第28章:帰路
朝の太陽が高く昇り始めていたが、時間の進みはひどく遅く感じられた。集団暴行の余韻と痛ましい空気が、未だに辺りへと重く立ち込めている。
昨晩から徹夜で練り上げていた畑の調査計画は、一時的に保留せざるを得なくなってしまった。
四人の少女たちの意識は、今や一つのことだけに向けられていた。軋む木の荷車の上でぐったりと横たわるタカヒロを、無事に家まで連れ帰ることだ。
先頭に立つのはクトリだ。彼女が荷車の舵取りを引き受けていた。汚れのない高貴な薄紫のドレスは、今や土埃にまみれることを余儀なくされている。
手のひらで荷車の引き手をしっかりと握りしめ、ひどく重いその塊を必死の思いで引っ張っている。
この村の生まれとはいえ、荷車を引くなどという労働は彼女の人生において極めて無縁なものだった。ましてや、テロヴィアからの長旅を終えて到着したばかりなのだから、なおさらである。
その後ろでは、ケイト、ウチ、そしてヴィオラが、残された体力を振り絞っていた。荒い息遣いだけが交差する沈黙の中、三人は荷車の板を懸命に押し続けている。
「クトリか?あれ、クトリじゃないのか?」
村人の一人が、隣の友人へと小声で囁いた。
「ああ、本当だ、リウ。ヨトの娘のクトリだよ」
声を潜めてはいたものの、ゴシップに花を咲かせる村人たちの集まりの横を通り過ぎる際、先頭を歩くクトリの耳にもその囁き声はかすかに届いていた。
「でも、荷車に乗ってるあの若い男は誰なんだ?」リウが尋ねる。「もしかして、あいつの恋人か?」
リウの口から飛び出したその無礼な憶測は、ケイトの感情の導火線に火をつけるには十分だった。疲労に耐えて黙々と押し続けていた赤髪の少女は、突如としてピタリと手を止めた。
荷車から手を離す。そして、鋭く体を反転させ、リウとラッテスの視線に真正面から睨み返した。
「んんんっ!」
苛立ちを露わにして唸る。額には青筋が浮かび上がっているかのようだった。両頬をぷくっと膨らませ、腰に手を当ててぐっと前のめりになる。その鋭い眼光は、強烈な敵意を込めて二人の成人男性を完全にロックオンしていた。
ケイトの全身から放たれる凄まじい威圧感に、リウとラッテスは一瞬にして肝を冷やした。二人は反射的に目を逸らし、わざとらしく空を見上げるふりをする。
誰に言われるまでもなく、男たちはそそくさと踵を返し、一目散に逆方向へと逃げ出していった。鼻息を荒くして彼らの背中を睨みつけるケイトだけをその場に残して。
その様子を、ウチは横目で見つめていた。親友の行動を咎める気も、止める気も毛頭ない。それどころか、大人の男二人を相手に一切ひるむことなく威嚇してみせたケイトの度胸に、ひそかに感嘆の息を呑んでいた。
隣にいるヴィオラもまた、自分の姉が見ず知らずの男と付き合っているなどと噂され、ケイトと同じように怒りを爆発させそうになっていた。
だが、感情をストレートに表に出すケイトとは違い、ヴィオラは黙り込むことを選んだ。体の横で左手をギュッと強く握りしめることで感情を押し殺し、再び荷車を押す作業へと意識を戻す。
やがて、軋む荷車の車輪は三叉路を越えた。視界の先に、ヴィオラの家の屋根が見え始める。
呼吸の整ったケイトは、今はもう木板から手を離し、一行の後ろをのんびりとついて歩いていた。
道案内として先頭に立つクトリの足取りが、少しずつ遅くなっていく。見慣れた家々の垣根が立ち並ぶ細い路地の光景が、彼女の胸の奥にあるノスタルジーを強く刺激したのだ。
その眼差しは周囲のあらゆるものを拾い上げるように彷徨う。壁、木々、そして土の道。何年もの間感じることのなかった、郷愁という名の温かい抱擁に全身を委ねていた。
荷車の左側を歩いていたヴィオラは、姉の顔に浮かんだその温かく感慨深い表情を見逃さなかった。彼女自身の心も、じんわりと溶けていく。薄く微笑みを浮かべ、そっと声をかけた。
「お帰りなさい、クトリ姉さん」
その優しい響きに、クトリは横目で妹を見た。ゆっくりと口角が上がり、心からの笑顔が咲きこぼれる。愛する妹から直接その言葉を聞けたことが、どれほど嬉しいか。その笑顔が何よりも雄弁に物語っていた。
後ろを歩くケイトも、その心温まる光景に気づいていた。血の繋がりこそないが、ヴィオラと姉を包み込む幸福そうな様子を見て、ケイトの胸も温かいもので満たされていく。
だが残念なことに、その心温まる再会の余韻は、ほんの数秒で吹き飛んでしまった。
ウチの足取りが急激にふらつき始めたのだ。小柄な少女の額には滝のように汗が流れ落ちている。途切れ途切れの呼吸を繰り返し、ついに彼女は体力的な限界に降伏した。
「もうすぐおうちに着きますよねぇ?あたし、もう足が限界なのですぅ……。ちょっとだけ、休憩してもいいですかぁ?」
(休憩……)
クトリの人生の辞書に、その二文字はどうやら刻まれていないらしかった。ウチの泣き言に対し、クトリは荷車をピタリと止める。そして無言のまま、ウチが気づく間もなく後ろへと回り込んだ。薄紫のドレスの女性はウチの小さな体をひょいと掴むと、まるで藁人形でも扱うかのような軽さで持ち上げたのだ。
「よっと」
ウチは避けるどころか、悲鳴を上げる隙すらなかった。気づいた時には宙を舞い、タカヒロの体の隣、荷車の板の上にちょこんと座らされていたのだから。ウチは目をパチクリとさせ、ただ呆然とするしかなかった。親友の姉が持つ規格外の怪力に驚愕し、完全にされるがままになっていた。
そのウチのぽかんとした顔を見て、ヴィオラとケイトは思わず吹き出した。この突発的なおかしな出来事が、今朝の凄惨な暴行事件の緊張感を綺麗さっぱりと洗い流してくれた。
「よしっ、それじゃあ出発進行!」
クトリがよく通る声で叫んだ。
荷車の引き手の位置に戻ると、まるで航海を率いる船長のように、右手を高々と空へ突き上げる。
「おーっ!」
ケイトとヴィオラが一斉に歓声を上げた。クトリの掛け声に元気よく応え、この小さなパーティーの活力が家に着くまで決して絶えないことを証明するように。
荷車の上では、ウチも疲労でプルプルと震える腕をゆっくりと持ち上げていた。だが、元気いっぱいの友人二人とは違い、その頭は深く下を向いている。
「おー……おっす!」
気まずさと恥ずかしさで真っ赤に染まった顔を必死に隠しながら、ウチは蚊の鳴くような声で小さく呟くのだった。




