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テロヴィアの異世界生活  作者: バクリ


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第4章:教訓

ざわわ、と風が吹き抜けていく。


鬱蒼と生い茂る森の天蓋が揺れ、ほんの僅かな木漏れ日だけが隙間からこぼれ落ちる。

しかし、その細い光も湿った大地を照らすには至らない。

遥か頭上の樹上では、絶えることなく命の営みが続いていた。


一匹のリスが、枝から枝へと身軽に飛び移っていく。

巣で待つ腹ペコな子供たちのために、せっせと食料を集めているのだろう。


だが、その足元の地上……タカヒロの体が叩きつけられた場所だけは、異様な緊張感に包まれていた。


その惨状を目にしたケイトは、一瞬だけ正気を失いかけた。

茂みの傍らで、石のように立ち尽くす。

見知らぬ少年に一体何が起きたのか。彼女はその理由を探るべく、じっと目を凝らした。


短い観察の末、ひとつの理にかなった推論に行き着く。


少年の腕や顔に刻まれた、生々しく開いた無数の傷口。それは不規則な形をしていた。

鋭い刃物による綺麗な切り口でもなければ、凶暴な獣の爪で引き裂かれた痕でもない。


恐らく……あの巨大な樹の上から落下する際、鋭く折れた枝に全身を何度も打ち付けられ、皮膚を切り裂かれたのだろう。


「ケイト……。」


ヴィオラがおずおずと名前を呼んだ。その声は小刻みに震えている。

彼女は怯えたように立ちすくみ、自分の服の裾をぎゅっと握りしめていた。


「さっき落ちてきたのって、なんなの……?」


ケイトはすぐには答えない。

その問いかけは、鬱蒼とした森の空気の中へふっと溶けて消えた。

チラリと横目でヴィオラを一瞥し、重傷を負って地面に倒れ伏す少年のもとへ迷いなく歩み寄る。


「ヴィオラ、あんたもこの子を運ぶの、手伝って。」


「ええっ!? うちが!?」


思いがけない要求に、ヴィオラはビクッと肩を跳ねさせ、思わず一歩後ずさった。

頭の中が真っ白になり、状況がうまく飲み込めない。

最悪のシナリオばかりが次々と脳裏をよぎり、次第に呼吸が浅くなっていく。


しゃがみ込んだ体勢のまま、ケイトには親友の青ざめた顔がはっきりと見えていた。

今日何度目かも分からない、大きなため息をつく。

極度の怖がりで、すぐに悪い方へと想像を膨らませてしまうヴィオラの性格には、正直少し辟易していた。


「いい加減にしなよ! 一体なにをそんなにビビってんのさ。なんでいつも、駄々をこねる子供みたいにウジウジしてんの!」


まるで巨大なハンマーで頭を殴られたかのように、その鋭い叱責はヴィオラをその場に凍りつかせた。

完全に足が止まる。

舌がもつれ、どんな言葉を返せばいいのか分からない。

結局、彼女はただうつむき、貝のように口を閉ざすことしかできなかった。


(……言い過ぎたかな。)


心の中でケイトは呟く。今の言葉が少しキツすぎたことは自覚していた。

けれど、ヴィオラのあの厄介な臆病さを打ち破るには、こうするしかなかったのだ。


黙ったままこの緊急事態を見過ごす本当の悪人になるくらいなら、口の悪い嫌われ者になる方がずっとマシだ。


二人の間に漂い始めた、あまりにも気まずい空気をどうにか和らげるため、ケイトは再び口を開く。

今度は顔の強張りを少し解き、できるだけ軽い調子で声をかけた。


「ぼーっと突っ立ってる暇があるなら、こっちに来て手伝ってよ。」


ヴィオラは心の底では、親友の言うことが完全に正しいと認めていた。

ケイトが放った言葉の数々を、じっくりと頭の中で反芻する。


(起きるかどうかも分からないことを怖がって、いつまでも子供みたいに……うちってば、ほんと馬鹿みたいだ。)


