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現代知識で異世界村を救う  作者: バクリ
災害への対策

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第77章:傷を塞ぐ夜、新たな幕開けの朝(完)

背後から不意に現れたクトリの気配に、サンドラの肩がビクッと跳ねた。その小さな騒がしさに気を取られ、アンナたちも一斉に視線を後ろへと向ける。


「私の居場所はここじゃない。だから、行かなくちゃ」


サンドラは、クトリに強く握られていた腕を振り払った。しかし、直後に思いがけない言葉が飛んでくる。


「あの……綺麗なお姉さん」


短いピンク色の髪を揺らし、ルーシーが勇気を振り絞るように声をかけた。服の裾をぎゅっと握りしめ、顔を真っ赤に染めながらも、彼女はサンドラを引き留めようとする。


「どうか、まだ行かないで……!」


「彼女の言う通りだ!」


ルーシーのぎこちない言葉を耳に挟み、タカヒロがすかさず同調した。

彼の背後からは、ウェインたちの一行が足音を立てて追いかけてくるのが見える。


「一体何の用があって、そんなに急いでここを発とうとしてるんだ?」


タカヒロの問いに、サンドラはすぐには答えなかった。彼女の視線は、麻酔の副作用で未だに力なく眠りこけているナビルの姿へと一瞬だけ向けられる。


「さっきも言っただろ? 今夜はここに泊まっていけって」


(泊まる……?)


その言葉に、サンドラは強烈な違和感を覚えた。だが、タカヒロを待たせるのも癪に障るため、ひとまず二つ目の発言にだけ反応を返すことにする。


「あんた、さっきまでそんなこと一言も言ってなかったわよね!?」


だがタカヒロは、自分の非を認めるどころか、悪びれもせずに涼しい顔で事実をねじ曲げにかかった。


「いやいやいや! 絶対聞き間違いだって!」


そのふざけた態度に、サンドラの頭に血が上る。狡猾な立ち回りで煙に巻こうとする彼を、彼女が見過ごすはずもなかった。


「はあぁっ!? 聞き間違いなわけねぇだろうが! てめぇ、自分の嘘をこっちのせいにしてんじゃねぇぞ!」


この喜ばしい空気が下らない口論で台無しになるのを防ぐため、ウェインが一歩前に出て仲裁に入る。


「いい加減にせんか! やめろ! お主ら二人とも、この村の恩人なのだ。これ以上、場を乱すような言い争いは控えてくれ」


「だけど、喧嘩をふっかけてきたのはてめぇの方だろうが!」


サンドラは食い下がり、荒げた声で自分を正当化しようとする。


「誰が始めたかはどうでもいい!」


ウェインの低く威厳に満ちた声が、その場を制圧した。


「これ以上の諍いを避けるためにも、私のほうから改めて頼もう。どうか今夜は、この村に泊まっていってくれ」


サンドラは押し黙り、頭の中で素早く計算を始めた。時間的に考えても、暗くなる前に目的地へと帰り着くのは難しい。おまけに、身に纏っている迷彩服は泥や汚れで酷い有様だ。このまま夜の森へ足を踏み入れるのは、あまりにもリスクが高すぎる。


「……あとで考えておくわ」


タカヒロは黙っていた。これ以上自分が口を挟む権利はないと悟ったのか、前触れもなくくるりと踵を返し、一人で村の方へと歩き出してしまう。


それを見たクトリは、目の前の人だかりを掻き分け、急いで白髪の青年の背中を追う。遅れまいと、イーターも小走りでタカヒロのシルエットを追いかけていった。


「おい、ヒロ……! どこに行くつもりだ?」


突然の行動に、村人たちの視線が一斉に彼の背中へと注がれる。


「家だよ! まだやらなきゃいけない仕事が山積みなんだ」


タカヒロの姿が完全に遠ざかってしまう前に、ウェインが声を張り上げた。


「待ってくれ、タカヒロさん! まだ帰らないで……っ」


しかし、長老の言葉は強制的に遮られた。タカヒロは足をとめることなく、右手を高く掲げた。それは『これ以上は言わなくていい』という、絶対的な拒絶のジェスチャーだった。


