で?」
「はあ? プリリー、お前何言ってんだ? 俺は魔法使いなんかじゃない、ただの人間だ。俺に魔法の力なんてあるわけないだろ!」
「でもさっき、ヴィンのアジトで『ドカーン!』とか『ボカーン!』って爆発を起こしてたじゃない!」
俺はペチッと自分の額を叩いた。この世界の貴族というやつは、揃いも揃ってこの女みたいに絶望的なほどおめでたい頭をしているのだろうか?
「もうお前の好きにしてくれ。説明するのも疲れたわ!」
◇◇◇
ナイバホ村ミニセクターの静けさの向こうから、一人の男がメインストリートを歩いて近づいてくる。シャキールだ。彼はナイバホの商業の中心地での任務――すべての商品をトラブルなく売り捌くという目的を果たし、ようやく戻ってきたのだ。
だいぶ離れた場所からでも、彼の鋭い淡黄色の瞳は、見覚えのある動作をする一団を正確に捉えていた。
「タカヒロ? それに、あの馬鹿アニキか?」
無駄な推測に時間を費やす気はないらしく、シャキールは俺たちが立っている場所に向かって足早に歩み寄ってきた。
距離が縮まると、彼は声をかけた。
「タカヒロ?」
俺は深々と安堵の息を吐き出した。(最高のタイミングで救世主のお出ましだ!)
彼が戻ってきたということは、日が暮れるのを待たずに、今すぐこの狂った場所からオサラバできるということだ。
「グリー……お前、なんでそんな顔中ボコボコになってんだ?」
「うるせぇ、な……! 兄貴が怪我、してんのに……心配するどころか、煽りやがって。この、クソ弟が……!」
この口の悪いやり取りを聞く限り、この兄弟が犬猿の仲だという噂は、どうやらただの誇張ではなかったらしい。
「喧嘩するなら、家に帰ってからにしてくれ。今はとにかく、帰るぞ」