ヴィオラは自分自身の情けなさを心の中で罵った。


脳裏にこびりつく恐怖をなんとか振り払い、恐る恐る右足を踏み出す。そして、引きずるように左足を前に出した。


ようやく反応を示し、こちらへ歩み寄ってくる親友の姿を見て、ケイトの口角がわずかに上がり、薄い笑みがこぼれる。


キツいお説教で、なんとか彼女の勇気を引き出すことには成功したようだ。

まあ、あの筋金入りのビビリ癖は、またすぐ再発するだろうけれど。


タカヒロの傍までやって来たヴィオラは、ゴクリと生唾を飲み込んだ。

少年の全身に刻まれた傷跡からは、まだ生々しい赤い血が滲み出ている。


反射的に頭上を見上げると、鋭く尖った枝先が天に向かって無数に突き出していた。

あんな途方もない高さから、尖った木々に激しく肉を削られながら落ちてくるなんて……想像しただけで背筋がゾッとする。


「ケイト……この人を村に連れて帰ったら、長老さまになんて説明すればいいの……?」


タカヒロの顔にこびりついた泥汚れを拭き取っていたケイトの手は、止まることはなかった。

彼女はヴィオラの方を一切見ることなく、至って冷静に答える。


「『ヴィアテリア島に一人で漂着してたのを、帰り道に偶然見つけました』って言えばいいのよ。」


「そ、それで本当にごまかせるのかなっ!?」


ヴィオラが食い気味に聞き返す。


ヴィオラにとってはごく単純な疑問のつもりだったが、その言葉は、タカヒロの腕を持ち上げようとしていたケイトの動きをピタリと止めるのに十分だった。


数秒の空白。

ざわめく風の音だけが一瞬の静寂を埋める中、ケイトはヴィオラを完全に黙らせる、チェックメイトのような一言を投げ放った。


「じゃあ、あんたには他にマシな言い訳があるわけ?」


その反語的な問いをぶつけると、ケイトは再び力を振り絞り、タカヒロの重い体を引き起こそうとした。

細い腕の筋肉がピンと張り詰める。

しかし、意識のない青年の体はあまりにも重く、バランスを崩した彼女の足元がふらついた。


すぐにサポートに入るべき場面だが、ヴィオラはまたしても呆然と立ち尽くしていた。

先ほどのケイトのぐうの音も出ない正論に打ちのめされ、すっかり固まっていたのだ。

やっぱり、ケイトに口答えしても絶対に勝てない。


ぽっかりと心が空回りしている最中、重いものに胸を圧迫されているような、ケイトの苦しげなうめき声が静寂を破った。


「ヴィ、オ、ラぁ……ッ! はやく、手伝って……ッ!」


悲鳴に近いその声で、ヴィオラの思考のモヤは風に吹き飛ぶ塵のように消え去った。

パニックになりかけた頭が、瞬時に手助けをするための反射へと切り替わる。

彼女は慌てて少年の左側へと回り込み、タカヒロの太い腕を自分の小さな肩にグッと回した。


二人は息を合わせ、肩を並べて踏ん張る。

小柄な少女たちの体格にはあまりにも不釣り合いな重さに、足はガクガクと震え、互いの荒い呼吸がせわしなく交差した。


だが、その懸命な努力は実を結ぶ。

数分の後、二人はようやくタカヒロの重い体を、自分たちの間に挟み込むようにして立たせることに成功したのだ。


さあ歩き出そうと体を反転させた時、ヴィオラの視界の端に、地面に散乱したまま放置されている薪の山が映り込んだ。


「ケイト、うちたちの薪……どうするの……?」


ケイトは一切振り返らなかった。

視線を真っ直ぐ前へ固定したまま、よろめく足取りで歩みを進めていく。


「薪なんて、今は置いていくわよ。」


肩に食い込む痛みと、すでに顔に滲み出ている疲労を堪えながら、ケイトは息も絶え絶えに吐き捨てた。


「でもっ、ケイト……。」


未練がましいその言葉に苛立ちを覚え、ケイトはヴィオラの言い訳を少し声を荒らげて遮った。


「昨日の夜、うちのお父さんが言ってたこと、忘れたの?」


ピタリ、とヴィオラは口をつぐむ。

昨晩、ケイトの父親を交えて食卓を囲んだ時の会話を、必死に記憶の底から掘り起こした。


答えを探して黙り込む親友の様子に気づき、ケイトは宙吊りになっていた言葉の続きを紡ぎ出す。


『命あるものを助けること以上に、大切なことなどない。相手が人間であろうと動物であろうと、助けを必要としているのなら、必ず最優先で手を差し伸べなさい。』


その言葉の羅列は、ヴィオラの胸の奥底を強く打った。

ケイトが放った一言一句は、彼女の父親が口にした教えと寸分違わず同じだったのだ。


心の深いところで、チクリとした罪悪感が瞬く間に胸を蝕んでいく。

ただの薪の山のために、あわや人の命を後回しにしようとしていた自分を激しく恥じた。


指先で潰された虫のように小さく縮こまり、ヴィオラは深くうつむく。

ケイトの父親が遺したその教訓をひとつひとつ心に刻み込み、もはや反論する気など微塵も起きなかった。


そうして、森を抜けて村へと向かう二人の道中は、すっかり押し黙ったものになった。

主を失って久しい廃屋のように、ひっそりとした重い静寂が辺りを包み込む。


吹き抜ける夕暮れの風の音と、リスの跳躍に揺れる枝葉の擦れ音だけが、重傷の青年を抱えながら村へ帰る彼女たちの過酷な歩みをただ静かに見守っていた。

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