第38章:家の裏に隠された美しさ
先ほどの場所からそう遠くないところ。ケイトたちの足取りは、やがてビーの屋敷の前庭へとたどり着いた。
礼儀を重んじる主であるビーは、客人をそのまま裏庭へと直行させるような無粋な真似はしなかった。中年男性は、一行を温かく家の中へと招き入れた。
居間では、ビーの妻が温かい笑顔で出迎えた。
しなやかな手つきで淹れられた熱いお茶と、テーブルに並べられたお茶菓子。それは、少女たちの首を真綿のように締め付けていた緊張感を綺麗さっぱりと拭い去り、安らぎと心地よさを与えてくれた。
カチャリとティーカップが鳴る音の合間に、ヴィオラはこれまでの事情をすべて話し終えた。
今まさに自分を縛り付けている、極めて深刻な問題の数々。その告白を聞いて、ビーは今日の夕方に訪問者たちが突然やってきた理由、そのすべての点と線をようやく結びつけた。
「そういう事情だったのか」
テーブルに料理を並べ終えたばかりのビーは、リラックスした様子で口を開いた。
「植物を摘むことについては、何も反対はしない。今すぐ必要だと言うなら、さっさと摘んでくるといい」
「本当ですか、おじさん!?」
ヴィオラは確認するように尋ねた。その瞳は、期待と熱意でキラキラと輝いている。
ビーは言葉で返さず、やる気に満ち溢れたヴィオラに向けて、ただ短く頷いてみせた。
明確な許可を得た以上、一秒たりとも無駄にはできない。
ヴィオラは勢いよく立ち上がった。居間でお茶をすすりながらようやくリラックスし始めたウチ、ケイト、そしてクトリを残し、ヴィオラは一人きりでビーの家の勝手口を抜け、裏庭へと足を踏み入れた。
裏庭の土を踏みしめた瞬間。ヴィオラの足は、まるで縫い付けられたようにピタリと止まった。
両目が限界まで見開かれる。
湿った土と花の蜜の香りを運ぶ夕暮れの風が、頬を優しく撫でた。
目の前に広がっていたのは、息を呑むほど美しい光景だった。
探していたチョウマメの花が咲いているだけではない。そこはまるで、小さなオアシスのようだった。
様々な種類のジャスミンが純白の花びらを誇らしげに見せつけ、マドカズラの穴の開いた青々とした葉と見事に調和している。
力強く並べられた盆栽の鉢植え。その周囲には、カモミールとアジサイの茂みが、まるで一枚の芸術作品のように計算し尽くされて配置されていた。
しかし、頭の中の時計の針は無情にも進み続けている。
この幻想的な美しさに、いつまでも酔いしれている暇はない。最大のミッションを、今すぐ実行しなければ。ターゲットは、紫キャベツとチョウマメの花だ。
視線を鋭く走らせ、葉の隙間を縫うようにして獲物を探す。
やがて、ふかふかに耕された土の隅へと視線が落ちた時、ひときわ目を引く鮮やかな色が飛び込んできた。
深い紫色の大きな葉がこんもりと茂り、何層にも重なった硬く丸い実をしっかりと抱きしめている。
「あった!」
ヴィオラは安堵の声を漏らした。
小走りでその植物に駆け寄る。
傍らにしゃがみ込むと、膝に土の冷たさが伝わってきた。両手を広げ、紫キャベツの頭をしっかりと掴む。
表面を撫で、収穫に十分な大きさであることを確認すると、手を根元の方へと滑らせる。大きく深呼吸を一つ。そして、ゆっくりと、しかし力強く引き抜いた。
ブチッ、ブチッ……。
根が切れる音が少しずつ響き、ついに紫キャベツの塊が土の中から見事に姿を現した。
根の底には、まだ湿った黒い土がべっとりとこびりついている。
ヴィオラはそれを高く持ち上げると、何度か強く振り、余分な泥を地面へと払い落とした。
「これで一つ。あとはあの花だけだ」
考えるより先に手が動いた。
服の裾を前へと折り曲げ、ずっしりと重い紫キャベツを運ぶための即席のバスケットを作る。その両目は再び、庭の隅々まで見落とすまいと鋭く光った。
そして、左隅にあるジャスミンの茂みの近くに視線が向いた時。視界の端に、とても見覚えのある色が引っかかった。
目を細め、その対象物にしっかりと焦点を合わせながら距離を詰めていく。
残り三メートルにまで近づいた時、探していた植物の優美な姿が完全にはっきりと見えた。
青紫色の花びらが、緑の葉の海の中で一際目立つように、見事に咲き誇っている。
薄い絹の織物のように滑らかな表面。その中心には、花びらの色と見事なコントラストを描くような、淡い白の模様が美しくあしらわれている。
ツルは庭の奥にある木の支柱にしっかりと巻き付き、チョウマメの花の群れを優雅に垂れ下がらせていた。
「やっと見つけた!」
ヴィオラは独り言のように呟いた。
空いている左手を使い、指先を器用に動かして、選び抜かれた十から十五輪のチョウマメの花を次々と摘み取っていく。
安堵の笑みを浮かべ、夢中で収穫作業に没頭していたまさにその時。背後から響いた低い声が、ヴィオラの集中を途切れさせた。
「必要なものは全部見つかったかい?」
ヴィオラの肩がビクッと跳ねた。
慌てて振り返ると、そこには足音もなく近づいてきたビーの姿があった。その手にはすでに、空の黒いビニール袋が握られており、まっすぐ差し出されている。
「ええ、必要なものは全部揃いました」
