第74章:惨劇に変わりかけた実験
村人たちの歓声はまだ空気を震わせ、その液体の成功を祝っていた。だが、その熱狂は長くは続かなかった。村人たちが次の畑の区画に液体をかけようと足を踏み出したまさにその時、サンドラの鋭い両目が一つの異変を捉えた。葉の隙間に、不気味なほどの眩い黄色の光を放つ麦の穂が一本あったのだ。
女はすぐには声を出さなかった。眉を深く寄せ、目を細め、その一点に絶対的な焦点を合わせる。そして、その黄色い光がさらに眩しく脈打ち始めた瞬間、最悪の予感が彼女の意識を強烈に殴りつけた。
「待て! お前ら……今すぐそこから離れろ!」
村人たちの足がピタリと止まる。唐突な命令を呑み込めず、純朴な混乱を浮かべた顔でお互いを見合わせた。
「一体、どうしたってんだ?」
「つべこべ言わずに、とっとと逃げろって言ってんだよ!」
ギギュィィィッ!
パンッ!
サンドラの警告は遅すぎた。麦の穂先が破裂したのだ。小さな爆発と共に黄色の煙が吐き出され、西風に乗って一気に流れていく。逃れられない連鎖反応。液体から生じた凄まじい熱が野火のように燃え広がり、周囲の茎を次々と沸騰させ、連続して爆発を引き起こしていく。
タカヒロは恐怖に目を剥いた。一秒の猶予も惜しみ、爆心地で間抜けに立ち尽くしている二人の村人に向かって一直線に畑を駆け出す。到着するや否や、最も近くにいた男の胸ぐらを掴み、力任せに引きずり倒した。
「こんなとこで突っ立ってんじゃねぇ、とっとと失せろ馬鹿野郎!」タカヒロは左手で鼻と口を強く覆いながら、鋭く毒づいた。「胞子の防御中枢が、内部からの熱に耐えきれなくなってんだよ! ここにいたら、あの煙を肺に吸い込んでゆっくり死ぬことになるぞ!」
「なんだと!?」
その瞬間、完全なパニックが弾けた。全員が危険地帯から一目散に逃げ出す。彼らが背を向けた直後、最も近くにあった麦の穂が煮えたぎる蒸気を吹き出し、鼓膜を破るような音を立てて爆発した。
「ナビル、ジュマント! 無事か!?」ウェインがパニックに陥った声で叫ぶ。老人の息は激しく乱れていた。
「ああ、俺たちはなんともな……」
ジュマントの言葉は強制的に遮断された。彼の隣で、ナビルが突然体をくの字に折り曲げ、必死に空気を掻き集めようと喘ぎ始めたのだ。
「ゴホッ! ゴホッ! ガハッ!」
凄まじい空咳が彼の喉を切り裂く。ナビルの両膝はもはや自らの体重を支えきれず、地面に崩れ落ちた。両手で首をきつく掻き毟り、まるで目に見えない何かに首を絞められているかのようにもがく。
「おい、ナビル! どうしたんだ!?」ジュマントが慌ててしゃがみ込み、激しく痙攣するナビルの背中に手のひらを叩きつけた。
答えるどころか、ナビルは息を吸うことすら困難な状態だった。胸が不規則に上下に跳ね、気道を塞ぐ異物をなんとか吐き出そうと必死に戦っている。ついに激しい咳き込みが一度だけ跳ね上がった時、吐き出されたのはただの痰ではなかった。ドロリとした濃い血の飛沫が口から噴き出し……鋭利な黄色の硫黄結晶の粒が、そこに混じっていた。
タカヒロの顎がギリッと硬直する。自分が調合した薬の致命的な結果を目の当たりにし、フラストレーションのあまり頭を抱え込んで下を向いた。少し離れた場所からでも、サンドラには少年の顔を蝕む絶望の色がはっきりと読み取れた。
罪悪感によってタカヒロが完全に機能停止に陥っていることを察し、サンドラは即座に指揮権を奪い取った。これ以上の犠牲者を出すわけにはいかない。
「てめぇら……今すぐ服を脱いで水で濡らせ! その湿った布で鼻と口を覆って、あの煙を絶対に吸い込むんじゃねぇぞ!」
その絶対的な大音声が、命令として周囲に響き渡る。村人たちはもはや二度考えることはなかった。一斉に服を引っぺがして濡らし、有毒ガスの包囲網から身を守るために必死で顔を覆った。
(……どうすればいい? このまま放置すれば、村にいる連中まで巻き添えを食うことになる。でも、どうやって!?)
タカヒロの心の中で悲鳴がこだまする。彼の脳は限界を超えてフル回転し、自らが引き起こしたこの致命的な大惨事を抜け出す糸口を狂ったように探し求めていた。
(クソッ! クソッ! クソッ!!! こんな肝心な時に、頭が真っ白になりやがって!)
