第39章:色彩の錬金術
いつものように夜が舞い降り、ヴェリアの村を特有の涼やかな外套で包み込んだ。
穏やかに吹き抜ける夜風が、一日中畑で汗を流した村人たちのこわばった筋肉を優しくほぐすかのような静寂を運んでくる。
暗さを増していく空の下、ヴィオラたちは連れ立って家への帰路についていた。
その足取りは重い。道中ずっと、ケイトがクトリに対する深い苛立ちの余韻を隠そうともせず、不機嫌に顔をしかめていたため、息の詰まるような沈黙が彼女たちを付きまとっていたのだ。
一行が前庭に到着し、先頭を歩いていたヴィオラが扉を押し開けようと手を伸ばしたまさにその時。
ここまでずっと黙って後ろをついてきていたシンティアラが、ついにその沈黙を破った。
「みんな、ごめんなさい。あたし、お手伝いには参加できないの」
シンティアラは静かに言った。
「急に、どうしても外せない大切な用事ができちゃって」
その別れの言葉を聞いて、ヴィオラはすぐさま振り返った。
ケイトが棘のある言葉を返すよりも早く、その場を収めにかかる。
「ううん、気にしないで」
ヴィオラは首を横に振った。
「手伝えなくても問題ないよ。あなたが助けてくれたおかげで、私もこうしていられるんだから。」
ヴィオラの口から自然とこぼれた心からの感謝の言葉は、シンティアラの頬をあっという間に真っ赤に染め上げた。
彼女は途端に落ち着きをなくし、ヴィオラに向かって両手をパタパタと激しく振る。
「あ、あわわ……あ、あたしは何もしてないよ!これ全部、ケイトが手伝ってくれたおかげなんだからね!」
そのやり取りを見て、彼女たちの中で最も年上であるクトリが一歩前に出た。
距離を縮め、シンティアラの真正面に立つと、胸の前で両手をしっかりと合わせ、深くお辞儀をした。
「ありがとうございます!」
クトリは力強く、はっきりとした声で感謝を伝えた。
◇◇◇
一方、家の中は慌ただしい空気に包まれていた。
クリリーは、少し散らかっていた居間を片付けようとあちこち動き回っていた。その時、外の前庭からかすかな話し声が彼女の耳に届いた。
その外の気配に気づいたのは、二人の娘を持つ母親だけではなかった。
壁に寄りかかって座りながら、クリリーが作った温かいお粥をゆっくりと食べていたタカヒロも、スプーンを動かす手を止めたのだ。
彼は顔を上げ、一体外で何が起きているのかと尋ねるような視線を年配の女性へと向けた。
好奇心をくすぐられたクリリーは、手に持っていた布巾を置いた。
家事を一旦中断し、自分の目で確かめるために大股で扉へと向かう。
木の扉を引き開けた瞬間、彼女の目に飛び込んできたのは、五人の少女たちが集まっている光景だった。
その中には、未だに深く頭を下げているクトリの姿もある。
入り口の敷居に一番近く立っていたヴィオラは、蝶番のきしむ音を聞いて反射的に振り返った。
「お母さん?」
ヴィオラは不思議そうに声をかけた。
妹の声を聞き、クトリは慌てて姿勢を正した。
クリリーは、母親らしい柔らかな眼差しで彼女たちを一人ずつ見つめる。
「みんな、どこに行っていたの?」
クリリーは穏やかに尋ねた。
「どうしてこんなに遅くまで?」
問いかけながら、クリリーの視線がふと下に動く。
ヴィオラの指先でぶらぶらと揺れている、黒いビニール袋に釘付けになった。
垣根の近くの隅で、張り詰めた空気を和ませようと、シンティアラが両目を細めるほどの満面の甘い笑みを浮かべた。
「こんばんは、おばさん」
彼女は目を閉じながら、優しく微笑んだ。
「こ……んばん……は」
クリリーは突然言葉に詰まった。ただ虚ろな目で立ち尽くすことしかできない。
彼女にとって、見知らぬ少女の口から放たれたその挨拶は、こんな深夜に聞くにはあまりにも甘く、そして可愛らしすぎたのだ。
「おばさん、外にいるのは誰なんだ?」
家の中から、タカヒロの声が響いた。
その聞き慣れた声は、即座にケイトとヴィオラの注意を引いた。
クリリーに詳しい説明を求める手間など省き、二人の少女はそのまま扉をすり抜けて家の中へと駆け込んだ。
外でまだ呆然としているクトリとウチを置き去りにして。
居間の床に足を踏み入れるなり、ヴィオラがその場の主導権を握った。
彼女はずかずかと歩み寄り、タカヒロの真正面に立つ。そして、一見すると脅迫しているかのように聞こえるほどの過保護な口調で、矢継ぎ早に質問を浴びせかけた。
「ちょっと……体の具合はどうなの!?動ける?まだどこか痛むの?どこが痛いの!?」
ヴィオラの両目は鋭く動き回り、タカヒロの身体の隅々まで細かく分析し始める。
彼がオウィの打撃から本当に回復しているのか、自分の目で確かめようと必死だった。
しかし、あまりにも心配するあまり、ヴィオラは頭を下げすぎた。
彼女の視線は、タカヒロのへその辺りにピタリと止まってしまう。
親友のその落ち着きのない様子を見てイライラしたケイトが、すぐさま手を伸ばした。
ヴィオラの服の背中をガシッと掴み、強引に後ろへと引っ張る。
「やめなさいよ、バカ!」