「ああ……分かってる! 後で合流するよ」


まるでその場の状況や他人の思考を完璧に読み取る魔法使いのように、タカヒロは先回りして後で戻ることを約束した。その不思議な確信に満ちた背中を見送りながら、ウェインはただ呆れたように首を横に振るしかなかった。


ともかく、これで話し合うべき問題は片付いた。ウェインはパンッと手を叩き、集まった村人たちに向けて声を張る。


「よし! この村のしきたりに従い、見事災いが去った今夜は、疫病の終息を祝して盛大な宴を開くぞ!」


その宣言が空気を震わせた瞬間、村人たちは顔を見合わせた。自分たちの耳が間違っていないか確かめるように、ざわめきが口から耳へと一気に広がっていく。


「えっ!? マジで?」

「宴だって!?」

「夢じゃないよな……!?」


ウェインの皺くちゃな顔に、心底嬉しそうな笑みが浮かぶ。熱狂の火種が弾けるのを目の当たりにして、老人は満足げに頷いた。


「ああ、夢ではない。今夜は……宴だ!」


直後、爆発的な歓声が沸き起こった。村人たちは狂喜乱舞して飛び跳ね、頭上で互いの手を叩き合いながら、今日の勝利を全身で祝い始めた。


◇◇◇


夜の帳が下りるのは早かった。


満天の星空の下、ヴェリア村は目まぐるしい喧噪の渦に包まれていた。村人たちのシルエットが慌ただしく動き回り、祝宴のための食材や薪を手際よく準備していく。


石組みの焼き網からは分厚い煙が立ち昇り、脂の焼ける香ばしい匂いとスパイスの強烈な香りが、通りかかる者すべての鼻腔を容赦なくくすぐった。


「みんな、集まったか?」


今宵の料理長を務める、筋骨隆々とした中年男、クィディッチにウェインが尋ねる。


「さあな、知らねえよ」


ジョーから買い取った鹿肉を熾火の上で手際よく裏返しながら、クィディッチは気だるげに答えた。


「ゲビスに聞いてみろ。あいつならさっきからずっと門の前に立ってるぜ」


ウェインはすぐさま焼き網の前から離れ、警備の持ち場へと歩を進める。


そして、門の前に辿り着くなり声をかけた。


「ゲビス」


「ウェイン様! ご安心ください、仰せの通りすべて異常なしです!」


ゲビスが勢いよく敬礼して報告する。


「いや、それを聞きに来たわけではないのだが……。まあよい。この一年、よくぞ私の下で骨を折ってくれた。感謝するぞ」


「もったいないお言葉です! この村の平和を守ることは、私の務めですから」


だが、揺らめく松明の下での温かい会話は長くは続かなかった。悪ガキとして名を馳せる少年、ビリーがまたしても騒ぎを起こしたのだ。


ビリーがデザートの乗った盆にこっそりと近づき、何かを混入させようとしたその瞬間、クィディッチの鋭い眼光がそれを捉えた。小さな騒ぎが勃発し、周囲の視線が一斉に集まる。当然、ウェインとゲビスも会話を切り上げざるを得なかった。


人だかりの中心では、クィディッチの丸太のような腕が、ビリーの服の首根っこをガッチリと掴み上げていた。宙吊りにされた少年は、足をつかみどころなくバタバタと蹴り上げている。


