第23章:ヴィオラと仲間たち
泥壁に囲まれた居間は、もうこれ以上ないほどに温かな空気に満ちていた。ケイト、ウチ、そしてタカヒロの存在が、ヴィオラの母親の心の中で長らく冷え切っていた目に見えない暖炉の火を、再び灯したかのようだった。
中年の女性の顔はぱっと明るくほころび、時折コロコロとした楽しげな笑い声を響かせている。まるで、遠くへ旅立ってしまった実の子供たちに囲まれているかのように。
肩にのしかかっていた重圧をひとまず脇に置き、ヴィオラはようやくホッと息をつくことができた。彼女はケイトの左側に胡坐をかいて座っていた。一方の親友はというと、右側に陣取る母親に挟まれて、すっかり身を任せて諦めモードに入っている。
「ちょうどお父さんもお母さんも起きてたから、よかった。」
ヴィオラは落ち着いた声で切り出した。
「二人にお話しておきたいことがあるの」
だが、母親は完全に耳に蓋をしているようだった。娘の言葉には一切反応せず、ケイトの両頬をむにむにとつまんだり捏ねたりするのに夢中になっている。そのせいで、赤髪の少女の短い髪は鳥の巣のようにボサボサに乱れていた。
ヴィオラはその無視っぷりをスルーした。すでに決めた計画のために、彼女の意志は固まっていた。言葉を紡ぎ直そうと、小さく息を吸い込む。
しかし、その唇が開かれるよりも早く、台所の入り口から父親の影が姿を現した。年老いた男はゆっくりとした足取りで、湯気を立てる三つの湯呑みと、茹でたての丸ごとトウモロコシが盛られた皿を乗せたお盆を慎重に運んでくる。
「……話って、なんだい?」
年老いてかすれたその声が、部屋の空気をピリッと引き締めた。ヴィオラ、ウチ、そしてタカヒロの三人は、古びた机の上にお盆を置いた父親の方へと一斉に視線を向ける。
「あたしたち、明日の朝からもう一度、稲の苗を植え直すことにしたの」
その宣言は、まるで時間を止める氷の魔法のように作用した。ケイトの頬をこねくり回していた母親の手が、ピタリと宙で止まる。先ほどまでの陽気な態度は、跡形もなく消え去っていた。
ケイトはその隙を見逃さなかった。サッと顔を遠ざけると、熱を持って赤くなった両頬を手のひらでさすりながら、痛みに顔をしかめる。
「……なんのために?」
ヴィオラの母親の唇からこぼれたのは、その短い言葉だけだった。声のトーンが明らかに変わっている。彼女の視線は鋭く沈み込み、足元の土間を虚ろに見つめていた。
母親の問いかけが、陰鬱な絶望感に包まれていることに気づき、ヴィオラはできるだけ落ち着いた口調で説得を試みた。
「あたしはね、お母さんたちのために——」
バンッ!
母親が、目の前の木の机を激しく叩いた。老いた体が勢いよく立ち上がる。先ほどまで楽しげだった瞳には、今や深い悲しみと混ざり合った怒りの炎が燃え盛っていた。
「どうしてそこまでして、無理をするのよっ!」
轟音のような机の響きに、ウチはビクッと肩を跳ねさせた。タカヒロも反射的に背筋をピンと伸ばす。
「お母さん、何度も言ったでしょ。もう、これ以上働くのはやめなさいって」
女性の肩が震え始める。張り詰めていた糸が切れた。もう堰き止めることのできなくなった涙が、しわの刻まれた頬をゆっくりと伝い落ちていく。
「あなたに全部の苦労を背負わせたくないのよ……。お母さんはもう、お姉ちゃんを失ってるの。これ以上、お母さんを苦しめたいの……?」
その言葉は、ヴィオラのみぞおちを深く抉った。この三年間、泥にまみれ、汗を流し、耐え忍んできたすべての苦労が、自分を産んでくれた母親の目には、無価値な幻のように映っていたかのようだった。
心が痛みに悲鳴を上げる。涙でぐしゃぐしゃに滲んでいく視界の中で、ヴィオラは震える声で言い返した。
「あたしはね……お母さんと、お父さんのためにやってるのよ!毎晩、二人がお腹を空かせているのを見たくない。ご飯を買うために、借金ばかり重ねてほしくないの!だから……だから、あたしはずっと、強いふりをして頑張ってきたんじゃないっ!」
