第48章:答えの代償
誰もが心地よい夢路につくはずの美しい夜。しかし今夜のヨト家には、そんな平穏は訪れなかった。バフリルの突然の襲来によって、家の内外は息詰まるような緊張感に包まれていた。
バフリルを外へ誘い出すというタカヒロの策略は見事に的中した。今やあの小太りの男に、ヨトの命を脅かす術はない。覆面の男たちの加勢もあり、事態は瞬く間に制圧された。
「てめぇ……! よくも俺を嵌めやがったな、このクソガキが!」
バフリルが吠える。
「俺は嵌めてなんかいない。それに、あいつらが誰なのかも知らない。全部俺の計画外だ!」
タカヒロはこれが全くの偶然であることを必死に説明した。
だが不運なことに、頭に血が上ったバフリルがそんな言葉を信じるはずもない。太い腕をロープでキツく縛り上げられているにもかかわらず、その怒りは一向に収まる気配がなかった。
幸いなことに、バフリルが再びわめき散らす前にフライヤーが背後から歩み寄り、その太い首筋に手刀を叩き込んだ。小太りの男はあっさりと気絶し、その場に崩れ落ちた。
一連の騒動を通して、ヴィオラはようやく一つの事実を悟っていた。あの狭い路地で見かけた覆面の男たちは、彼女が思っていたような悪党ではなかったのだ。
さらに暗闇からフライヤーが姿を現したことで、彼らがバフリルのような非道な真似は絶対にしないと、彼女は確信を持つことができた。
「誰か怪我はないか?」
フライヤーが静かに尋ねる。
「フライヤーおじさん……なの?」
クトリが玄関から一歩前に出た。
自分の名前を呼ばれ、フライヤーは反射的にクトリの方を振り向く。彼女は迷うことなく彼のもとへ駆け寄った。
「クトリ!」
一方、ヴィオラはその場に立ち尽くしていた。バフリルの脅威から解放された安堵と、フライヤーが突然目の前に現れたことへの苛立ちが入り混じり、何とも言えない複雑な心境だった。
クトリが目の前に飛び込んでくるなり、フライヤーは彼女の体を力強く抱きしめた。
「久しぶりだな!」
あまりにも強い力で抱きしめられ、クトリは息苦しさを覚えた。彼女は必死に叔父の背中をバンバンと叩き始める。
残念ながら、感動の再会に浸りきっているフライヤーは、姪からの無言の抗議に全く気づいていなかった。
張り詰めていた空気が一転して妙に気まずいものへと変わり、タカヒロは未だに困惑した表情を浮かべているヴィオラに小声で尋ねた。
「ヴィオラさん、あいつは誰だ?」
タカヒロはフライヤーを指差しながら囁く。
「無神経でスケベな、私の叔父よ!」
ヴィオラは忌々しそうに吐き捨てた。叔父の顔など見たくもないと言わんばかりに、これ以上ないほど露骨に嫌そうな顔を作っている。
「ひっどいなぁ! そんな言い方ないんじゃないの、ヴィオラっち!」
フライヤーがこれ見よがしに大げさなトーンで反応する。
「てめぇ、そのふざけた呼び方をするな!」
ヴィオラも負けじと怒りを露わにし、フライヤーに指を突きつけた。
その騒ぎの最中、いつの間にかヴィオラの背後にウチが立っていた。純真無垢な小さな少女の口から、予想外に冷ややかな言葉が飛び出す。
「ヴィオラっちって、そういう顔もできるんだね」
そのストレートなからかいは、見事にヴィオラの導火線に火をつけた。
「ギロッ!」
ヴィオラはギリッと歯軋りし、ギクシャクした動きでウチを振り返る。
「ウチ、この野郎!」
「ほらね! 今のヴィオラっち、猫っていうよりメスライオンみたい。」
ウチは悪びれる様子もなく、さらに追い打ちをかける。
「貴様ぁっ!」
ヴィオラはそのまま前へ突進し、少女の頬をつねってやろうと手を伸ばした。