「タカヒロ! こんな時に呆けてんじゃねぇよ!」
耳をつんざくような怒声がタカヒロの鼓膜を殴りつけ、直後に右腕を乱暴に引っ張られた。サンドラが目の前に立ち、少年の絶望のベールを射抜くような鋭い視線で彼を睨みつけていた。
「実験の失敗が絶望を意味するわけじゃねぇだろ! あの液体に何を混ぜたか分かってるなら、中和剤が何かも分かるはずだ! てめぇのその天才的な頭脳は、村の連中を救うために使え!」
タカヒロの両目が大きく見開かれた。『中和剤』という言葉が放たれた瞬間、彼の正気が水面へと強引に引きずり上げられる。
(……その通りだ。あの液体は、高い酸性と硫黄の濃度によって熱反応を引き起こしている。なら、鉱石が必要としているのは『塩基』だ! 中和するための、高いpH値を持つ何か!)
彼の瞳から虚無が消え去った。生存本能と科学的ロジックの火花が眩く燃え上がり、顔に張り付いていたパニックの残滓を焼き尽くす。
「てめぇら……鉱石の言うことを聞け!」
タカヒロの声が混沌を切り裂いた。右往左往していた村人たちが、魔法にかけられたようにその場に凍りつく。返事を待つ時間すら惜しみ、タカヒロは張り詰めた静寂の中で言葉を叩きつけた。
「今すぐ村へ走って、消石灰を持ってこい!」
「消石灰じゃと?」ウェインが細い声で聞き返す。その老いた顔には明確な困惑のシワが刻まれていた。
「つべこべ言ってねぇで、とっととそれを持てこいって言ってんだよ! ……早くしろ……! あの毒ガスが村に広がる前にな!」
その強烈な切迫感にウェインはハッと我に返った。老体とは思えない素早さで踵を返し、村人たちの列へと向き直る。
「お前たち、足の速い者は誰でもええ……今すぐ村へ戻って、消石灰をここへ持ってくるんじゃ! 急げぇぇぇッ!!」
三人の若い村人が弾かれたように村へ続く小道を駆け出し、緊急指令を遂行すべく姿を消した。一方、助けが来るのを待つ間、タカヒロは地面に倒れ伏している犠牲者へと再び意識を集中させた。
「ジュマントのおっさん! ナビルを安全な場所へ運べ! 横にするな、座らせるんだ! 血と酸が肺を完全に塞いじまわないようにな!」
「わ、分かった!」
タカヒロからのさらなる指示を待つまでもなく、ジュマントは衰弱しきったナビルの体を抱え上げ、木陰のある安全な場所へと急いで避難させた。
反対側からは、村人一人一人の防護状態を確認し終えたサンドラが、ゆっくりとタカヒロのもとへ歩み寄ってきた。
「タカヒロ……」
「ああ、分かってるよ。この世界には近代的な設備が壊滅的に不足してる。どれだけ簡単な作業だろうと、実行するのはクソほど難しいってことだろ」
タカヒロは彼女の言葉を遮るように早口で言い捨てた。半身を翻し、這い広がる黄色の蒸気雲を半ば絶望的な眼差しで見つめる。
「その通りね。観察チームとして3年間働いてきたけど、この村は私が通ってきた中で一番近い代替ルートだったの」サンドラは言葉を区切り、一呼吸置いた。
「ここを訪れるたびに……私はいつも、昔ながらの伝統的な道具を使って農業をしてる彼らの姿を見てきたわ。誰も最新の機械なんて持っちゃいない。でもね、私が彼らのどこに一番感銘を受けたか分かる?」
サンドラは問いかけを宙に浮かせたまま、ナビルを助けるために集まっている村人たちの集団へとまっすぐに視線を向けた。
タカヒロは黙り込んだ。少しだけ踵を返し、彼女の視線の先を追う。そこに広がる光景は、巣を守るために肩を組んで仲間を支え合う、強靭なアリのコロニーのようだった。
命を脅かす死の状況下において、エゴを優先して逃げ出す者は誰一人としていなかった。彼らは留まることを選び、互いを落ち着かせようと必死に声を掛け合っている。数秒の沈黙の後、タカヒロはようやくサンドラの問いに静かな声で答えた。
「……助け合いの伝統を守り抜く、その異常なまでの執念か」
「大正解よ! それだけじゃないわ、この村の長も――」
彼女の言葉は唐突に断ち切られた。村へ続く小道から、張り詰めた空気を破るように慌ただしい足音が響いてきたのだ。ウェインに遣わされた三人の若者が、息を荒らげながら4つの小さな麻袋を担いで戻ってきたのである。
「ウェイン様ぁっ!」
薄いオレンジ色の髪をした若者の一人が叫んだ。
反射的にウェインは声の方向へ振り向く。彼らが近づいてくるのを確認すると、老村長自らが若者たちを出迎えるために走り出した。
「なんという量じゃ!」
彼らが持ち帰った麻袋の数を見て、ウェインは感嘆の声を上げた。
「アイリアン姉さんが全部持たせてくれたんだ! 『どうせここで埃かぶってるくらいなら、全部持って行きな』ってさ!」
ウェインの背後から、タカヒロがゆっくりと前に出た。命を繋ぐ救済が詰まったその麻袋へと近づいていく。
「そのアイリアンって奴が誰かは知らねぇが……そいつのお節介のおかげで、この任務を完遂してやるってやる気が湧いてきたぜ!」
◇◇◇
新しい話の投稿が三日間遅れてしまい、誠に申し訳ございません。
ここ三日間、インドネシアの独立記念日に関する行事などで忙しくしておりました。さらに、体調もあまり良くなかったため、新しい話を書くことができず、更新が遅れてしまいました。




