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現代知識で異世界村を救う  作者: バクリ
New Season

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第79章:計算

この場所の境界を越えた途端、足取りがずしりと重くなった。前を歩くシャングリーは、まるで自分の庭を歩くかのように肩の力を抜いて、飄々と進んでいく。すれ違う何人かの住人が彼に頷きかけ、挨拶を交わす。それは、彼がいかにこの暗がりの隅々までを知り尽くしているかの証だった。


最初、市場に並ぶ露店はごく普通に見えた。人々は忙しなく声を張り上げ、商品を売り込んでいる。だが、荷車を奥へ押し進めるにつれて、空気は次第にどす黒く濁っていった。荷車の車輪が、無数にある茶色い泥の水たまりに何度も足を取られ、そのたびに歩みが鈍る。


それだけじゃない。ここの空気は、もはや毒を孕んでいるようにすら感じられた。生臭い腐臭と、いつから放置されているのか分からない湿ったゴミの山から放たれる悪臭が混ざり合い、直接鼻腔を突き刺してくる。自然と涙目が滲んだ。断言してもいい。この異常な臭気に慣れていない者なら、間違いなくその場で胃の中身をぶちまけるだろう。


かくいう俺も、その一人だった。

胃袋が雑巾のように強制的に捻り上げられる感覚。シャングリーは何度も振り返り、気合いを入れろと目で訴えかけてくるが、こみ上げる吐き気は一切の妥協を許してくれなかった。胃酸がせり上がり、喉を塞ぐ。


「仕方ねぇな」


ふいに、荷車の軋む音が止まった。シャングリーが急いで上着の綿布を脱ぎ、俺の方へ差し出してくる。


「ほら、早くこれを使え」

「い、いいよ……俺はまだ――オエェェッ!!」


クソッ。胃袋が完全に反乱を起こしやがった。シャングリーが布を差し出したまさにその瞬間、胃酸と未消化の食べ物が口から勢いよく飛び出し、靴の下のぬかるんだ地面をひどく汚してしまった。


「タカヒロ!」

シャングリーはすぐに身をかがめ、焦った手つきで俺の背中をさすってくれた。


だがその瞬間、市場の喧騒がピタリと止んだ。

周囲のすべての視線が、鋭くこちらを射抜いていた。嫌悪と、隠そうともしないあからさまな敵意が這い寄ってくる。こみ上げる吐き気の中、絶え間ない罵声が飛び交い始めた。

――バシャッ、バシャッ。

やがて、汚れた水たまりを重々しく踏みしめる足音が響く。泥を四方八方に撒き散らしながら、真っ直ぐに俺たちの方へと近づいてくる奴がいた。


身体はまだ脱力していたが、無様に這いつくばったままでいるのは御免だった。無理やり立ち上がり、距離を詰めてきた大柄な男の視線を真っ向から見返す。


「おい、ガキ……俺がどうしてここに来たか、分かってンだろうな?」


答える必要はなかった。俺は手の甲で、口の端に残った吐瀉物を乱暴に拭い去る。


「よくも俺のシマを、てめぇの汚物で汚してくれたな!」

「はあ!? 俺がいつ――」


言い返そうとした口が完全に開くより早く、背後から伸びてきたシャングリーの分厚い手が俺の口を塞ぎ、強引に状況を遮った。


「も、申し訳ございません、ヴィン様! 連れの粗相の分は、必ず私が弁償いたしますので!」


(はあ!? 正気かよ、シャングリーさん!?)

なんでこんなクソ野郎相手に、そこまでペコペコ頭を下げなきゃならないんだ! 心の中で激しく反発する。


「口先だけの弁償じゃあ、足りねぇな」


ヴィンと呼ばれたその男は、シャングリーの懇願など一蹴した。首を傾げ、強欲な視線を後方へ――俺たちの護衛もない荷車へと向ける。


「代わりに、その荷物を全部俺に寄越せ!」

「おおっ! さすがヴィン様、お目が高い!」


凶悪なツラをした数人の男たちがニヤニヤと笑いながら、荷車へと近づいていく。防水布が乱暴に引き剥がされ、ナイフで麻袋が切り裂かれる鈍い音が響いた。


「見てくだせぇ、ヴィン様! こいつら、米と小麦を積んでやがりますぜ」


(クソッ!)