部屋の空気が重く息苦しくなる。目の前で繰り広げられる悲痛な光景に、ケイトはもう耐えられなかった。
ヴィオラがどれほど身を粉にして働いてきたか、誰よりも知っている親友として。彼女は二人の間にある距離を詰め、灰色の髪の少女を力強く抱きしめた。
ケイトの心も嘘をつけなかった。彼女もまた涙を流し、胸を切り裂かれるような同じ痛みを分かち合っていた。
「もういい!……もう、十分だから」
ヴィオラの耳元で震える声で囁き、親友の背中を優しく撫でる。
机を挟んだ向こう側。ウチの隣で、タカヒロは黙ってうつむいていた。太ももの上に置かれた両手は、限界まで強く握りしめられている。
その瞳は、机の下を鋭く睨みつけていた。この家族が抱える過去の根深さを、彼は完全に理解しているわけではないかもしれない。だが、ヴィオラの声に滲む絶望は、彼自身の過去の記憶を容赦なくひっぱたいた。
死に物狂いで捧げた努力が、誰からも評価されないときの、あの胸が張り裂けそうな痛みを……彼は痛いほどよく知っていた。
今夜、これ以上感情の炎が家族の理性を焼き尽くすのを見過ごすわけにはいかない。家長として座っていた父親が、なんとか状況をコントロールしようと口を開いた。
「……君たちは、もう帰りなさい」
場を冷ますため、やんわりと追い出すように、中年の男は重々しいトーンで告げた。
「もうすっかり遅い。これ以上は、ご両親も心配するだろう」
「……帰りませんっ。わたしたち、ヴィオラちゃんを助けるまで、絶対に帰りませんから!」
その拒絶の言葉を放ったのは、ウチだった。最初は小さかったその声は、次第に高くなり、部屋中に響き渡る。
極度の緊張に目を閉じていた彼女だが、今はカッと見開き、ヴィオラの父親に向かって鋭い視線を射貫いていた。
「黙ってなんか、いられません!ここにいる中で、唯一の都会っ子として言わせてもらいますけど……おじさんたちのその馬鹿げた言い分、わたしは絶対に納得できませんっ!」
体つきは一番小柄かもしれない。しかし、今の彼女が放つ度胸は、まるで巨人のようにそびえ立っていた。
「神様がくれた食べ物を無駄にするなんて、あり得ないです!それに、ヴィオラちゃんのこれまでの頑張りを、全然わかってあげてないじゃないですかっ!」
近代都市テロヴィアで暮らしていた頃からずっと胸の内に秘めていた不満……人間によって無駄に捨てられる、まだ食べられる食料の山への憤りが、今ここにきて自然と爆発したのだ。ウチはもはや客としての礼儀や、追い出されるリスクなど気にも留めなかった。彼女の良心が、そう叫ばせていた。
「わたしたちは、助けたくてここに来たんです!迷惑をかけに来たわけじゃありませんっ!」
座ったまま、タカヒロは少し目を見開いてその小柄な少女を見つめていた。胸の奥に、感嘆の念が這い上がってくる。
ウチの叫びは正論だった。残された命の源が腐っていくのをただ見過ごすなど、愚の骨頂だ。
心の奥底に埋もれていた自信の火種が、再び燃え上がった。現代の思考を持つ青年として、タカヒロは顔を上げ、ウチのその覚悟に言葉を重ねた。
「彼女の言う通りだ」
タカヒロはきっぱりと言い切り、ヴィオラの両親を交互に見据えた。
「俺たちは、ヴィオラさんを助けるためにここに来たんだ。チームのリーダーとして、俺が約束する。……あんたたちのために、必ず最高の結果を出してみせる」
隣の青年から飛び出したその言葉を聞いて、ウチはギクシャクと首を向けた。眉間にはシワが寄っている。
(……リーダー?いつの間にこの人、リーダーになったのぉ?)
少女は心の中で少し呆れ返った。
しかし、その疑問はすぐに頭の隅へと追いやられた。タカヒロの独りよがりで偉そうな宣言はともかく、ウチはようやく『協力』というものの火花を感じ取ることができたのだ。未だ緊張の糸が張り詰めるこの部屋の真ん中で、初めて、本物の『チーム』の魂が産声を上げた瞬間だった。




