第58章:奴らが滑稽と嗤う道具での尋問
夜はさらに深まりを見せていたが、フライヤーの拠点内に漂う空気は、一向に収まる気配のない緊迫感によって重苦しく充満していた。
天井で怪しげにチラつく蛍光灯の光は、部屋の中央だけを薄明るく照らし出し、それ以外の四隅を暗い影の中へと沈めている。
その光の真下に、力なく拘束されていたのがアンティ――フライヤーの姉であるクリリーの苗代を荒らした、主犯格の男だった。
太い麻縄が、痩せた男の胸と手首を木製の椅子の背もたれに激しく縛り付けている。目元は汚い布で覆われ、半開きになった口からは荒い息が漏れていた。
バシッ!
時折、フライヤーがアンティの頬を容赦なく張り飛ばし、皮膚には生々しい赤みが浮き上がっていた。
だが、幾度となく繰り返される叩打と脅迫にもかかわらず、その痩せこけた男には怯える様子が一切見られなかった。奥歯を強く噛み締め、フライヤーが欲しがる情報をただの一言も吐こうとしない。
「もう一度だけ聞く。仲間はどこへ行った?」
「何度も言わせるな。俺だって知らねぇよ」
フライヤーにとって、そんな言い訳は聞き飽きたものだった。アンティの口から出る言葉など、鼻から真に受ける気もない戯言に過ぎない。同様の案件を幾度も処理してきた処刑人として、依頼人の手前、毅然とした態度を貫く必要があった。
「ほう、飽くまで口を割らんつもりか?」
怯えるどころか、アンティの肩が微かに揺れた。脅し文句を耳にして、鼻で笑ったのだ。
「お前の脅しなんか、ちっとも怖くねぇよ!」
議論に無駄な息を割くことなく、フライヤーは身を翻して空中で指を鳴らした。部屋の隅で控えていたドゥールムへの、絶対的な合図だ。
凶悪な面構えの男は満足げにニヤリと笑うと、お気に入りの革鞭を解きながら前へ踏み出した。頭上高く掲げられた鞭が不気味な音を立て、アンティの身体に新たな傷を刻み込もうと振り下ろされかけた――
――その瞬間、拠点のドアの蝶番がギィッと鋭い音を立て、外から力任せに開け放たれた。
「やめろ!」
扉が大きく開くと同時に、薄暗い光の中に五つの影が足を踏み入れてきた。
タカヒロだ。荒らしの首謀者の面拝をこの目で拝んでやろうという好奇心に突き動かされ、彼は仲間たちを率いてやってきたのだ。
「お前……!?」
オウィがその場で唸るように呟いた。数週間前にボコボコにしてやったはずの小僧が、堂々と自分の拠点に現れたことに目を丸くしている。
タカヒロはその大柄な男を一瞬だけ一瞥したが、次の瞬間には興味なさそうに視線を逸らし、まるで透明人間でも見るかのようにオウィの存在を無視した。彼の意識は、完全にこの尋問だけに注がれていた。
「なぜ止める?」
ドゥールムが冷ややかに問う。頭上に掲げられていた腕を緩やかに下ろし、鞭を脇へと戻した。
「吐く気がない奴に、暴力を使っても意味がねぇよ」
「なら、お前に何か別の手でもあるってのか?」
タカヒロの口角が吊り上がり、狡猾な笑みが浮かんだ。彼はフライヤーの部下たちの人波を悠然と押し分け、前へと進み出る。右手はズボンのポケットに突っ込まれていた。
「あぁ、もちろんあるさ!」
合図でも出されたかのように、椅子の周りにいた大男たちが一歩後ずさりし、少年が手品を披露するための舞台を空けた。
全員の視線がタカヒロの手元へと集中する。だが、彼がポケットから取り出したアイテムを目にした瞬間、男たちは一斉に眉をひそめた。
「ハケ……?」
誰かがぽつりと呟き、タカヒロの手にある拍子抜けするような代物を困惑気味に見つめた。
次の瞬間、フライヤーの部下たちの間に嘲笑が巻き起こった。肩を揺らし、あからさまに見下した笑みを浮かべている。
脅威の欠片もないような道具で、あの往生際の見苦しい囚人を尋問しようというのか? 彼らにとってみれば、そんなものは滑稽すぎて、成果など期待できるはずもなかった。
だが、浴びせられる失笑の渦の中でも、タカヒロは微動だにしなかった。口元の笑みを絶やさず、その瞳の奥だけを意識的に氷のように冷たく研ぎ澄ませる。
「ケイトさん、あのバケツを俺の前に持ってきてくれ」
「了解!」
「おい、クソガキ。そのバケツとハケで何をする気だ?」金髪の男が皮肉たっぷりに吐き捨てる。
「そんなに効果が気になるなら、俺が持ってきたこの道具の凄さを、お前で試してみるか?」
