第66話:硫黄石探しの旅、開幕!
歓声が爆発し、小麦畑を包み込んでいた息詰まるような静寂を完全に打ち破った。
石のように硬直して死に絶えた作物の惨状を前に、一度は絶望に沈んでいた瞳。それが今、急速に生気を取り戻していく。
村人たちは残された僅かな希望を、群衆の只中に堂々と立つ異邦人の青年に全幅の信頼と共に託していた。彼は微塵の迷いもなく、この場の主導権を握っていた。
ジリジリと照りつける太陽の下、タカヒロは村人たちを先導するように動き出した。乾いた土埃が、準備に取り掛かる彼らの足元でうっすらと舞い上がる。
『絶対に素手や無防備な足で土に触れるな』――先ほどのタカヒロの厳しい警告が、全員の耳に深く刻み込まれていたのは幸いだった。
だからこそ今、彼らは各自の家から引っ張り出してきた分厚いブーツを履き、万全の態勢で待機している。
「よしっ! 俺がこの忌々しい草をぶっ壊してやるぜ!」
筋骨隆々の男が一人、前へ歩み出た。
熱を帯びて汗光りする浅黒い肌に、派手な紫色の髪がやけに目立っている。
男はなんの合図もなく、手に持った棒を頭上高く振り上げた。何も考えず、力任せに叩き潰そうとしている。
そのあまりにも考えなしな行動に、タカヒロの額に青筋が浮かんだ。
「待て、てめえっ!」
男の動きがピタリと止まる。彼は深く眉根を寄せ、タカヒロを振り返った。
「あぁ!? なんで止めるんだよ!」
鼻を鳴らし、タカヒロは大股で歩み寄って一気に距離を詰める。
「てめえは! 図体ばっかデカくて脳みそ空っぽかよ!」
「なんだとコラァッ!?」
筋肉だるまがそれ以上の文句をわめく前に、タカヒロはすでに眼前に迫っていた。
電光石火の早業で男の手から棒を奪い取ると、そのまま容赦なく土埃の舞う地面へと放り捨てる。
紫髪の男は荒々しく息を吐き、突然の行動に苛立ちを露わにして目を血走らせた。
「そもそもお前、誰なんだよ!? なんで急に仕切ってやがる!」
すると男は突然胸を張り、畑の端まで響き渡るような高笑いを爆発させた。
「フハハハッ! よくぞ聞いてくれた! 紹介しよう。俺の名は『闇の王』! このヴェリア村が誇る、美貌と名声の王! イーター・ウェスタンだ!」
後方の列で、村人が二人、肩を小突いて顔を見合わせた。完全に呆れ返った様子でヒソヒソと囁き合う。
「またあの馬鹿かよ」
「ああ……ウェイン様の前だと、いっつもああやって目立ちたがるんだ」
美貌の王を自称する男の痛々しい妄言など、タカヒロは微塵も相手にするつもりがなかった。
気の利いた返しをする代わりに、地質調査用のハンマーと採集カゴを引っ掴むと、男の胸倉に乱暴に押し付けた。
「わけのわかんねえ戯言を垂れ流してねえで、さっさとあっちに並びやがれ! てめえらに仕事を振ってやる」
男は目を瞬かせ、押し付けられた道具を見つめた後、ニヤリと大きく口角を上げた。
「ほう……面白え!」
新たな装備であるカゴをぶら下げながら、『ヴェリアの王』はクルリと背を向け、ウェインや村人たちが待機する集団へと小走りで向かっていった。
タカヒロは一段高い場所へ登ると、水を打ったように静まり返る群衆を鋭い眼光で見回した。
「全員よく聞け! 作業を爆速で終わらせるために、お前らを三つの班に分ける!」
村人たちは顔を見合わせ、不安げにざわめき始めた。
「三つの班だって?」
「あぁ! 第一班。ゲビス、ナナ、グラス! お前らは薄めたリンゴ酢を探して集めてこい」
ナナの肩がビクッと跳ねる。彼女は眉をひそめ、信じられないものを見る目でタカヒロを凝視した。
「う、薄めたリンゴ酢って……」
少し震える声で問い返す。
「そんなもの、一体どこで手に入れろって言うの?」
タカヒロは腕を組み、ひどく落ち着いたトーンで答えた。
「簡単なことだ。この村に酒場があるなら、そこへ行ってありったけ貰ってこい」