ケイトは呆れたように文句を言った。
「ご飯食べてる人の邪魔しないでよね。」
タカヒロにとって、目の前で繰り広げられたこの寸劇は、決して邪魔などではなかった。
それどころか、ヴィオラの滑稽な振る舞いやパニックになった表情に思わず口角が緩み、ひどく楽しませてもらっていた。
「落ち着けよ」
タカヒロはのんびりと言った。
「俺、全然気にしてないぞ」
反射的に、ヴィオラはぷくっと頬を膨らませながらケイトの方を振り向いた。
その口からは、「んんっ!」という不満げな唸り声が漏れる。
ケイトは小さく鼻を鳴らし、ヴィオラの背中から手を離した。
苛立ちを払うように短く息を吐き出すと、彼女は一歩横にずれて、青年のすぐ隣にドスンと腰を下ろした。
「おばさんが調合した薬の効き目はどう?体は少しはマシになったの?」
タカヒロはすぐには答えなかった。
口の中に残っていたお粥をゆっくりと噛み、まずはそれを飲み込む。
喉の奥に何も残っていないことを確認してから、ようやくその唇の隙間から短い言葉が紡がれた。
「悪くないな」
タカヒロの口から出たのはそれだけだった。短いが、安心させるには十分な一言だ。
ケイトが『薬』という言葉を口にしたのを聞き、ヴィオラの頭の中で弾けていた記憶がようやく正常な位置へと戻った。
ハッと意識が引き戻される。
右手を高く上げ、ずっと指先にぶら下げていた黒いビニール袋を、タカヒロの顔に向かってまっすぐに突き出した。
「これ、見て!」
顔の前で揺れる謎の包みを見て、タカヒロは怪訝そうに眉をひそめた。
「なんだ、それ?」
タカヒロは小さく呟いた。その口の中には、まだ飲み込んでいないお粥が少し残っていた。
すぐに答えを教える代わりに、ヴィオラは人差し指をスッと引き、鼻の下を軽くこすってみせた。
満足気な優越感と、誇らしさが入り混じったようないたずらっぽい笑みが、その顔に浮かび上がる。
「あなたが欲しがってた材料、手に入れてきたわよ!」
(……まさか、本当に見つけてくるなんてな)
ヴィオラの口から飛び出したその決定的な言葉を聞いた瞬間。
運悪く、次の一口を口に運ぼうとしていたタカヒロは激しくむせた。胸を抑えながら、小さく咳き込む。
「もしかして!?」
タカヒロは鋭く尋ね、口の端についたお粥を腕の甲で乱暴に拭い取った。
「ええ……昨日の夜、あなたが頼んだもの。チョウマメの花と、紫キャベツよ」
目の前に突きつけられた確たる証拠を見て、タカヒロの唇から満足げな笑い声が弾けた。
肩にのしかかっていた重圧が、込み上げる喜びと共にすっと剥がれ落ちていく。
「それで?私たちがこの二つの材料を手に入れた後、今から何をすればいいの?」
ケイトの口から飛び出したその素朴な疑問は、ヴィオラとタカヒロの間に生まれたばかりの心地よい空気を、一瞬にして吹き飛ばした。
「いい質問だな!」
タカヒロは力強く答えた。
「必要な二つの材料が揃ったんだから、今やるべきことは、これを加工することだ。」
「どうやって?」
ケイトは、先ほどと同じくらい純粋な顔で再び尋ねた。
「そこは、調合のプロであるおばさんに任せるんだ」
会話の矛先が変わったまさにその時。
外でシンティアラを完全に見送ったクトリとウチが、ようやく家の中へと足を踏み入れた。
二人の少女の背後に立ってずっと話を聞いていたクリリーが、しっかりとした足取りで前へ進み出た。
彼女は微笑みを浮かべ、タカヒロから非公式に任されたその大役を喜んで引き受ける。
「全部、私に任せてちょうだい!」
クリリーはビニール袋を受け取った。そしてすぐさま台所の隅へと向かう。
そこには、彼女の様々な調合道具が綺麗に整理整頓されて置かれていた。
薄暗いオイルランプの灯りの下、年配の女性はタカヒロが頼んだ材料を取り出す。
彼女は手慣れた手つきで、チョウマメの花びらを茎から手際よく切り離していった。
綺麗な水で洗い流した後、その花びらを器の中へと入れる。
そして、チョウマメの花びらが完全に浸るまで、薬缶から熱いお湯を注ぎ込んだ。
最初は透明だったお湯が、ゆっくりと澄んだ濃い青色へと変わっていく。
それと同時に、花びら本来の鮮やかな色は次第に色褪せていった。
クリリーは数分間そのまま浸しておき、その後、その青い液体を濾してガラス瓶へと移した。
すぐに、次は紫キャベツの作業へと移る。
木製のまな板の上で、キャベツの葉を細かく切り刻んでいく。
それを小さな鍋に入れ、適量の水を注ぎ込むと、そのまま火のついたかまどの上へと置いた。
お湯が熱くなるにつれて、濃い赤紫色の成分が抽出され始め、煮汁全体を鮮やかに染め上げていく。
しばらくお湯を沸騰させた後、クリリーは鍋を火から下ろした。
清潔なガーゼを使い、その濃い紫色の溶液を濾して、別のガラスの容器へと移し替える。
クリリーは布切れで手を拭いた。
そして、濃い青と紫の液体が入った二つのガラス瓶を机の上に並べる。
ずっと彼女の作業を食い入るように見つめていた少女たちの、ちょうど目の前へと。




