第45章:二つの知らせ
時間がゆっくりと這うように過ぎていく。白髪の青年が口にした突拍子もない要求のせいで、最初こそ温かかった部屋の空気は、今や深い困惑に包まれていた。
「ベッド」という単語と、「ぐっすり眠れるように」という言葉が、クリリーの頭の中をぐるぐると回り続けている。彼女は眉間を深く寄せた。
「その……ベッドっていうのは、眠ることとどういう関係があるの?」
タカヒロは小さく吹き出した。目の前で石像のように固まっている中年の女性から、面白そうに視線を外さない。
「簡単に言うとな。ベッドってのは、俺たちが寝るための敷物みたいなもんだ」
「それで?」
「その上で寝れば、体が痛くならないし、もっと快適に眠れるんだよ」
「本当に!?」
「あぁ! 嘘だと思うなら、今から実際に作って試してみるか?」
クリリーは勢いよく立ち上がった。その未知なる道具の姿を一刻も早く拝みたくて、目をキラキラと輝かせている。
「それなら、何をためらう必要があるの? 今すぐそのベッドを作りましょう!」
タカヒロも立ち上がり、彼女が本当に駆け出してしまう前に、その歩みを引き止めた。
「まあ落ち着けって。他の連中が戻ってくるのを待とうぜ」
クリリーは足を止めたものの、興奮で肩が少し上下していた。青年の言う「ベッド」の形を頭の中で思い描きながら、皆でそれを作る時間を心待ちにしつつ、再び席に腰を下ろした。
明るい部屋でクリリーが好奇心に胸を膨らませている一方で、別の場所では全く異なる空気が流れていた。
◇◇◇
狭い路地裏。周囲の建物が落とす影が真昼の太陽を遮り、薄暗い空間を作り出している。先ほどヴィオラの好奇心を刺激したあの仮面の男が、打ち捨てられた古い建物に向かって悠然と歩いていた。
建物の敷地に足を踏み入れると同時に、男は手を伸ばして顔の仮面を剥ぎ取った。そして、近くにあったガラクタの山へ無造作に放り投げる。
コン……コン……コン……。
朽ちかけた木の扉を叩く、三回の音が響いた。
「甘い果実はなんだ?」
中から聞こえてきたのは、低く警戒心に満ちた声だ。
「男前なバフリルだ」
男は面倒くさそうに答えた。
錆びついた蝶番が耳障りな音を立て、内側から重い扉が引き開けられる。
男はすぐに中へと押し入った。扉が再び固く閉ざされる。スイッチが押される音が響き、黄色の蛍光灯が何度か点滅した後、薄暗い部屋をぼんやりと照らし出した。
「今日はどんな知らせを持ってきた?」
先ほどの低い声の主が、部屋の隅に積まれた木箱の上にゆったりと腰掛けていた。
ドンッ!
入ってきたばかりの男、オウィの靴が、埃っぽいコンクリートの床を強く踏み鳴らした。その顔は怒りに歪んでいる。彼は一瞬そっぽを向いてから、木箱の上の人物を真っ直ぐに睨みつけた。
「ふざけんな! このくだらねぇ茶番はもうやめにしねぇか!? あんたが考えたあの合言葉には、もう心底ウンザリなんだよ!」
彼は部屋の隅にいる男に向かって、真っ直ぐに指を突きつけた。首筋には怒りで太い血管が浮き出ている。
「リラックスしろ。そう熱くなるな」
「あぁ!?」
「オウィさん、落ち着いてください」
オウィのすぐそばに立っていた苔緑色の髪の男が窘めた。筋骨隆々なオウィの怒りを鎮めようと、軽く手を持ち上げる。
「なんだと!?」
オウィはその仲間の男を鋭く睨みつけた。
木箱の上に座っていた低い声の主が、軽やかに飛び降りた。足音を忍ばせながら、ゆっくりとオウィに近づいてくる。
「オウィ。俺がお前をガキの頃から育ててきたのはな、こんな風に反抗させるためじゃねぇんだぞ」
その声のトーンは低かったが、部屋中を一瞬にして凍りつかせるような冷気が漂っていた。
男は今、オウィの屈強な体の周りをゆっくりと円を描くように歩いている。その鋭い眼光は、部下の一挙一動を逃さず監視していた。
「分かってるはずだ。俺がお前を拾って育ててやらなかったら、お前はとうの昔に、あの貧ったらしい家族と一緒に野垂れ死にしていたんだってことをな」
オウィの奥歯がギリッと鳴った。拳を白くなるほど強く握りしめたが、両足は床に縫い付けられたように動かない。口も固く閉ざされたままだった。
「さあ、とっとと話せ。今日はどんな知らせを持ってきた?」
「……二つ、報告があります。一つ目は、ヨトのジジイが動き出しました。二つ目は、あの猿野郎のバフリルが、借金をすぐに返せと村人たちに圧力をかけていることです。それだけじゃありません。今夜、奴がヨトの家に向かい、あの娘を連れ去るという噂も耳にしました」
低い声の男の口角が、ゆっくりと吊り上がった。
「そいつは面白い!」
「それで、次の一手はどうなさるおつもりで、フライヤー様?」
席へ戻ろうと背を向けたフライヤーの背中を、オウィの視線が追う。
「奴らの動向を監視し続けろ。あのバフリルのクソ野郎に、俺のクリリー姉ちゃんの家族を指一本触れさせるな!」
「承知いたしました。ご命令通りに」
オウィは短く頭を下げた。これ以上は一言も発することなく、踵を返して大股で出口へと向かった。
その大きな背中が扉の向こうへと消えると、部屋にいた数人がようやく息を吐き出す音が聞こえた。オウィが去ったことで、張り詰めていた空気がゆっくりと溶けていった。