「てめぇ、食いもんに手ぇ出したり妙なモン入れたりすんじゃねぇって、何度も警告しただろうが! なんでそう聞き分けがねぇんだ、このクソガキが!」


ビリーは必死に身をよじった。小さな両手で服を掴む巨大な拳をこじ開けようとするが、大人の、それも筋骨隆々な男の力に敵うはずもない。


「クィディッチ、どうしたのだ? 何の騒ぎだ?」


答える前に、クィディッチは隣に駆けつけたウェインを鋭く睨みつけた。


「このクソガキが、料理に何か入れやがったんだよ」


「ビリー、本当か?」


ウェインが問い詰める。


ビリーは押し黙った。長老を前にして、少年は恥ずかしさで真っ赤になった顔を隠すように、プイッとそっぽを向く。


答えようとしない態度に苛立ち、クィディッチは容赦なくビリーの小さな体を宙で激しく揺さぶった。


「答えやがれ!」


「落ち着け、クィディッチ! 乱暴に扱うことはないだろう。早く降ろしてやれ。私が直接話を聞こう」


長老の指示に従うしかないことに不満を隠せない様子で、クィディッチは渋々ビリーを地面に降ろした。集まっていた村人たちもやがて散開し、中断していた宴の準備へと戻っていく。


◇◇◇


一方、松明の喧噪や食器の触れ合う音から遠く離れた場所で、サンドラは一人きりになることを選んでいた。木陰に身を預け、ヴェリア村の澄み切った星空をただ見上げている。


だが、夜の静寂とは裏腹に、彼女の頭の中はまったく穏やかではなかった。夕方の口論が脳内で何度もリフレインし、未だに煮えくり返っている。微塵の論理もないくせに、言葉巧みに事実を捻じ曲げたタカヒロのあの態度が、どうしても許せなかった。


(あのタカヒロのバカ……! ほんっとにムカつく!)


歯噛みしながら、彼女は手当たり次第に隣の草をむしり取った。握りつぶしては土塊を投げ捨てる。気づけば、彼女の周りの地面だけが見事に剥き出しになっていた。


八つ当たりに夢中になりすぎていたせいか、近づいてくる重い足音に彼女の耳は気づかなかった。いつの間にか、同じ木の裏側にイーターが背中を預けて立っていた。


「こんなとこにいたのか、ババア」


サンドラの肩がビクッと跳ねる。彼女はチラリと振り返り、苛立ちを隠そうともしない声で言い返した。


「アタシをババアって呼ぶの、いい加減にやめろ!」


その抗議を完全に無視し、イーターはゆっくりと木を回り込んで彼女の隣に立った。


「隣、座ってもいいか?」


サンドラは答えない。ただ背筋を伸ばして姿勢を正し、前を向くだけだった。途端に、二人の間に沈黙が降り下りる。風に揺れる葉の音と、秋虫の鳴き声だけが、BGMのように辺りを満たしていた。


長い間の後、ついにイーターが沈黙を破った。


「まだヒロとのこと、気にしてんのか?」


「……ええ。まあ、少しだけね」


「俺には分からねえな。なんであそこまでムキになってヒロとやり合ってたんだ?」


「あいつの態度が気に入らないのよ。確かに頭が回るのは認めるわ。でも……ああやって口八丁で事実を捻じ曲げるやり方に、少し腹が立っただけ!」


「確かに、温泉に向かう道中でも、あいつはよくワケの分からねえことを口走ってた。だがな、ババア。あいつは悪気があってやってるわけじゃねえんだよ。俺が見る限り、あいつは仲間や身内を大事にするタイプの人間だ。ただ、伝え方が絶望的に下手くそなんだ。だから、あいつの言葉の真意を読み取れねえ奴らは、みんな感情的になっちまう」


サンドラは押し黙った。口に鍵をかけられたかのように、言葉が出ない。これまで野蛮で軽率で、ただのアドレナリン狂いだと思っていた隣の巨漢が、まさかこれほど深い観察眼を持っていたとは。