揉み合いを始めた二人を見て、フライヤーのすぐ近くにいたヨトが慌てて歩み寄る。なんとかその場を仲裁しようとした。
しかし、彼がなだめようとするより早く、タカヒロが主導権を握った。
彼は小競り合いを続けるウチとヴィオラのもとへ悠然と歩み寄り、凄みのある視線で二人を見下ろした。
「お前ら、これ以上騒ぐなら……今夜ここで、二人まとめてお仕置きするぞ」
タカヒロの冷ややかな一言で、二人の少女は瞬時にピタリと動きを止め、慌てて服の乱れを直した。
そのやり取りの合間にも、フライヤーの頭の中にはある疑問が渦巻いていた。先ほど部隊が制圧に動く直前、あの白髪の青年が指で送ったハンドサインを、彼は確かに捉えていたのだ。
(……こいつ、ただの一般人じゃねぇな)
フライヤーはクトリを腕の中から解放し、彼女が乱れた息を整えるのを待つと、探るような鋭い視線を向けながらタカヒロへと歩み寄った。
「おい……お前、一体何者だ? どうして俺たちの合図を知っていた? 俺たち、どこかで会ったことがあるか?」
威圧感を伴った矢継ぎ早の質問にも、タカヒロは一歩たりとも引かなかった。
フライヤーがさらに問い詰めるのを待つまでもない。青年は口元に薄い笑みを浮かべ、いつもと変わらぬ平坦な声で答えた。
「答えはすごくシンプルだ。だが、タダで教える気はない」
「どういう意味だ?」
フライヤーは眉間を寄せ、明確な説明を求めた。
タカヒロは悪戯っぽい笑みを浮かべ、カポックの実が詰まった麻袋をチラリと見てから答えた。
「俺たちを手伝って、ベッドの布を縫い合わせろ。それが終わったら、お前の質問に全部答えてやる」
そのあまりにも理不尽な一方的交渉を聞いて、少し離れた場所にいたクトリは勢いよく自分のおでこを叩いた。この青年の傍若無人な振る舞いに、すっかり呆れ果てている。
夜風の音にかき消されそうなほどの小さな声で、彼女の唇から思わず『この悪賢い奴!』という言葉が漏れた。
「で、どうする? やるのか?」
「待て、言っている意味が分からない。ベッドって何だ? それは——」
フライヤーの質問は、唐突に遮られた。
「一から説明してる時間はないんだよ。さっさと中に入って、クリリーさんの裁縫を手伝え!」
相手の同意など一切待たず、タカヒロはフライヤーの腕を掴み、強引に家の中へと引きずり込んだ。
二人が家に入ると同時に、タカヒロは人差し指を突き出し、すでに綺麗に縫い上げられている大きな布地を指し示した。
「俺とヴィオラたちは、この実の皮を剥く作業を担当する。お前とクリリーさん、それにヨトのおじさんは、このフワフワの白い繊維を布の中に詰めて、完璧に縫い合わせるんだ」
目の前で繰り広げられる奇妙な作業を前に、完全に混乱して立ち尽くすフライヤー。そんな弟の隣に座っていたクリリーが、その場を落ち着かせようと口を開いた。
彼女はフライヤーの肩を優しく叩き、お客の快適な睡眠のために彼らが今まさに作ろうとしている、その柔らかい道具の役割について手短に説明を始めた。
姉からの説明をすべて聞き終えて、フライヤーは初めて深く頷いた。この見知らぬ青年が強引に指示を出した意図と計画の全貌を、ようやく理解したのだ。
そしてこれ以上時間を無駄にすることなく、彼は部下たちに合図を送る。タカヒロの指示のもと、全員が協力して作業に取り掛かった。
普段は鋭い刃物を握っている屈強な男たちの手が、今や器用に白いカポックの繊維をより分けている。
ほんのわずかな時間で、大きな布地はパンパンに膨れ上がった。客人へふさわしい快適な眠りを提供する、手作りの簡素なベッドが、ついに完成したのだった。




