第17章:白髪の少女
少し広々と感じられるようになった居間で、ケイトは夕食の最後の一口を口に運んでいた。
ベリンダの温かい手料理が、夕方からずっと空っぽだったお腹をすっかり満たしてくれる。
一方、家の外では、夜風が肌を刺すように冷たくなり始めていた。
先に食事を終えたタカヒロは、一人ぽつんと座っている。顔を上げ、ヴェリア村の暗い夜空をじっと見つめていた。自分がどうしてこんな見知らぬ場所に漂着したのか、記憶の欠片を繋ぎ合わせようと思考を巡らせている。
彼は、誰かの気配に全く気づいていなかった。
長く白い髪を両サイドで綺麗なおさげに結んだ少女が、彼の座る場所から少し離れたところに立っていたのだ。
その小さな唇が言葉を紡ぐ前に、少女の頬はみるみるうちに真っ赤に染まった。
顔を深くうつむかせ、お腹の前で両手の指を絡ませながら、服の裾をくしゃくしゃになるまで強く握りしめている。
「えっとぉ……。」
震える声で小さく呟く。
タカヒロは全く動じない。
「あ、あの……すみません……。ちょっと、聞いても……いい、ですか?」
少女はたどたどしく続けるが、その声はあまりにも小さく、夜風の音にかき消されてしまった。
少女はゆっくりと顔を上げる。そして、短く息を吸い込むと。
「あのっ!」
甲高い声が響いた。彼女は再び勢いよく顔を伏せ、両目をギュッと固く閉じた。
ビクッとタカヒロの肩が跳ねる。
慌てて声のした方へ首を向け、薄暗い中で視界のピントを合わせるように何度も瞬きをした。予想外なことに、そこには全く見ず知らずの小柄な少女が立っていた。
「ど、どうかしたのか?」
彼は戸惑いながら尋ねた。
その声を聞いて、少女はハッと顔を上げた。下唇をギュッと強く噛み締める。
「わ、わたしっ……ウチ・チャンって言います。ケイトの、親友で……。あ、あの子は中にいますか!?」
タカヒロは椅子から立ち上がった。
そして、足元から白髪の頭のてっぺんまで、目の前の少女の姿をジロジロと見分するように目で追った。
ウチはビクッと体を震わせた。一歩後ずさりし、両腕を交差させて胸元を隠す。
「へ、へんたいっ!」
タカヒロは口を半開きにして固まった。
瞬時に顔がカァッと熱くなり、慌てて視線を別の方向へと逸らす。
その時、ウチの甲高い悲鳴はボロ屋の壁を通り抜けていた。
空になった皿を置いたばかりのケイトは、眉をひそめる。そのまま玄関へと歩き出した。
入り口の敷居に立つと、暗い庭先を見透かすように目を細める。
昨日助けたあの青年が、一人の少女と向かい合って立っているのが見えた。
タカヒロは気まずそうに横目でウチを見た後、家の方からの動きを捉えた。ドアのところに、赤髪の少女が立っている。間違いなくケイトだ。
タカヒロは、ジョーの長女に向かって声をかけた。
「おい、ケイト……。誰かあんたを探してるぞ。名前は、えっと……?」
言葉を濁し、タカヒロは白髪の少女の方をチラリと見た。
「……ウチ、です」
少女が小さな声で答える。タカヒロは再びドアの方に視線を戻した。
「ウチって名前らしいぞ」
ケイトの眉がピクッと吊り上がった。
(……あの野郎、なんであんな馴れ馴れしいのよ!)
心の中で毒づきながら、彼女は足音を荒立ててタカヒロとウチの元へ歩み寄る。
タカヒロの横を通り過ぎるまさにその瞬間。ケイトはゆっくりと顔を向けた。目を細め、ナイフのように鋭い殺気を帯びた視線を彼に突き刺す。
タカヒロは全身の産毛が逆立つような感覚に襲われた。体がカチコチに強張る。
(……ヤバい、目がマジで怖すぎるっ!)
心の中で悲鳴を上げる。彼はその場に凍りついた。肩を落として体を小さく縮こまらせ、そっと視線を逸らす。
「やっほー、ケイト。久しぶりだねっ」
ウチが挨拶をした。その声のトーンは、嘘のように落ち着いていて普通だった。
ケイトは満面の笑みで応えた。右手を胸の高さまで上げ、嬉しそうに指をヒラヒラと振る。
「誰と一緒に来たの?」
ケイトが尋ねる。
「一人だよ。パパとママはまだ忙しいみたいで、一緒に帰ってこれなかったの。あ、そうだ。おじさんとおばさんは元気?体の具合はどう?」
ウチはニコニコしながら答えた。
「うん、二人ともすっごく元気だよ」
固まったままの姿勢で、タカヒロは密かに横目で二人を観察していた。激しい違和感を覚える。
(……なんで俺と話すときはあんなにガチガチだったのに、ケイトが相手だとあんなにスラスラ喋れるんだ?)
「立ち話もなんだし、中に入らない?外は冷えるし、長旅の後に風邪ひいちゃったら大変だからさ」
ケイトが提案した。
「え、でも……迷惑じゃ……。」
ぐきゅるるるぅぅっ!
ウチのお腹の中から鳴り響いた豪快な音が、少女の言葉を強制的に遮った。
ケイトは黙り込んだ。視線をゆっくりと下げ、親友のお腹のあたりをじっと見つめる。そして、口元にニヤニヤとした意地悪な笑みを浮かべた。
「あーらら……。誰かさん、お腹ペコペコみたいだねぇ!」
ケイトはからかうように言った。少し前かがみになってウチのお腹に顔を近づけ、両手の指を耳の高さでヒラヒラと踊らせる。
ウチの顔は一瞬にして茹でダコのように真っ赤になった。
「ケ、ケイトぉ……やめてよぉ!」
ケイトはアハハと声を上げて笑った。二人の親友はついに振り返り、腕を組みながら仲良く家の中へと入っていく。
冷たい土の庭に、タカヒロは一人取り残された。
ゆっくりと閉ざされていく木製のドアを、ぼんやりと見つめる。家の中から漏れ聞こえる、ケイトとウチの楽しげな笑い声は、とても賑やかだった。
タカヒロは深く、長いため息をついた。
痛いほど実感する。元の世界に帰って、友達と一緒にバカなことで笑い合いたい。だが現実は、右も左も分からないこの見知らぬ世界に、ただ一人閉じ込められているだけなのだ。




