第21章:絶対の命令
現代のような煌びやかなネオンもなければ、けたたましく鳴り響く車のクラクションもない。ヴェリア村の夜は、完全に大自然に支配されていた。
インクの海のように広がる広大な田んぼは、夜空にぽつんと浮かぶ月が放つ、銀色の光だけが頼りだった。
あぜ道での馬鹿げた騒動が一段落すると、ヴィオラを先頭にした小さな一行は、ようやく目的の田んぼへと辿り着いた。
ヴィオラの足がピタリと止まった。灰色の髪の少女は、あぜ道の縁で石像のように立ち尽くす。
息を呑む音が聞こえた。月明かりの下、彼女の小さな肩が小刻みに震え始める。
その瞳は虚ろで、目の前に広がる残酷な光景をただ映し出していた。夕方、父親と一緒に汗水垂らして植えたばかりの稲の苗が、すべて泥の中に倒れ伏し、枯れ果てているのだ。彼女たちの努力と結晶が、跡形もなく消し去られたかのように。
すぐ後ろに続いていたケイトも、慌てて足を止めた。赤髪の少女は両目を極限まで見開き、半開きになった口を反射的に両手で覆う。言葉を失っていた。
水を吸って青々と立ち並ぶはずだった緑の絨毯は、今や死の土地と化していた。
間もなく、ウチとタカヒロの足音が後ろから追いついてきた。前の二人が悲痛な面持ちで何を見つめているのかを悟った瞬間、ウチも同じように押し黙った。
胸がギュッと締め付けられる。農業の知識がないウチでさえ、生命の源が目の前で無残に散っていくのを見るのは、耐え難いほどの息苦しさを感じさせた。
一方、ウチの右側、約三メートル離れた場所に立つタカヒロは、鋭く目を細めていた。
元いた世界では泥に触れることなど滅多になかったが、彼の脳は瞬時にその被害パターンを分析し始めていた。
黄色く枯れた葉、自立できずに倒れた茎。これは誰かのイタズラでも、突発的な害虫の被害でもない。
これは純粋な植え付けの失敗。いわゆる『活着不良』と呼ばれるものだ。苗が田んぼに移植された直後のショックに耐えきれず、根付かずに枯死してしまう現象である。
ウチの死の右ストレートの余韻で、下腹部が未だにズキズキと、それも先ほどより何倍も激しく痛んでいたが、タカヒロは無理やり足を引きずって前へ進んだ。
ヴィオラの元へと近づく。彼女の左側に並んだとき、わずかに掠れた声が夜風に乗った。
「あの……。」
最初に口からこぼれたのは、そんな頼りない呟きだけだった。ケイトの会話から、この灰色の髪の少女の名前を必死に記憶の底から掘り起こしているのだ。
ヴィオラは横目でチラリと彼を見ただけだった。見知らぬ青年の不器用な挨拶に構う余裕などなく、すぐに視線を前方へと戻してしまう。
「ヴィオラさん。」
タカヒロはついにそう呼びかけた。ケイトを呼び捨てにしてしまった時のように怒らせないよう、慎重に敬称を添えて。
丁寧な呼び出しを受けて、ヴィオラはようやく首を向けた。
「俺、どうして苗が枯れちまったのか、原因がわかったかもしれない」
『原因がわかった』というその言葉は、磁石のようにヴィオラの意識を強烈に引きつけた。瞳に宿っていた悲壮感が、一瞬にして好奇心の光に塗り替えられる。
続きを待つ時間すら惜しむように、ヴィオラは体を右に大きく向け、タカヒロと真正面から向き合った。
「……本当なの?」
確証を求めるような、真剣な眼差しで尋ねる。
「ああ」
タカヒロは短く答えた。股間の痛みを堪えているせいで、声が少し喉の奥で詰まっている。
ヴィオラと見知らぬ青年との間に突如として生まれた空気に、ケイトとウチの視線も釘付けになった。二人は同時に顔を見合わせ、口を固く閉ざし、あぜ道で繰り広げられる緊迫したやり取りを静かに見守ることにした。
ヴィオラには証拠が必要だと悟り、タカヒロは持ち主への正式な許可を取る時間を省いた。
ゆっくりと足を踏み出し、あぜ道から冷たい泥の沼へと直接足を踏み入れる。素早く手を伸ばし、植えられたばかりの枯れた苗を一本、ズボッと引き抜いた。
自分の作物が許可なく乱暴に扱われるのを見て、ヴィオラの僅かな忍耐は一瞬で吹き飛んだ。鋭く目を吊り上げる。
「あんた、何してっ……!?」
ヴィオラの怒鳴り声は空振りに終わった。タカヒロがすでにその枯れた苗を頭より高く持ち上げ、月明かりに照らしていたからだ。そして、落ち着き払った態度で彼女の言葉を遮る。
「君が植えたこの苗は、活着不良を起こしてる。田んぼに移植された直後、環境に適応できずに死んじまったんだ」
言いたいことを証明し終えると、タカヒロは泥から足を抜き、あぜ道に上がって再びヴィオラの正面に立った。
数秒間、重い沈黙が降りた。ヴィオラは眉間に深いシワを寄せ、タカヒロが口にした専門用語を頭の中で分解しようとする。
だが、伝統的な農法しか知らない彼女の脳は、そのような科学的な専門用語には不慣れだった。困惑の表情を隠そうともせず、小首を傾げる。
「……どういう意味?」
困惑したように尋ねる彼女の声は、どこか弱々しく掠れていた。
タカヒロは手に持っていた苗を手放し、足元の土の上にボトッと落とした。そして、混乱するヴィオラに確信に満ちた強い視線を返す。
「簡単に言うと、この苗は根腐れを起こしてるんだよ。植えられた後、土に馴染めずに、成長する前に死んでしまったってことだ。」
少しずつ、ヴィオラの頭の中で絡まっていた糸が解け始めた。その残酷な事実を、ゆっくりと噛み砕いていく。フラフラとした足取りでタカヒロの横を通り過ぎる。
青年に背を向けたまま、彼女は夕方に思い描いていた美しい理想とはかけ離れた自分の田んぼを、苦々しい思いで見つめた。
「……じゃあ、あたしはどうすればいいの?」
その諦めに満ちた問いを聞き、タカヒロは体を反転させた。灰色の髪の少女の華奢な背中を見つめる彼の瞳には、もはや疲労の色はなかった。代わりに、熱意と決意の炎が激しく燃え上がっている。
「明日の朝だ。もう一度、最初から植え直しをするぞ」
口を挟む隙など微塵もない絶対的な議論を目の当たりにし、ケイトは驚愕の表情でタカヒロを見つめていた。その瞳には、純粋な感嘆の光が宿っている。
この見知らぬ青年が、何年も土にまみれてきた地元の農民を遥かに凌ぐ分析力を持っているなんて、一体どういうことだ?さっきまで罵倒していたタカヒロの姿が、ケイトの目には突然、熟練の若き農家のように映り始めていた。
一方、別の場所では、この会話の影響がウチにとって百八十度違った形で現れていた。
都会の喧騒の中で生まれ育った唯一の子供である彼女にとって、『活着不良』『環境への適応』『根腐れ』といった専門用語の連続は、完全にキャパシティを超えていた。頭からぷしゅーっと煙が出そうだ。
(うぅっ、何の話をしてるのか、ぜんぜん分かんないよぉ……っ)
白髪の少女は、もどかしそうに口を尖らせた。
痒くもない頭をぽりぽりと掻き、農業談義のど真ん中で完全に迷子になってしまった自分の三つ編みを、両手でわしゃわしゃと乱すことしかできなかった。