「思い返してみろよ。俺たちが初めて会った時だって、本当はあいつ、お前を助けたかったんだ。あいつは……」


「ええ。あんたにわざわざ説明されなくても、それくらい分かってるわよ」


イーターはサンドラの横顔を見つめた。その視線の先にある彼女の瞳からは、先ほどまでの尖った緊張感がすっかり抜け落ちているのが分かった。


「俺は、お前ら二人が羨ましいよ。並外れた脳ミソを持ってるお前らがな」


「はぁっ!? どういう意味よ?」


サンドラは素早くイーターの方へ視線を向け、眉をひそめる。


「つまり、お前らは二人とも天才ってことだ。この世界じゃ、俺たちみたいな馬鹿より、天才の方がずっと尊敬されるに決まってる」


「ちょっと待って! あんたの言ってること、全然意味が分からないんだけど?」


困惑したサンドラから問い詰められ、イーターはすっかり言葉に詰まってしまった。頭の回路がショートし、うまく説明するための言葉が見つからない。


幸いなことに、村の中心部から響き渡る村人たちの大きな歓声が、夜の空気を震わせた。説明から逃げ出したいイーターにとって、それは絶好の救いだった。彼はすぐさま立ち上がり、右手をスッと差し出す。


「俺たちも合流した方がよさそうだな。ウェイン様たちも、きっと待ってる」


その大きな手は、すぐには取られなかった。サンドラはイーターの掌を見つめ、やがてその大男の瞳の奥をじっと探るように見上げた。数秒後、彼女はその手を取り、引き上げられるままに立ち上がると、大股で歩き出す男の背中を追った。


「ねえ、デカブツ。今夜……それに、もしかしたらこれが最後に会う夜になるかもしれないから言っておくけど……。愚痴に付き合ってくれて、ありがとう」


「礼なんていらねえよ! 俺は何もしてねえ。その言葉は、てめぇの口の中にしまっとけ」


せっかくの感謝を乱暴に突っぱねられたというのに、サンドラの口角はわずかに上がり、薄い笑みを形作っていた。彼女は黙って、前を歩く男の広い背中を見つめていた。


◇◇◇


開放的なテントと長テーブルは、すでに招待客で埋め尽くされていた。夜が深まる前に、宴の準備は完璧に整えられていた。


ご馳走に舌鼓を打つ村人たちの喧騒が、絶え間ない笑い声と溶け合う。それは、この夜が彼らの計画通り、いや、それ以上に素晴らしいものになったという何よりの証拠だった。


「レディース・アンド・ジェントルメン! 今宵の宴をさらに盛り上げるべく、腕相撲の無敗チャンピオンをお迎えしよう……ゲビスだ!」


割れんばかりの拍手が沸き起こる。司会者が人だかりの中心にある木製の闘技台を指差すと、ゲビスの名を呼ぶ歓声が大きく響き渡った。


「そして……右の陣営には、とてつもない挑戦者がやって来た! 拍手でお迎えください……『闇の王』……イーター!!」


一斉に、人の波が割れるような歓声を上げた。


「うおおおおっ!」


「よし! 前置きはこのくらいにして、さっそく試合を始めよう!」


「ラウンド1! レディ……」


司会者のマターは、わざと言葉を宙に吊り下げた。その視線は、すでにテーブルの上でガッチリと組み合わされ、血管が浮き出るほどに力が入ったイーターとゲビスの拳へとドラマチックに向けられている。


会場の緊張感が頂点に達したのを見計らい、彼は絶叫した。


「ファイトッ!!」


瞬く間に、肉体と肉体のぶつかり合いが爆発する! ゲビスは観衆の前で一切の余力を残さずに全力を振り絞り、イーターもまたそれに劣らぬ獰猛な闘争心で迎え撃った。挑戦者である大男は、ディフェンディング・チャンピオンに無様な姿を晒すことを良しとしない。ここで腕を倒されれば、彼のプライドは木っ端微塵に砕け散ってしまうのだ。


熱狂する観衆の厚い人垣の後ろで、タカヒロとクトリも並んで立ち、その白熱した試合を見守っていた。


タカヒロは背後からの動きにまったく気づいていなかった。右肩に柔らかな感触が降り立つまでは。サンドラが身を乗り出し、喧騒を縫うようにして彼の耳元で囁いた。


「ちょっとだけ、付き合ってくれない?」


反射的に、タカヒロは視線の端で声の主を捉え、体を反転させて彼女と向かい合った。だが、歩き出す前に顔を向け、後で彼女が自分を探して迷わないようにと、クトリに声をかける。


