第47章:静寂の中の計画
ヨト家の居間は、ますます息詰まるような空気に包まれていた。
突如、外から乾いた枝が折れる音が響いた。
暗い木立ちのすぐ裏からだ。その音は鋭く、静寂を切り裂いた。
タカヒロの耳がその異音を捉えた。
反射的に、鋭い視線を音のした方へと向ける。
木々の落とす濃い影の奥。そこには、黒い仮面を被った男がしゃがみ込み、こちらを窺っている姿があった。
(……誰だ?)
タカヒロは心の中で呟いた。
(なぜあんな怪しい動きをしている? まさか、この太った男の仲間か?)
嫌な予感がタカヒロの頭を駆け巡る。
ヴィオラに教えようと口を半開きにしたが、彼女が恐怖でガタガタと震えているのを見て、再び奥歯を噛み締めた。
「お前の汚らわしい欲望の道具になるなんて、もう二度とごめんよ!」
「ほう、他の奴らみたいに逆らうつもりか?」
バフリルが重い足取りで一歩前に出る。
「そういう態度も嫌いじゃないがね。だが、一つだけ知っておくべきことがあるぞ」
太った男の言葉は、ヨトのすぐ隣に立ったところで途切れた。
バフリルの丸太のような太い腕が、突如としてヨトの首に乱暴に巻き付いたのだ。
中年の父親は弱々しくもがき、呼吸を奪われた顔がみるみるうちに赤黒く染まっていく。
バフリルが再び口を開くよりも早く、唐突な動きがその場に走った。
「やめて!」
父親が首を絞められる姿に、クトリが耐えきれなくなったのだ。彼女は両手を前に突き出しながら駆け寄った。
「お前、お父さんを放して!」
バフリルは眉をひそめた。未だ白い布で顔を隠しているその少女を、訝しげに見つめる。
「お前は誰だ? この家族と何の関係がある?」
「私はクトリ」
短く答えると、彼女は顔を覆っていた布をゆっくりと外した。
「貴様が侮辱しているこの家族の、長女よ!」
クトリが身にまとっている小綺麗な服を見ても、バフリルは少しも驚く様子を見せなかった。
それどころか、太った男の口角がニヤリと吊り上がる。邪悪な企みが頭に浮かんだのか、その瞳がギラギラと野卑な光を帯び始めた。
「そういうことなら話は早い。両親が苦しむ姿を見たくないのなら、今すぐ俺と一緒に来るんだな!」
部屋が水を打ったように静まり返った。
クトリは石のように立ち尽くしている。視線を床に落とし、家族の借金の山を清算するためのバフリルの提案を、頭の中で必死に天秤にかけていた。
やがて、クトリの視線は父親へと移る。
ヨトの皺ばんだ頬を涙が伝い落ちていた。太い腕で首を締め上げられたまま、彼は娘に向かって強く首を横に振った。
もう一方の光景も、同じように胸を締め付けるものだった。
クリリーは膝を折り、床にへたり込んでいる。泣き声を押し殺そうと、その肩は激しく震えていた。
やっと帰ってきたばかりの娘が、またすぐに連れ去られてしまう。その想像が、母親の精神を完全に打ち砕いていたのだ。
「どうだ? 俺の提案に乗るか?」
その背後で、ついにヴィオラの瞳からも涙が溢れ出した。
馬鹿なことはやめてと、クトリに向かって叫ぼうと口を開く。
だが、喉が硬直してしまい、唇から音は一つも漏れ出なかった。
その絶望のどん底で、先ほどから沈黙を保っていたタカヒロとウチが動き始めた。
二人はヴィオラをその場に残し、一歩前へと踏み出す。
「おい、てめぇ! なんでこの家の借金をそんなやり方で取り立ててんだ!」
バフリルが鋭く振り向いた。
横槍が入ることは最初から予想していたらしい。あからさまな脅しとして、ヨトの首を締め上げる腕の力をさらに強めた。
「その場から一歩も動くな! これ以上ふざけた真似をするなら、この男の命はないと思え」
タカヒロは忌々しそうに舌打ちをした。
頭の中で組み立てていた計画が、一瞬にして瓦解していく。ヨトの命が人質に取られている以上、彼は渋々足を一歩後ろに引くしかなかった。
タカヒロの隣で、ウチが自分の服の裾をギュッと握りしめていた。
同世代の男の子に近づくと発動する、彼女のあの極度な人見知りが再び顔を出したのだ。小さな少女は少しだけ背伸びをして、小さな声で囁いた。