タカヒロがあえて見せつけた高圧的で不遜な態度が、金髪の男の自尊心を見事に逆なでした。己こそが最良であり、青二才に舐められるなど耐え難いその男は、胸を張り、あっさりとその挑発に乗っかった。
「いいぜ! 実験台になってやろうじゃねぇか」
タカヒロの左隣で、ケイトが心底呆れたように目を丸くした。くだらないハタリに引っかかって自分から差し出された愚かな金髪男に、哀れみと不快感が混ざった視線を向ける。
一方、別の角度から、フライヤーの視線がクトリの微かな動きを捉えていた。彼女の手には、小さな透明の袋が握られている。その中では、数百匹にも及ぶ赤みがかった小虫が不気味に蠢き合っていた。
フライヤーの脳内で、瞬時に危険信号が点滅する。タカヒロが大口を叩く金髪男に歩み寄ろうとしたまさにその時、フライヤーは手を挙げた。
「やめろ、タカヒロ」
「はぁ? なんでだよ」
「無駄な時間と弾薬を費やすくらいなら、本命に直接使ったらどうだ」
タカヒロは足を止めた。フライヤーの意図を素早く思考に巡らせる。理には適っている。持ってきた特別製弾薬の量は限られており、一度の実行分しか用意していない。フライヤーの部下の度胸試し程度で無駄使いしてしまえば、今夜は手ぶらで帰るハメになってしまう。
「それもそうだな!」彼は踵を返し、再び尋問用の椅子に座る本命のターゲットへと視線を固定した。
フライヤーが生み出した意識の逸らしは完璧だった。しかし、タカヒロが顔を背けた直後、フライヤーはその大口を叩いた部下へと歩み寄っていった。
パシッ!
荒々しい平手打ちが、金髪男の頬へともろに炸裂した。甲高い乾いた音が部屋の中に残っていた失笑を一瞬で吹き飛ばし、全員の目を惹きつける。だが、タカヒロは首を突っ込むこともなく、ただ静かに佇んでいた。
「馬鹿者が」フライヤーが鋭く低音で呟く。「行動を起こすなら、事前に頭を使え。だからお前を任務に同行させんのだ」
「は、はい……申し訳ありません、フライヤー様」男は痛みに耐えながら首を垂れ、惨めに縮こまった。
内部の混乱など一顧だにせず、タカヒロは今、アンティの目の前に仁王立ちしていた。いざ行動に移ろうとしたが、一つ邪魔なものがあった。痩せた身体にへばりついている重ね着の服だ。
脱がせる手伝いを誰かに頼むどころか、タカヒロの両手はアンティの服の襟ぐりを直接掴んだ。そして一気の力任せに、上から下へと衣服を引き裂いた。破れ落ちた布地がだらりと垂れ下がり、部屋にいた者たちの目を再び驚愕で丸くさせる。
肌が露わになったのを確認すると、タカヒロはゆっくりとバケツの中にハケを浸した。甘い香りを放つドロリとした液体が、毛先にたっぷりと絡みつく。
滑らかで無駄のない手つきで、彼の腕がしなやかに舞い始めた。アンティの剥き出しになった胸元、腹部、そして腕へと、その粘液を塗りつけていく。
「な、何をしやがる……!?」
肌にまとわりつくベタつく感触に、アンティの声が震え始めた。
「落ち着けって、ただ体にハチミツを塗ってるだけだよ」
タカヒロは楽しそうにクスクスと笑った。まるで真っ白な壁にペンキでも塗るかのように、アンティの身体をハケで塗りたくっていく。
「心配すんなって。お前を痛めつけたりはしねぇからさ」
数秒後、アンティの上半身全体が厚いハチミツの塗膜でべったりと光り輝いた。
「クトリ……」
名前を呼ばれた少女は、手元の透明な袋を握り締め、一切の躊躇なく前へ踏み出した。
「そのヒアリを全部解き放て。今夜のご馳走を楽しんでもらおうぜ」
「ヒ、ヒアリだと……!?」
ついにパニックが爆発した。目隠しの奥でアンティの瞳が大きく見開かれる。全身の筋肉が強張り、木製の椅子の上で狂ったように暴れ回って、手首を縛り付ける麻縄から逃れようと必死にもがいた。
「やめろ! 解け! 解いてくれぇぇ!!」
その命乞いを一蹴し、クトリは素早い動作で袋の口を開け、中身を丸ごとアンティの身体の上へとぶちまけた。数百匹のヒアリが一斉に散らばる。
間髪入れず、獰猛な小さな悪魔たちが反応を示した。甘いハチミツに誘われ、素早い動きでアンティの胸や腹全体へと這い広がると、容赦なくその強靭な大顎を、ハチミツまみれの皮膚の毛穴へと突き立てたのだ。
直後、耳を刺すような絶叫がアンティの喉から爆発した。苦悶の叫びは拠点の静寂を切り裂き、夜空高くへと突き抜け、フェリア村の重苦しい闇の中にいつまでも長く響き渡った。




