第60章:心温まる夜のひととき
フライヤーのアジトの重厚な鉄扉が背後で閉まった瞬間、冷たい夜気が肌を刺した。夜もすっかり更け、アンティの口から情報を残らず絞り出したタカヒロと少女たちは、ようやく帰路についていた。
彼らが去った後のアジトには、依然として濃密な緊張感が張り詰めている。
閉ざされた扉の向こう側で、オウィは彫像のように立ち尽くしていた。その顎には力が入り、固く結ばれている。
この屈強な男にとって、己のプライドを呑み込むことは何よりも困難だった。ましてや、あのひ弱そうな青年が、その頭脳にどれほど致命的な武器を隠し持っているかをまざまざと見せつけられた後では。
(……血の一滴すら流すことなく、複雑な謎を解き明かして標的を完全に追い詰める。そんな芸当ができるやつは、今の時代そうはいねぇ)
だが、オウィの頑なな心の奥底は、未だにタカヒロを仲間として認めることを拒んでいた。たとえボスの交わした協力契約書に、あの青年の署名がはっきりと残されていようとも。
フライヤーのアジトでのそんな葛藤をよそに、タカヒロたちの足音はヴェリア村の暗い夜道に響き続けていた。
長くて疲れる道のりを歩き抜き、やがてヨト家のシルエットが夜闇の中に浮かび上がってくる。
「本当に今日は泊まっていかなくていいの、ケイト?」
玄関先で、ヴィオラが尋ねる。
「また今度にするわ」
ケイトはヴィオラに向けて、優しく微笑みかけた。
二人の親友の間に温かい空気が流れ始めたその時。先ほどからヴィオラの背後で黙って立っていたクトリが、ふいに一歩前に出た。
その動きは少しぎこちなく、必死に抑え込もうとしている躊躇いが滲み出ている。
「あの、ケイトちゃん……」
言葉を意図的に濁らせる。
クトリは服の裾をぎゅっと握りしめ、赤髪の少女の目を見つめる勇気を振り絞るため、気まずい沈黙の時間をたっぷりと使った。
対するケイトは、片方の眉をくいっと持ち上げただけだった。話の意図が読めず、クトリの頭の中で何が渦巻いているのか見当もつかない。
「今日は、手伝ってくれて本当にありがとうございました」
顔を隠すように、深く頭を下げる。
「それから、今までヴィオラをたくさん助けてくれたことも、感謝しています……」
「ああ、そのことなら気にしないで」
ケイトが素早く言葉を返す。彼女は躊躇うことなく手を伸ばすと、クトリの肩を掴み、深くお辞儀をしたままの彼女の体をゆっくりと引き起こした。
「私の方こそ謝りたいの。あなたに対して、生意気で酷い態度をとってしまってごめんなさい」
体を起こし、再びケイトと視線を合わせた一瞬の後。クトリの表情がふわりと和らいだ。
彼女はすぐさま首を振る。
「そんなことないです。あの時の厳しい態度は、当然のことだと思っています。私よりもケイトちゃんの方がずっと多くのことを知っていたのだから、怒ってきつい言葉を投げるのも無理はありません」
二人の少女がお互いの心の壁を取り払っている間、タカヒロはその輪から一歩引いていた。ただ静かに立ち尽くし、満天の星が瞬くヴェリア村の夜空へと視線を漂わせている。
タカヒロにとって、この謝罪の時間は、壊れやすくも温かい火花のようなものだった。チームの調和を保つための、欠かせない土台。
だからこそ、彼は口を閉ざした。無粋な横槍を入れて、この空気を壊すつもりなど毛頭ない。
「これからは、どうかよろしくお願いしますね」
誰も気づいていなかったが、ヴィオラの背後にある少し開いた扉の隙間から、一対の瞳がこっそりと覗き込んでいた。
クリリーだ。彼女は息を潜めて聞き耳を立て、ケイトとクトリの会話を余すところなく聞いていたのである。
だが、ヴィオラの直感は鋭かった。
首筋に吹きかかる妙な気配に気づくと、わざとらしく大きな咳払いをして母親を嗜めた。
「二人のいい時間を邪魔して悪いんだけどさ。どうやら、アタシたちの会話を盗み聞きしてるヤツがいるみたいなんだよね」
完全にバレたことを悟り、クリリーはビクッと肩を震わせた。恥ずかしさを誤魔化すこともできず、彼女は古びた扉を大きく押し開ける。
そして、外にいる少女たちと一人の青年に向けて、少しばかり引きつった温かい笑みを浮かべた。
いつもの癖で、彼女は即座に話題を逸らそうと頭をフル回転させる。
「どうして中で話さないの? お外は蚊がいっぱいいるじゃない」
しかし、その言葉を言い終えた直後、彼女の視線は無意識のうちにクトリのそばに立つ赤髪の少女へと釘付けになった。