「キ、キングさん……」
その呼び名を耳にして、タカヒロは視線を下へと向けた。
「できるだけ時間を稼いでください。私、ヨトおじさんをあの醜い男から引き離す作戦があるんです」
「でも、どうやって? 俺たちに動く隙がないのは分かってるだろ」
「いいから、早く私の言う通りにしてください」
ウチはタカヒロの了承を待つことすらしなかった。
彼女は頭を低くし、柱の横で未だに震えているクリリーの元へと小走りで向かった。
バフリルが疑り深く目を細め、その動きを監視する。
小娘が何を企んでいるのかは分からないが、彼の警戒心は瞬時に跳ね上がった。
「お前ら、何をするつもりだ?」
タカヒロはバフリルを真っ直ぐに見据えながら、無理やり小さな笑い声を絞り出した。
「あー……ちょっと落ち着けよ、旦那。そう熱くなるなって」
「あぁ!?」
バフリルがドスの効いた声で凄む。
「このピリピリした空気を変えるためにさ、一つゲームでもしないか? 面白そうだろ?」
家の中でそんなやり取りが交わされている間。
外に潜んでいた仮面の男は、神経を研ぎ澄ませて家の中から漏れ聞こえる会話を一言一句聞き逃すまいとしていた。
彼は後ろに向かってハンドサインを出す。そこでは他の四人の仲間が、指示を待ちながら待機していた。
「ゲームだと?」
バフリルは警戒を解かずに尋ねた。
「あぁ! ルールは超簡単だ。俺の質問に十秒以内に答えるだけ」
「馬鹿め! 貴様、俺がそんな見え透いた罠に引っかかるとでも思っているのか?」
「まさか。ヨトのおじさんがアンタの手の中にいる以上、罠に嵌める度胸なんてあるわけないだろ。俺はもう完全に詰んでるし、アンタの勝ちだよ」
「それもそうだな!」
タカヒロの口角が吊り上がり、薄い笑みを形作る。
撒いた餌は、見事に丸呑みされた。
「だったら何をモタモタしている? さっさとそのゲームを始めろ!」
バフリルはすっかり調子づいていた。
「ゲームを始める前にさ、場所を移動した方がいいんじゃないか?」
部屋の反対側で、ウチが下唇を強く噛み締めていた。
タカヒロの突拍子もない行動を、彼女の頭は必死に処理しようとしていた。
(キングさん、何を考えているの? どうして私の指示を無視するの?)
「いいだろう、その提案に乗ってやる。だがその前に……お前が守るべき条件が一つある」
「なんだよ?」
「貴様が妙な真似を起こさないための担保として、この老いぼれは俺が掴んだままにしておくことだ」
「オッケー!」
タカヒロは一切の躊躇なく答えた。
ヴィオラは信じられないといった顔で目を剥いた。
あの青年がそんな狂った条件をあっさりと呑んでしまったことに、彼女の胸の内で激しい失望が渦巻いた。
数秒後。
バフリルはヨトの首を締め上げたまま、家の外へとゆっくり後ずさりしていった。
タカヒロも一定の距離を保ちながら、その後を追う。前庭に出た途端、冷たい夜風が彼らの顔を直接撫でた。
「さっさとゲームを始めろ」
タカヒロは口を固く閉ざした。
答える代わりに、彼の両目は再び先ほどの木立の周囲の暗闇を鋭く探っていた。
仮面の男の影はまだそこにあった。暗闇の中で、他の仲間たちと共に息を潜めている。
状況が非常に危険であることを理解した上で、タカヒロはわざと右手を高く掲げた。彼の人差し指は、夜空で最も明るく輝く一つの星を真っ直ぐに指し示している。
それは、あの仮面の男への合図だった。
木の陰にいた仮面の男は目を細めた。
顔を覆う布越しに、小さく呟く。
(あの男……何者だ?)
背後にいた仲間の一人が、タカヒロのハンドサインに気づいた。
彼はすぐさまリーダーの肩を叩き、早く行動するよう促した。
「あの星の名前はなんだ?」
タカヒロは尋ねた。バフリルの背後に黒い影が忍び寄るのを見て、彼の顔に薄い笑みが浮かぶ。
バフリルは鼻で笑い、そのくだらない質問を小馬鹿にしてやろうとした。
だが突然、その太った巨体がカチンと強張った。
冷たくて鋭い先端を持つ何かが背中にピタリと押し当てられ、彼の目は限界まで見開かれた。
「動くな。両手を上げろ!」




