第20章:誤解
ウチの甲高い悲鳴の余韻が、今もヴェリア村の夜の静寂を切り裂くように空気を震わせていた。
狭いあぜ道の上で、タカヒロは言葉では到底言い表せないほどの凄まじい激痛に、神経の根元まで苛まれていた。
約十メートル先。ヴィオラとケイトの足がピタリと止まった。
その悲鳴が耳を打つと同時に、二人は勢いよく振り返る。薄暗い視界の先、自分たちの後ろをついてきているはずの二人の姿が列から消えていたのだ。
ケイトの保護本能に火がついた。
赤髪の少女は一瞬の躊躇もなく、滑りやすいあぜ道を猛スピードで引き返していく。状況が呑み込めずに立ち尽くすヴィオラをその場に残して。
現場に駆けつけたケイトは、荒い息を吐きながら暗闇に目を凝らした。
そこで彼女が目にしたのは、あぜ道の上でうずくまる白髪の青年と。
そのすぐそばで、顔を両手で覆い隠し、極度の羞恥と混乱で小さくしゃがみ込むウチの姿だった。
ケイトの口から矢継ぎ早の質問が飛び出すよりも早く、彼女の視線はある信じがたい光景を捉えた。
青年のズボンが足首までずり落ち、下半身が一切の布に覆われることなく、無防備に夜風に晒されていたのだ。
瞬間、ケイトの頭に血が上った。
最悪のシナリオが脳裏を駆け巡る。怒りと疑念をごちゃ混ぜにした表情で、彼女は青年を指差した。
「あんたっ……!ウチに何をしたのよ!?なんで……っ」
その怒鳴り声は途切れた。
足元で、タカヒロがピクピクと弱々しく動いたのだ。震える腕を虚空へと伸ばし、完全に意識が手放される前に、ほんのわずかな救いを求めているかのようだった。
ケイトの声を聞いて、ウチはビクッと肩を震わせた。
慌てて立ち上がると、怯えたヒヨコのように赤髪の親友の胸へと飛び込み、ギュッと強く抱きついた。
「ケ、ケイトぉっ!」
震える声で泣きじゃくりながら、ウチの涙が親友の肩を濡らしていく。
「こ、怖かったよぉ……っ」
ケイトは一旦怒りを飲み込み、まずはウチを胸の中で存分に泣かせてやった。
右手をゆっくりと動かし、パニックを鎮めるように白髪の少女の背中を優しく撫でる。
ウチの呼吸が少し落ち着いてきたのを確認すると、ケイトはそっと体を離した。
そして、親友の目を真っ直ぐに見つめる。
「ウチ。一体何があったのか、あたしにちゃんと説明してくれない?」
抑え込んだ声で尋ねながら、彼女は再び足元の青年に鋭い視線を突き刺した。
「なんでこのクソ野郎は、ズボンを履いてないわけ?」
問い詰められ、少しだけ安心感を取り戻したウチは、この致命的な誤解を解くためにようやく口を開いた。
「ぜ、ぜんぶ……わたしのせいなのぉ……。」
か細く、震える声でウチが呟く。
「さっき、足が滑っちゃって……。そしたら、足に何か動物さんが触れた気がして、パニックになっちゃって……。」
「それで……?」
ケイトが短く促す。苛立ちからか、眉間には深いシワが刻まれていた。
「その……わざとじゃないんだけど、彼のおズボン、引っ張って脱がしちゃってぇ……。」
ウチはうつむきながら、後ろの方へ震える指を向けた。そこには未だに急所の激痛に悶え、死にかけのタカヒロが転がっている。
「そ、それで……えっとぉ……。その……大事なところを、パンチしちゃったの……っ。」
最後の言葉を口にした瞬間、ウチの顔は再び熟れたトマトのように真っ赤に染まった。
声のボリュームは極端に小さくなり、夜風にかき消されそうなほどになる。彼女はたまらず両手で顔を覆った。先ほどの悲劇を思い出すことすら、ましてやその恥ずかしさに耐えることなど到底できそうになかった。
泥の上を歩く静かな足音が、その気まずい空気を打ち破った。
「彼女の言う通りだと思うわよ、ケイト」
ヴィオラが淡々と言い放つ。灰色の髪の少女は、いつの間にか二人のそばに立ち、冷静に状況を観察していたのだ。
「あなたの親友のあの顔を見る限り、百億パーセントの確率で悪意のない完全な事故よ」
「どういう意味よ、ヴィオラ?」
ケイトはきょとんとして尋ねた。近づいてくる親友の方へと体を向ける。
ケイトの目の前に立ったヴィオラは、言葉では答えなかった。
彼女の右手がスッと空高く上がり、見事な手刀の構えをとる。そして次の瞬間、容赦なくケイトの脳天へと振り下ろされた。
ゴンッ!!
避ける間もなく、ケイトはその一撃をモロに食らった。
痛みに顔をしかめ、反射的にズキズキと痛む頭を両手で押さえる。
「あんたって、たまに頭が切れる時もあるけど、基本的にはおバカよね」
ヴィオラはあっけらかんと言った。彼女の視線はすでにケイトから外れ、ウチの足元へと落ちている。
そこでは、哀れな青年がゆっくりと顔を上げていた。墓場から這い出たばかりの死体のように、顔面が真っ青だ。震える手は未だに伸ばされたままで、無言の救難信号を発している。
「わざとじゃない事故と、意図的な犯行の区別もつかないなんて」
ヴィオラは呆れたように続け、タカヒロへ哀れみの目を向けた。
「考える前に、頭ごなしに人を裁くことしかできないんだから」
不満げに唇を尖らせるケイトを無視して、ヴィオラは二人の間を通り抜けた。
タカヒロの前に立つと、少し身をかがめて手を差し伸べ、彼が立ち上がれるように腕を引っ張り上げる。
すでに思考が完全に停止しており、それが誰の手かも分かっていなかったタカヒロは、筋肉に刻み込まれた本能のまま、その力に引かれてなんとか立ち上がった。
股間をかばうために酷い前傾姿勢ではあったが、青年がようやく立ち上がると。
ヴィオラは自分の顔を彼と同じ高さまで下げて、優しく尋ねた。
「具合はどう?少しは良くなった?」
タカヒロは答えることができなかった。
ヴィオラの穏やかな顔をチラリと一瞥しただけで、その疲れ切った視線は再びあぜ道へと落ちる。意識を保つだけで、残された気力をすべて使い果たしていたのだ。
彼が黙っているのはまだ痛みが引いていないからだと察し、ヴィオラは再び口を開いた。
「もし、あんたが——」
その言葉は途切れた。
突如として、タカヒロが胸の高さまで手のひらを向けたかと思うと、それをゆっくりと、激しく震えるサムズアップに変えたのだ。
それは、自分は大丈夫であり、まだ旅を続けられると主張する無言のサインだった。一体どこにそんな力が残っていたのかは謎だが。
青年からのゴーサインを受け取ると、ヴィオラはスッと姿勢を正し、再び先頭を歩き出して指揮を執り始めた。
一方、ヴィオラの強烈な一撃からようやく立ち直ったケイトは、親友と青年を交互にキョロキョロと見比べることしかできなかった。
自分がいったい何を見落としていたのか、彼女の脳はまだ完全に理解しきれていない。
だが一つだけ確かなのは、この勘違いによる騒動はどうやら終わったらしいということだ。
ヴェリア村の暗い夜雲の下で、四人は再び風を切って歩き出した。
あの短くも理不尽なドラマのせいで遅延してしまった当初の目的を果たすため、彼らは連れ立って田んぼのあぜ道を突き進んでいく。




