第59章:実を結ぶ残酷
息が詰まるような沈黙が部屋全体を覆い尽くしていた。蜂蜜まみれになったアンティの肌の上を、獰猛なヒアリたちが這い回り、その鋭い顎を容赦なく肉に食い込ませていく。
誰もが言葉を失い、目の前で繰り広げられる惨劇をただ見開かれた目で見つめていた。アジトの者たちにとって、この血の一滴すら流れない拷問は、ドゥルメの鞭打ちよりも百倍は恐ろしく映った。
犠牲者が床でのたうち回り、掠れた声で必死に命乞いをしているというのに、タカヒロはまるで耳が聞こえなくなったかのように平然としていた。
彼は悠然と立ち尽くし、小指で痒い左耳をほじくりながら、アンティの悲鳴などただの風の音であるかのように聞き流している。
「もう耐えられねぇ! 頼む、やめてくれ!」
返事はない。無慈悲な空間はそのままだった。部屋の隅では、以前タカヒロの筆を馬鹿にしていた大口叩きの金髪男が、両手で自分の口を必死に押さえていた。
顔は蒼白になり、胃袋が激しく波打っている。タカヒロが作り出した残虐極まりない光景に耐えきれず、今にも吐き出しそうだった。
屈強な体格のオウィもまた、顔を背け、震える手で口と鼻をきつく覆っていた。
(……吐くもんか、絶対に吐かないぞ)
心の中でそう暗示をかけ、仲間たちの前でわずかに残ったプライドを保とうとする。だが、無駄だった。どれほど強靭な肉体を持っていようと、この常軌を逸した拷問を前にしては精神の防壁など無に等しい。
「お前が正直に話すまで、止める気はないよ」タカヒロが淡々と告げる。
「約束する、全部正直に話す! だから早く、この忌々しい虫共を俺の体からどかしてくれ!」
「だったら早く言え」タカヒロは耳から指を引き抜くと、爪の先に架空の耳垢を乗せ、撃ち終わった銃口の煙を払うかのようにアンティに向かってフッと息を吹きかけた。
「こ、こんな状態のままでか!?」
「嫌なら無理はしない。さあみんな、ここから出……」
タカヒロが踵を返し、一行を引き連れて部屋を出て行こうとしたその瞬間。極限状態のパニックに陥ったアンティが、張り詰めた空気を切り裂くように言葉を遮った。
「わ、分かった! 言うから!」下唇を強く噛み締めながら短く叫ぶ。
目隠しの布の裏側で、アンティの胸中は絶望と無力感で激しく渦巻いていた。だが、ジュリオンジの裏切りが脳裏を過るたび、全身を噛み砕くようなヒアリの激痛は、燃えたぎる怒りへと変わっていく。
(……あの裏切り者め!)
「あ、あいつは……カリエフの森のエリアに向かった」
「それから? ヨトのおじさんの畑を荒らすように指示したのは誰だ?」
静寂。核心を突くその質問に、すぐには答えが返ってこない。虫の群れに全身を焼かれるような苦痛を味わいながらも、アンティは頑なに口を閉ざした。
ターゲットが再び舌を引っ込めたことに気づき、タカヒロも黙ってはいない。素早い動作で、クトリが握っていた透明なビニール袋、つまり残りのヒアリが蠢く袋を強引にひったくった。
ガサガサという不吉な音が部屋に響き渡る。その音の正体を本能で察知したアンティは、再びパニックに陥り狂ったように身悶えした。
「やめろ! これ以上は追加しないでくれ!」
「ガキみてぇにピーピー泣き喚いてんじゃねぇ! てめぇの知ってること、さっさと全部吐きやがれ!」
その低く荒々しい声の主は、タカヒロではなくフライヤーだった。アジトのリーダーの忍耐は、すでに限界を突破していた。アンティの無駄な時間稼ぎの三文芝居に、底知れぬ苛立ちを覚えていたのだ。
「だ、だが約束しろ。全部話したら、俺を解放するって」
「ああ……俺の言葉を信じろ。もし嘘だったら、俺の首を刎ねてもいいぞ」
そう言い放ちながら、タカヒロは胸の前で腕を組んでいるフライヤーへと視線を投げた。
二人の視線が交差する。一瞬の静寂の中、目配せだけで目に見えない交渉が行われていた。
タカヒロの口から飛び出した無謀な誓いに、ヴィオラ、クトリ、そして他の者たちは息を呑んだ。その顔には驚愕が張り付いている。たかが一つの情報のために、どうしてこの青年は自分の命をこれほどあっさりと天秤にかけられるのか?