「クトリ、君はここで待っててくれ。俺、サンドラと少し大事な話があるんだ」


ほんのわずかな疑念すら抱くことなく、クトリは素直に頷いた。他の女性と共に人混みへと消えていく恋人の背中を、彼女は静かに見送る。


宴の喧騒は、貯蔵庫の近くにある頑丈な木の壁に遮られ、建物の裏手では微かにくぐもって聞こえるだけだった。そこで、冷たい大きな岩の上に腰を下ろし、サンドラは待っていた。


◇◇◇


背後の静寂を、カサカサという足音が破る。わざわざ振り返るまでもなかった。その足音の主が誰なのか、彼女はとうに察しがついている。


「来ないかと思ったわ」


タカヒロはすぐには答えなかった。彼の視線は、夜空を見上げているサンドラの背中に釘付けになっている。


「悪い。さっき足止め食らってて、なかなか抜け出せなかったんだ」


「この村の重要人物は気楽でいいわね……」


「そんなことねぇよ!」


再び沈黙が空気を奪う。どちらも自ら口を開こうとはせず、夜風の吹き抜ける音と虫の羽ばたきだけが、二人の間に凝洋とした気まずい空気を埋めていく。


しかし、その空気がいよいよ息苦しくなり始めたその時、二人は同時に顔を向け、示し合わせたように沈黙を破った。


「ねえ、タカヒロ……」

「サンドラさん……」


互いの名前を呼んだ声が重なり、二人は再び固まった。


「あ、どうぞ。先に言って」と、サンドラが気まずさを紛らわせるように譲る。


「いや、そっちからでいいよ。俺をここに呼び出した重要な用件って何だ?」


サンドラは肩越しに彼を横目で見た。青年は未だにその場に立ち尽くしており、少しも距離を縮めようとする気配を見せない。


「一つだけ、あんたに伝えておきたいことがあってね」


「何だ?」


「実は……もう自分の仕事にはウンザリしてるの。毎回毎回――」


「まさか、ただの愚痴を聞かせるためだけに俺をここに呼び出したなんて言うなよ?」タカヒロが淡々と言葉を遮る。


「お前、まずは最後まで話を聞きやがれっての、このバカ!」


「はいはい! どうぞ続けてください」


サンドラは首をぐっと後ろに向けた。そして、自分の右側にある岩の空いたスペースをバンバンと強く叩き、絶対的な命令を下す。


「ここ座りな。その方が話しやすいでしょ」


反論することなく、タカヒロは歩み寄り、彼女の隣に腰を下ろした。ただし、見えない境界線のように、約一メートルという安全な距離を保ったままで。


「で、話の続きは? なんでそこまで仕事に嫌気がさしてるんだ?」


核心を突く直球の質問に、サンドラは思わず考え込んだ。彼女が調査観測局に務め始めてから、自分の愚痴に耳を傾けてくれる相手に出会ったのは、今夜が初めてだったのだ。


「いつも、かなり過酷なスケジュールに追い詰められてたの」彼女はリラックスした様子で答え、視線をまっすぐ前へと向けた。「色んな場所を調査して新しい発見をするたびに、上の連中は私が必死に積み上げた成果をちっとも評価してくれなくて。


連中に言わせれば、私の調査結果は『平凡でつまらない』そうよ。だから結局……私自身でこの村に来ることを決めたの。上層部からの命令を無視してね」


「そもそも、その時は何を調査してたんだ?」タカヒロは気楽に尋ねながら、横からサンドラの表情を観察した。


「ハトの生態よ」


その答えは、瞬時にタカヒロの正気を打ち砕いた。眉がピクッと跳ね上がり、顔の筋肉が強張って、滑稽な表情になるのを必死で食い止める。その発言は、彼の論理では到底消化できるものではなかった。


(そりゃ上層部も『平凡でつまらない』って烙印を押すに決まってるだろ!)と、心の中で絶叫する。ハトの生態調査など、あまりにも馬鹿げている!