ナナは目を丸くし、隣にいたグラスも同じように口を半開きにして唖然としている。
「も、貰う!? じょ、冗談でしょ!?」
「冗談なんかじゃねえよ。大抵の酒場の店主は、発酵に失敗した上澄み液をドブに捨ててやがるはずだ」
瞬間、ナナとグラスの間に言葉を失うほどの静寂が落ちた。
まるでとんでもない国家機密でも明かされたかのように、二人はタカヒロを見つめている。
彼女たちの目に映るこの青年は、もはや単なるよそ者ではない。村人が一生かかっても思いつかないような、底知れぬ謎の知識を秘めた存在だった。
タカヒロは視線を外し、反対側に並ぶ男たちの方へビシッと指を突きつけた。
「第二班! レオ、イーター、そして俺だ。温泉の近くで『硫黄石』を探す。ただし、こいつはそう簡単に見つかる代物じゃねえ。最悪の場合、火山の火口まで足を伸ばすことになる」
『火山』という単語を聞いた瞬間、イーターの口角がゆっくりと吊り上がった。
その巨漢の男は恐怖を見せるどころか、両目に野性的な光をギラつかせている。硫黄の火口に潜む死の危険こそが、彼のアドレナリンを限界まで沸騰させる最高の燃料になっているかのようだった。
誰一人として口を挟む者も、文句を言う者もいないのを確認し、タカヒロは再び口を開いた。
「そして……最後の班だが」
その言葉は、重々しく宙に吊るされた。
タカヒロの眼差しが急に冷たく鋭いものへと変わり、まるで大いなる厄災でも宣告するかのように表情が険しく強張る。
畑の空気は一瞬にして凍りつき、次の言葉を待つ者すべての呼吸を締め上げた。
「な、何をするんだ……?」
群衆の中にいた誰かが、ゴクリと重い唾を飲み込む。
「お、おいっ! 最後の班の任務はなんなんだ!?」
一秒が永遠のように遅く感じられた。
濃密な緊張感が、震え始めた村人たちの体を金縛りのように縫い留めている。
タカヒロは、目の前に広がる青ざめた顔を見回しながら――そのシリアスな仮面の下で、おかしさに吹き出しそうになるのを必死に堪えていた。
(……ははっ、ちょっと脅かしすぎたか)
悪ふざけはこの辺で十分だろうと判断したタカヒロは、クルリと背を向けた。そして、森へ続く小道へと大股で歩き出しながら言い放つ。
「俺が名前を呼ばなかった奴らが最後の班だ。てめえらはここで待機!」
「なんだと!」
予想通りの大ブーイングが一斉に巻き起こる。
しかし、タカヒロは彼らに文句を言う隙など微塵も与えなかった。歩みを止めることなく、振り返りもせずに大声で叫ぶ。
「絶対に、誰一人としてあの畑の土を踏むんじゃねえぞ! 破ったらどうなるか、分かってるよな!? ――行くぞ、レオ、イーター……出発だ」
何人かの村人たちは苛立ちのあまり地面を強く蹴りつけ、ぶつくさと文句をこぼした。
こんな危機的状況のど真ん中で、あの青年はまだ自分たちの心を弄ぶ余裕があるのかと。
しかし――遠ざかる三人の背中が小さくなっていくにつれ、その苛立ちはゆっくりと消え去っていった。
残された不満の奥底で、村人たちの心にある奇妙な確信が芽生え始めていたのだ。あの遠ざかる力強い足音こそが、先祖代々の土地を救う唯一の鍵なのだと。
――ピタリ、と。
突然、タカヒロの足が止まった。
彼は背中を向けたまま、再び風を切り裂くような声を張り上げる。その冷たく、圧を帯びた声は、聞く者の総毛を逆立てるほどだった。
「第一班……てめえらもさっさと動いた方が身のためだぞ。一秒でも遅れりゃ、リンゴ酢は手に入らなくなる」
場の空気が一気に緊迫する。
その最後の一言は、もし遅れればすべての希望が潰えるという死の宣告のように響いた。
もはや無駄話をしている余裕などない。第一班の三人は弾かれたように飛び出すと、心臓を早鐘のように打ち鳴らしながら、村へと続く道を全力疾走で駆け抜けていった。