「あら! ケイトっちもいたのね」
「……っち!?」
純真なウチがその言葉をオウム返しにする。
大きなあくびをした直後で口をぽかんと開けていた小柄な少女だが、その響きが耳に入った瞬間、眠気などどこかへ飛んでいってしまった。
目を瞬かせながら、ケイトの名前に付けられた接尾辞を頭の中で咀嚼する。
その横で、ヴィオラのこめかみにピキッと青筋が浮かび上がった。
ウチの呟きを聞くや否や、ヴィオラは反射的に手を上げ、小柄な少女の目の前で固い拳を握りしめた。もしこのままウチがからかい続けるつもりなら、容赦なく必殺の鉄拳を食らわせるという明確な脅しである。
だが、ウチは全く怯まなかった。それどころか、その脅しが彼女の中のイタズラ心に火をつけてしまったのだ。
その顔は百パーセント憎たらしい表情へと変貌し、ヴィオラの怒りを煽るためだけの、意地悪なニヤリ顔を浮かべる。
「ヴィ・オ・ラ・っち」
ヴィオラの堪忍袋の緒が、音を立ててブチ切れた。
瞬時に踵を返し、ウチめがけて一直線に飛びかかる。彼女の両手は容赦なく暴れ回った。
「てめぇ、ふざけんじゃねぇぞ!」
ウチの髪を軽く引っ張り、両頬を真っ赤になるまでつねり上げ、内に秘めた怒りを一切の容赦なくぶちまける。
ほんの数秒前まで漂っていた、少し感傷的で気まずいテラスの雰囲気は、あっという間に崩壊した。
ウチとヴィオラの馬鹿馬鹿しい喧嘩に全員の視線が集中し、他の者たちの顔に自然と薄い笑みがこぼれる。
収拾がつかなくなったこの小さな騒ぎを収めるべく、そして夜がどんどん更けていくのを気にかけて、ケイトが再び口を開いた。
「それじゃあ、私、もう帰るわね。みんな、また」
「そんなに急がなくてもいいじゃない」クリリーが優しく、引き止めるような声色で尋ねる。「一緒に夕食でも食べていかない?」
「い、いえ、おばさん」ケイトは気まずそうに答え、指を迷うように絡ませた。「家で両親が待っていますから。これ以上遅くなって、心配をかけたくないんです」
「そう、残念ね……」クリリーは寂しそうに呟いた。その誘いを断られた彼女の顔には、隠しきれない落胆の色が浮かんでいる。「道中気をつけてね。ベリンダにも、よろしく伝えてちょうだい」
ケイトは小さく頷き、帰るために踵を返した。しかし、無言のまま立つタカヒロの背中に視線が落ちた瞬間、ピタリと足を止めて声をかける。
「タカヒロ……」
振り返ることもなく、タカヒロはとてつもなく自信に満ちた声で答えた。
「演技はやめろよ。鉱石とお前が離れるのはほんの束の間だ。永遠の別れじゃない」
ケイトの眉がピクッと吊り上がった。
背筋にゾワゾワとした不快な悪寒が走る。この青年から飛び出したあまりにもドラマチックな台詞に、彼女の顔は一瞬にしてドン引きしたように歪んだ。
「あんた……一体何を言ってんの、タカヒロ?」
自分が文脈を完全に無視した、あまりにも自信過剰で痛い台詞を吐いてしまったことに気づき、タカヒロの耳はカッと熱くなった。
彼は慌てて暗い夜道の方へ顔を背ける。恥ずかしさのあまり崩壊しそうな自分の表情を、ケイトに見られないことを祈りながら。
だが、その努力は無駄だった。
玄関先からは、クリリーとクトリの軽やかな笑い声がすでに漏れていた。普段は計算高く抜け目がないこの青年が、こんな不器用な姿を晒すのはひどく珍しかったからだ。
「な、なんでもない!」恥ずかしさで声を少し震わせながら、彼は言い放った。「か、帰りたいなら、さっさと帰れよ! 鉱石は、引き止めたりしないからな」
ゴンッ!
軽く、しかし的確な一撃が、背後からタカヒロの頭頂部にクリーンヒットした。
「痛てぇ……! てめぇ、何しやがる馬鹿!」
頭をさすりながら、タカヒロが怒りを滲ませて文句を垂れる。
「それは、あんたへの罰よ」
顎をツンと上げ、微塵も悪びれる様子を見せずに、ケイトはタカヒロの横を通り過ぎた。
もう振り返ることはなかったが、青年の横を通り抜けるほんの直前、誰にも気づかれないほどの薄い笑みをその口元に浮かべていた。
赤髪の少女は、空に向かってひらひらと手を振った。クリリーたちへ向けた、気さくな別れの挨拶だ。
ケイトのシルエットはゆっくりと遠ざかり、やがてヴェリア村の濃い夜闇へと呑み込まれていった。
タカヒロは元の場所に立ち尽くしたまま、その背中が完全に見えなくなるまで、ずっと見つめ続けていた。