だが、寸前のところで言葉を飲み込んだ。隣にいる女性の機嫌をこれ以上損ねないよう、口先まで出かかった皮肉を無理やり喉の奥へと押し込む。代わりに、短く息を吐き出して、居た堪れない気持ちを誤魔化した。


「前にも説明した通りよ。私はここで道に迷って、完璧な結果に執着しすぎるというエゴに囚われてしまった。どうすればいいのか分からないの。


もう、あんな牢獄には戻りたくない。私はここに残りたい……仲間との絆を大切にする、あんたたちと一緒に!」サンドラの声が震え始めた。「こんなに綺麗で、心地のいい場所を失いたくない。私は、ずっとここにいたいんだから……!」


まばたきをした瞬間、彼女の防波堤から一滴の涙がこぼれ落ち、招かれざる客のようにこめかみを濡らして滑り落ちた。


「あれ? なんで私、泣いてるんだろ……バッカみたい!」彼女は自分自身に悪態をつき、慌てて乱暴に涙を拭い去ると、情けない顔を隠すために無理やり引きつった笑顔を作った。


自分の共感能力の欠如を自覚しているタカヒロは、頭の中で慎重に言葉を選んで組み立てた。この脆く壊れそうな雰囲気をぶち壊すような、クソ野郎にはなりたくなかったからだ。


「先に謝っておく。出過ぎたことを言うようだけど、正直な話……今のあんたの気持ちは俺にはまったく理解できない。俺が感じ取れるのは『あんたが仕事の問題で参ってる』ってことだけだ」


「あーあ……やっぱりね! あんたの顔を見てりゃ大体見当はついてたわ。あんたって、本当にデリカシーがないタイプよね」


「ああ! 好きに言ってくれて構わないさ。だがな、一つだけ確かなことは――」


その言葉は、宙で途切れた。


二人の背後の暗闇から、ずんぐりとしたシルエットが姿を現した。まるでショバ代を取り立てに来たチンピラのように、腕を組んで堂々と立っている。


「こんな所にいやがったのか!」


それはプレレッドだった。彼のトレードマークである、鶏のトサカのようにツンツンに逆立った金髪が暗闇でも目立っている。


その野蛮な乱入者に驚き、サンドラとタカヒロは一斉に顔を向けた。


「何か用か?」タカヒロは努めて平常心を装って尋ねた。


「ウェイン様たちが待ってんだよ。だから、さっさと戻って来い!」


それ以上の無駄な説明をする気はさらさらないとばかりに、プレレッドは背を向けて歩き出した。サンドラとタカヒロは岩から飛び降り、その村のチンピラの後を追って賑やかな中心地へと戻るほかなかった。


宴の会場は、先ほどよりも随分と落ち着いた空気に包まれていた。村人たちはリラックスした様子でデザートを味わい、歓談の余韻を楽しんでいる。ゲビスが正式に腕相撲の勝者として宣言され、今や全員の視線はメインステージへと注がれ、一大イベントを待ちわびていた。


小さな一団が到着するや否や……。


「ほら、さっさと上がれ。みんなを待たせるんじゃねえぞ」プレレッドがタカヒロとサンドラの腰を軽く叩き、前へと押し出した。


その二人の重要人物の到着に気づいた村人たちは、反射的に左右へと分かれた。見えない回廊が作られ、二人がステージへと歩みを進めるための道が開かれる。


◇◇◇


「おおっと! 皆様お待ちかねの主役たちの登場です! 盛大な拍手でお迎えください……タカヒロくんと、カサンドラさんです!」


司会者の声に合わせ、割れんばかりの歓声が響く。マターは言葉少なにステージから飛び降り、ウェインと二人の村の英雄へと完全に主役の座を譲り渡した。


「エヘン……!」ウェインが大きく咳払いをして、場の主導権を握る。「まずは、今宵集まってくれた皆に感謝を申し上げる。宴もこのように滞りなく進み、そして何より、我が村が小麦畑の疫病から無事に救われたことを喜ばしく思う。