ヴィオラは動揺を隠し、努めて平静な声で答えた。
「それなら、全部この中に入れなさい」
そう言って、ビーはビニール袋の口を大きく開いた。
ヴィオラは歩み寄る。
チョウマメの花を一輪ずつ移し終え、お腹に抱えていた紫キャベツを下ろそうとした瞬間。妙に湿っぽい不快な感覚に気がついた。
服の前面に、ドロドロとした濃い紫色のシミが大きく広がっているではないか。それだけではなく、キャベツを包んでいた布の折り目には、黒い泥の汚れまでべったりと付着している。
「えっ?」
ヴィオラは下を向き、自分のお腹周りの大惨事を見てパチパチと瞬きをした。
どうやら野菜を強く抱きしめている間に、一番外側の葉から汁が滲み出し、簡単には落ちそうもない前衛芸術のようなシミを残してしまったらしい。
「あ……。」
(……全然、気づかなかった)
唇の端がピクピクと引きつる。強烈な気まずさが、じわじわと込み上げてきた。
気まずそうに固まる客人の顔を見て、ビーはただ静かに笑い声を漏らした。それは、どこか父親のような温かみを感じさせる低い笑い声だった。
「紫キャベツってのはそういうもんなんだよ。葉っぱが強く押されると、あちこちに色が移っちまうのさ」
「仕方ないですね……。」
ビーの優しいフォローに、ヴィオラの恥ずかしさも少し和らいだ。
自分のドジを笑うように諦めの溜息をつき、紫キャベツと残りのチョウマメの花を、ビーの持つ袋の中へと滑り込ませた。
「他にもまだ必要なものはあるかい?」
ビーはリラックスした口調で尋ね、袋を丸ごとヴィオラに手渡した。
ヴィオラはすぐには答えなかった。袋を受け取ると顔を背け、再び綺麗に整えられた植物たちの列へと視線を彷徨わせる。
この心地よい静寂から離れるのが、ひどく名残惜しかった。数秒の沈黙の後、ようやく口を開いた。
「いいえ、他にはもう……。」
言葉が途切れる。
未だに緑豊かな庭を見つめて固まっているヴィオラの様子を見て、ビーはすぐにその沈黙の意図を察した。
「分かるよ……。ずっとここに居たいって、そう思ってるんだろ?」
そのストレートな問いかけが、ヴィオラを白昼夢から引き戻した。ごくりと唾を呑み込み、言葉を返す代わりに、目の前の中年男性を見つめた。その瞳の奥には、抑えきれない悲哀の色がじんわりと滲んでいた。
「誰もが君と同じように感じる。ここから離れたくない、永遠にここにいたいってな」
ヴィオラは黙り込み、息を潜めて、ビーの紡ぐ言葉一つ一つに全神経を集中させた。
夕暮れの風がサラサラと葉を揺らす音だけが、二人の会話のBGMとして流れている。
「俺は何年もこの村に住み、街中を歩き回ってきた。だが、俺が作ったこの小さな庭ほど美しい場所には、未だに出会ったことがない」
「どういう意味ですか、おじさん?」
その言葉に込められた苦々しい響きを感じ取り、ヴィオラは困惑しながら尋ねた。
「本来なら世界を美しく彩るはずの花畑が、今じゃ無機質なコンクリートの建物に変わり果てちまった。あの胸糞悪いてめぇらは自然のことなんてこれっぽっちも考えちゃいねぇ。頭の中にあるのは、私腹を肥やすためのビジネスだけだ。あの貴様ら……!」
ビーの顎にギリッと力が入り、怒りがはっきりと現れていた。その罵倒は決して大げさなものではない。ヴィオラ自身も、その静かに燃える怒りの鼓動が、自分の心の奥底まで伝染してくるのを感じていた。
森を伐採し、生態系を破壊する人間の強欲さは、村で生きる自分たちのような弱者にとって、長きにわたる災厄をもたらすからだ。
「おじさんの言う通りです」
ヴィオラは力強く頷いた。
「自然は、私たちが心を込めて守っていかなきゃいけません。私たち以外に、誰がそんなことをしてくれるっていうんですか」
ビーの無骨な手が横へと伸びた。
分厚いタコのあるその指先で、マドカズラの葉の表面を、まるで世界で最も尊く壊れやすい宝物でも扱うかのように、優しく撫でる。自分と同じ考えを持つ若者を見つけたことへの、確かな誇りがその目に宿っていた。
「君の言う通りだ」
ビーは穏やかなトーンに戻って言った。
「すべてが手遅れになる前に、俺たちで食い止めなきゃならない」
そう言うと、ビーは踵を返した。
夕日の赤い光を正面から受けるように、西の方角へと体を向ける。そして、じっと自分を見つめるヴィオラの方へとゆっくり歩み寄りながら言葉を続けた。
「この話はここまでにしておこう。また別の日にでもゆっくり話そうじゃないか。君も早く帰りなさい。表でケイトたちが待ってるぞ」
その現実的な一言は、ヴィオラの頭から冷や水を浴びせるようなものだった。
そうだ。この場所の美しさに浸って、立ち止まっている場合ではない。
今すぐ家に帰り、この重要なアイテムを届けなければならない。ベッドで弱り切りながら帰りを待っている、タカヒロの元へ。
やるべきことはすべて終わった。
ヴィオラは手にある袋を大事そうに抱き抱えると、ビーの正面で深く、そして優雅にお辞儀をした。
夕暮れのミッションにおいて、救いの天使となってくれたこの中年男性に対し、心の底からの誠意と、できる限りの優しい声で『ありがとうございます』と感謝の言葉を紡いだ。




