第19章:そして、再び
夜風がヴェリア村の静寂を切り裂くように吹き抜け、普段であれば疲れを癒やす眠りへと誘う涼しさを運んでくる。だが、その心地よさはどこか虚ろなものだった。
夜空にはどす黒い雲が停滞しているだけで、数ヶ月間も干からびたままの地面には、一滴の雨すら落ちてこない。
ジョーの家から約十五キロメートル。四人の若者たちの足音は、ヴィオラが目指す目的地へと着実に近づいていた。細く滑りやすい田んぼのあぜ道だけが唯一のルートであり、彼らは一列になって慎重に歩みを進めるしかなかった。
ウチにとって、この足場は悪夢以外の何物でもなかった。彼女の小さな足は何度も滑り、その度に湿った土の上に尻餅をついてしまう。
それでも、彼女は文句一つ言わなかった。むしろ、服についた泥を払いながら小さく笑みを浮かべ、暗闇に包まれた田んぼを歩くという初めての体験を密かに楽しんですらいた。
「ケ、ケイトちゃん、待ってぇ」
ウチは声を上げた。
慌てて後を追おうとしたその時。ウチの右足が、均されたばかりの泥沼に深く沈み込んだ。あっ、と思った時にはすでに遅く、彼女は完全にバランスを崩していた。
最後尾を走っていたタカヒロは、へたり込んだウチの目の前で急停止を余儀なくされた。
手を差し伸べようとしたが、全身の傷跡に突如として鋭い痛みが走り、腹を押さえて顔をしかめることしかできない。
タカヒロが自分のすぐ目の前にいることに気づき、ウチは咄嗟に顔を深くうつむかせた。自分と同じ色の髪を持つこの青年の顔を、盗み見ることすらできない。夕食の席で一度は収まっていたはずの羞恥心が、再び胸の内で爆発していた。
ウチは勇気を振り絞った。顔を伏せたまま、泥の中に埋まっている右足の方へと視線をチラリと向ける。まさにその瞬間。何か冷たくてヌルッとしたものが、足の肌に触れるのを感じた。
身の毛もよだつような気色悪さが、一瞬にして全身を駆け巡る。パニックが脳を支配した。ウチは何も考えられなくなり、体勢を立て直すため、そして足元の不気味な感触から逃れるために、すがりつける何かを探して前へと手を伸ばした。
極限の恐怖に駆られたその手は、あまりにも荒々しい動きでタカヒロのズボンの生地をガシッと掴み、そのまま全開の力で下へと引きずり下ろしてしまった。
ウチは足元を這う得体の知れない生き物が早く消えてくれることを祈りながら、悲鳴を上げた。
一方、タカヒロにとっては、世界から音が消え去ったかのような瞬間だった。ズボンが足首までずり落ち、本来なら野外で絶対に晒されるべきではない光景があらわになった途端、冷たいはずの夜風が異常に熱く感じられる。うつむいたままのウチの頭は、タカヒロの最も敏感な部分の、まさに目の前に位置していたのだ。
(くそっ、今だけはやめてくれ。さっきのベリンダさんの時みたいに勃つなよ)
タカヒロは心の中で必死に祈り、自分の身体に鎮まれと懇願した。
だが、その切実な願いは一瞬にして打ち砕かれる。ホルモンと身体のオスとしての本能が、理性をあっさりと裏切ったのだ。薄暗い月明かりの下、彼の下半身は反応し、まるで戦場へと突撃する準備を整えた戦国時代の猛将のごとく、雄々しく屹立してしまったのである。
同じ頃、ウチは足元の異変だけでなく、自分の額にも奇妙な感覚を覚えていた。生温かく、ドクドクと脈打つ何かが、額の肌に優しく触れているのだ。奇妙な感触だった。柔らかいのに中身が詰まっていて、骨の硬さは感じられない。
(な、なんだろうこれ?カエルさん?それともウナギさん?)
ウチは頭の中で田んぼにいる生き物の名前を順番に思い浮かべてみるが、額に感じるその質感と一致するものは一つもなかった。
恐怖と気持ち悪さよりも、ついに好奇心が勝ってしまった。ズボンの端を握りしめていたウチの右指が、ゆっくりと上へと這い上がり始める。彼女は、それを直接触って確かめることにしたのだ。
ウチの小さな手が近づいてくるのを見て、タカヒロは息を呑んだ。止めようとしたが、急に舌が麻痺したように言葉が出てこない。
思考が完全に停止する。もしここで声をかけたら、彼女は確実にこれを見てしまう。だが、このまま放置すれば、事態はさらに取り返しのつかない方向へと転がっていく。彼はただ、迫り来る運命に身を委ねることしかできなかった。
ウチの指先が、少しだけ生えた毛の感触を捉える。脳がその情報を処理しきれない。彼女の指は、まるで探求者のように慎重に、そして丹念に探索を続けた。
小指の先が、パンパンに張り詰めた先端部分に触れた瞬間。ウチの脳裏に、ある一つの可能性がよぎり始めた。しかし、すでに彼女の心を侵食し尽くしていた好奇心は、他の指にも行動を起こすよう命令を下す。
ウチの人差し指が、硬く反り立ったその幹を根本までなぞり下ろす。そして小指が再び上へと舞い戻り、ちょうど真ん中のあたりで止まった。指先だけの感触では物足りなくなったのか、ウチは小指で触れるのをやめ、今度はその謎の物体を手のひら全体でガシッと包み込むように握りしめた。
(弾力があって、パンパンで、硬いのに骨がないっ。しかも、上下にビクンビクンって脈打ってる。ま、間違いない、これって絶対にっ)
ウチの心の中で激しい葛藤が巻き起こる。彼女の想像力は、一つの恐ろしい光景を描き出していた。
事態を隠し通すのはもはや不可能だと悟り、タカヒロはついに、ひどく震える声で口を開いた。
「ご、ごめん」
ウチはゆっくりと顔を上げ、閉じていた目を少しずつ開いた。視界のピントが合った瞬間。彼女が絶対に、死んでも見たくなかったおぞましい物体が、鼻の先わずか数センチのところに堂々と鎮座していた。
「きゃあぁぁぁっ!」
けたたましい悲鳴が夜の闇を切り裂いた。極限のパニックと爆発的な羞恥心の中、ウチの自己防衛本能が完全に暴走する。放たれた渾身の右ストレートは、見事な軌道を描き、タカヒロの股間にある二つの球体の真下へと正確に、そして無慈悲にクリーンヒットした。
タカヒロの視界が、真っ暗に染まった。
「ぐっふぇ」
悲鳴すら喉の奥で詰まった。被弾のへそから全身の神経へと、言語を絶する激痛が駆け巡る。内臓を素手で力任せに握り潰されたかのような、経験したことのない衝撃だった。
タカヒロの体は「く」の字に折れ曲がった。両手で股間を必死に押さえながら、ガクガクと激しく痙攣する。どうにかしてこの痛みを散らそうとするが、そんなことは絶対に不可能だ。
そしてついに、肉体の限界が訪れた。顔を真っ青に染め上げたタカヒロは、あぜ道の真ん中で膝から崩れ落ち、静かに地に伏した。