「タカヒロ、何をしてるの!? どうしてそこまで……っ!」ケイトがパニックに陥り、半歩前に出ながら叫ぶ。
「落ち着け、お前らが心配する必要はない。鉱石は約束を破るような嘘つきじゃないからな」
その宣言は絶対的な響きを持っていた。顔すら見えない謎の青年が放つその圧倒的な威圧感は、アンティがこれまで出会ってきたどんな尋問官とも次元が違った。
「全部話す前に、一つだけ……お前たちに頼みがある」
「さっさと言え。こっちには時間がねぇんだよ」
「俺を、お前たちの仲間に加えてくれ」
それぞれのグループを率いるリーダーとして、タカヒロとフライヤーの反応はほぼ同時だった。
「「はあ!?」」
揃った驚愕の声がアジトの壁に反響する。その要求は完全に計算外だった。このお尋ね者が、まさか自分たちに庇護を求めてくるなど、誰一人として予想していなかったのだ。
「仲間に入れてくれって言ってるんだ」這い回る虫たちに肌を噛みちぎられながらも、アンティは声を絞り出した。「俺は、あの裏切り者に全ての報いを受けさせたい。その代わり、俺が持ってる情報は惜しみなく全部提供する」
タカヒロが横目で尋ねる。「どうする、フライヤー様? こいつの提案、受けるか?」
「てめぇに聞かれる前に言ってやるが、貴様はどう思ってんだ?」フライヤーは挑発的な視線を返し、言葉を荒げた。
「当然、断るに決まってるだろ! ヨトのおじさんの家には、俺が守らなきゃならない女の子がたくさんいるんだ。これ以上野郎一人を泊めるスペースなんてねぇよ」
その理由を聞いて、少女たちの中で最年長のクトリは、かすかに引きつった苦笑いを浮かべてやり過ごすしかなかった。
「タ、タカヒロくん……なんだか話の論点がズレている気がするのだけれど」
フライヤーはその言葉を意に介さなかった。葛藤の中、彼はたくましい顎に右手を当てて考え込んだ。
「確かに、あそこにはクトリちゃんやヴィオラっちがいるからな。もしこのクソ野郎が一緒の屋根の下にいたら、十中八九……」
ゴンッ!!
見事なげんこつが、フライヤーの頭頂部にクリーンヒットした。自分の名前に付けられた『っち』という不快な敬称に激怒したヴィオラが、容赦なくその軽い右手を振り下ろしたのだ。
突然の一撃にフライヤーの部下たちは息を呑み、自分たちのボスに対する少女の命知らずな行動に、驚愕と恐怖の入り混じった顔を向けた。
「アタシはもうガキじゃねぇんだよ! てめぇ、そのふざけた呼び方二度とするな!」
だが、フライヤーは怒るどころか、その口元に薄い笑みを浮かべていた。
(……おお、俺のヴィオラっち!)
心の奥底で歓喜の声を上げる。漆黒の威厳の裏側で、この男のドMな神経は、頭に落とされた痛みに歓喜の震えを隠しきれずにいた。
この茶番が長引き、夜が更けていくことに辟易したタカヒロは、再び主導権を握った。そして独断で、宙に浮いていたアンティの要求に答えを出した。
「分かった。お前が仲間に入ることを許可する」
「タカヒロくん、本気なの!? 彼を本当に私達の仲間に……?」
見知らぬ男と一つ屋根の下で暮らすことを想像し、クトリの心臓は緊張で早鐘を打っていた。
「まさか! こいつはフライヤー様の下で働くんだよ」
クトリの唇から安堵の溜息が漏れた。しかし一方で、無責任に投げ渡されたその決定にフライヤーは肩をビクッと跳ねさせた。彼が厄介な荷物を押し付けられたことに文句を言うよりも早く、タカヒロが先手を打つ。
「文句言うなよ、フライヤー様。クリリーさんの家族をこの厄介事から救いたいなら、こいつを新しい部下として迎え入れな」
フライヤーは小さく鼻を鳴らし、忌々しそうに舌打ちをした。完全にハメられたという腹立たしさはあったが、タカヒロの言葉の裏にある理屈は否定できない。アンティの提案は、この事件の謎を根本から解き明かし、姉の畑に今後同じような脅威が降りかかるのを防ぐための最大の鍵だったのだ。
「……分かった。あんたが仲間になることを許してくれたんだ、俺の知ってる全てを話す」
部屋に再び静寂が戻り、アンティの告白の舞台が整った。これ以上の催促を待つことなく、彼は荒い息を整えながら口を開いた。
「知っての通り、俺はバフリル様の下で働いている。俺たちがこんなことをしたのは、バフリル様が捕まったと知ったからだ。だからこそ、自分たちの上司を捕まえたことへの報復として、秘密裏にヨトの親父の畑を荒らしたんだ」
その告白は、燃え盛る火に油を注ぐようなものだった。クトリが一歩前に出る。頭の中で爆発しそうな感情を抑えきれず、彼女のこめかみには青筋が浮かんでいた。
だが幸いにも、タカヒロの腕の方が早かった。彼はスッと腕を横に伸ばし、彼女が感情のままに動かないよう、その肩をしっかりと押さえた。
「……それだけか?」フライヤーは真剣な眼差しでアンティの顔を射抜き、嘘の兆候がないかを探った。
「ああ、俺が言えるのはこれですべてだ」
必要な情報がすべて引き出されたと判断したケイトは、誰の指示を待つこともなく動いた。赤髪の少女は足早にアンティへと歩み寄る。
彼女の左手には、強烈な酸っぱい匂いを放つハーブエキスの液体がなみなみと入ったバケツが握られていた。
それは、蜂蜜の強烈な粘着力を瞬時に溶かし、同時にアンティの体を貪り食う拷問者たるヒアリたちを死滅させるために調合された、特製の薬液だった。