俺は暴れて抜け出そうとしたが、シャングリーの腕はまるで鉄の万力だった。その力が俺の身体をガッチリと拘束し、一歩も前へ進ませない。


さらに強く抗おうと身体を捻ったその瞬間。右耳に重い吐息が吹きかかり、絶望に満ちた震える声が囁かれた。


「タカヒロ……。もしお前が俺の立場なら、どうする? あいつらに大切な荷物を奪われるのを黙って見ているか? それとも……負けると分かっていても、最後まで抗うか」


震えるその声を聞き、胸が締め付けられた。

この収穫物を引き渡せば、村の皆が飢えることになる。だが、丸腰でこのならず者集団に立ち向かえば、死神に命を差し出すのと同じだ。


何とか解決策を叫びたくて、彼の絶望めいた囁きに答えたくてたまらなかった。だが、シャングリーの拘束がすべてを封じ込めている。俺は沈黙を強いられていた。

この包囲網の中、生き残るための活路を見出せと――強制的に思考させられていたのだ。


「ヴィン様、今の米の相場がキロいくらか知ってますかい?」


不意に、俺の意識が別の方向へと引き寄せられた。目を細める。

ネイビー色の髪をしたその男の動きが、どうにもおかしい。さっきから、こっそりと右足を上げ、擦り合わせるような仕草を繰り返しているのだ。


「いや、相場なんて知らねぇな」

「俺に計算させてくだせぇ」


少し開いた襟元の隙間から、ある異変が俺の目に飛び込んできた。

赤い発疹――水気を帯び、膿んだような小さな腫瘤だ。俺の記憶が、即座にそのパターンを照合していく。あの耐え難いほどの痒みを伴う症状……百億パーセント間違いない。

(あいつ……『疥癬』に感染してやがる)


「シェシェの所なら、米一キロで七万三千です。あの米の重さが五十キロだとすると、掛けて三百六十五万ってところですぜ」


(……え? ちょっと待て)

頭がガンガンと鳴った。こんなスラム街みたいな場所で、あの複雑な掛け算を暗算で正確にはじき出せる悪党がいるのか?


「おいマリ、冗談じゃねぇだろうな?」

部下が弾き出した合計額に、ヴィンも少し驚いたようだった。


「ええ、冗談なんかじゃありません。俺の計算が狂うはずないですよ、ヴィン様!」


パターンが、さらに鮮明に繋がった。

俺は周囲を素早く見渡す。ネイビー髪の男だけじゃない。このクソ野郎の部下たちほぼ全員が、密かに身体のどこかを気にし、同じような落ち着きのなさを見せている。


(これだ! これが俺たちの逆転の糸口だ!)

だが、どうやってこの腕から抜け出せば――


その時、俺の口を塞いでいたシャングリーの圧がふっと緩んだ。

腕の筋肉から力が抜ける。まるで、俺の纏う空気が変わったことに気づいたかのように。俺が策を見つけたことを、彼は悟ったのだ。


残された時間はわずかだ。俺はシャングリーの腕を完全に振りほどき、連中が荷車を引きずり去る前に、一歩前へ進み出た。


「待て!」

「あぁん!?」


スキンヘッドの男が荒々しく凄み、リーダーのヴィンが舌打ちを漏らす。


「あんたたち……そんな身体の状態で、さぞかし不快なんじゃないか?」

「あぁ? このガキ、何言ってやがる?」

「寝言でもほざいてんだろ。無視しろ――」


だが、ヴィンは略奪を再開させる代わりに、ピタリと動きを止めた。

リーダーである彼は振り返り、部下たちの顔を一人ずつ交互に見渡した。俺の放った言葉は、見事に奴らの急所を突いたらしい。先ほどまで威圧的だった男たちが、今やひどく狼狽し、ボスの前で強がるために必死でその耐え難い痒みを隠そうとしている。


「俺たちの荷物を全部奪うって言うなら、構わないさ。だが、一つだけ忠告しておく!」


俺は声を張り上げた。


「あんたたちの身体を蝕んでいるその病気は、恐ろしく感染力が強い! このまま放っておけば、あと三日もすれば全身の皮膚が焼け爛れ、内側から腐り落ちるぞ!」


スラムの市場のド真ん中に、突如として静寂が舞い降りた。

俺たちの米袋を担ぎ上げようとしていた無骨な手は、今や空中でピタリと硬直していた。

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