私、ウェイン・メルキュリアは、この村の長として、村を救うために多大なる尽力をしてくれたタカヒロ殿と、カサンドラ殿に心からの感謝の意を表したい。


言葉だけでは、お二人の苦労に見合うものにはならないかもしれん。だが、我々の心の奥底には……」


「その通りだ! タカヒロくんの天才的な頭脳のおかげで、俺の畑はすっかり元通りになったんだ!」


最前列にいたブレイブが、長老の感極まった言葉を遮るように大声を上げた。


まるでそれが無言の合図だったかのように、村人たちにこれ以上の指示は必要なかった。ウェインの演説が終わるのも待たずに、彼らは次々と長い列を作り、順番にステージの階段を上り始めたのだ。


「助けてくれたお礼だ。受け取ってくれ」


ブレイブは、タカヒロとサンドラの前に大きなズタ袋をドンッと置いた。


「タカヒロ様、どうかこれをお納めくだされ」


腰の曲がった老婆も、震える手で質素な包みを差し出す。


「少しでもお役に立てれば幸いじゃ」


列の半ばを過ぎた頃、今度はイーターとレオが堂々とした足取りで進み出た。


「こいつはオレとレオからの贈り物だ……」


イーターは、タカヒロの掌の上に直接その品をポンと乗せた。無造作に結ばれた布の隙間から、中身の柄がこれ見よがしに覗いている。


「……パンツ?」


タカヒロの顔に、反射的に嫌悪の皺が刻まれた。


「てめぇ、なんで鉱石オレにこんなふざけたモン贈りやがるんだ、このクソイーター!」


「ごちゃごちゃ言ってんじゃねえよ!」


イーターはぐっと身を乗り出し、タカヒロの耳元に口を寄せてヒソヒソと囁いた。


「クトリがお前の『ご立派なモノ』で気持ちよく過ごせるように、念のための準備ってやつだ」


ピキッ、とタカヒロの額に青筋が浮かんだ。


「てめぇ、どこでその情報を……っ」


「いいから! どこで聞いたかなんて野暮なこと聞くんじゃねえよ! とにかく黙って受け取っとけ」


ニヤニヤと悪戯っぽい笑みを残し、イーターはくるりと背を向けてステージを降りていった。


村人全員が感謝の供え物を渡し終えると、再びウェインが一歩前へと進み出た。いよいよ彼の番である。


「タカヒロくん。メイとヴィオラから、話は聞かせてもらったよ」


ウェインは、小さくもずっしりとした硬い何かをタカヒロの掌に握らせた。その眼差しは、真剣そのものだった。


「君たちの関係については、ヨトやクライリーとも話し合った。この村の長として、私は君たちが結婚という次の段階へと進むことを、心から祝福しよう」


その最後の、そして最大の贈り物が手渡された瞬間、耳を劈くような万雷の拍手が巻き起こった。


「さあさあ! 今夜は我らの勝利の夜だ! 盛大に祝おうじゃないか!」


いつの間にかステージの主導権を取り戻していた司会者が、声を張り上げる。


村中から沸き上がった「うおおおおっ!」という歓声のうねりが、肌寒い夜の空気を熱く焦がしていく。星のない空の下で、誰もが終わりのない歓喜の宴へと酔いしれていった。


◇◇◇


(……完全に予想外だ!)


まさか、こんなにも早く『一家の主』になる日が来るなんて、微塵も思っていなかった。


翌朝。昨夜の宴の匂いがまだ色濃く残る中、ウェイン様をはじめとする数人の村人たちが、突如として俺たちの小屋の平穏を破って押し入ってきたのだ。


心の準備なんて一切ない。完全に彼らの強引なペースに乗せられたまま……鉱石オレとクトリは、その日の朝、半ば強制的に結婚式を挙げさせられてしまったのである!

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