第13章:大物
ヴェリア村の喧騒から二十キロ離れた場所。そこには、難攻不落の緑の要塞のようにカリエフの森が広がっていた。ここでは、まだ大自然が絶対的な支配権を握っている。
無惨な森林伐採の痕跡もなく、呼吸を毒するような真っ黒な工場の煙も存在しない。森の空気はどこまでも澄み切っており、湿った土と瑞々しい若葉の香りを運んできた。
夕暮れ時。青々と茂る草原が、枝葉を撫でる夕風のタクトに合わせて、同じリズムで揺れている。
オレンジ色から赤へと染まりゆく夕日を浴びながら、ジョーは大きな岩の陰に身を潜めていた。その顔には、カモフラージュのための濃茶色の泥がべっとりと塗られている。
鋭い眼光は瞬き一つせず、獲物がほんのわずかな隙を見せる瞬間を待ち構えていた。この静寂の中で刻まれる一秒一秒が、彼にとっては価値のある投資なのだ。
背中に背負った革袋の中には、すでに数羽のウサギや野鳥、鳩が命を落として転がっている。日常の食卓を賄うには十分な獲物だ。だが、今日の彼のメインターゲットはこれではない。
数メートル先の開けた場所で、一頭の雌鹿が頭を下げ、豊かな緑の草を静かに食んでいた。岩の陰から死神の目が自分を狙っていることなど、鹿は微塵も気がついていない。
ジョーの右手は、即席で作った木製の吹き矢をすでにしっかりと握りしめていた。セットされた小さな矢の先には、数秒で神経を麻痺させる猛毒がたっぷりと塗られている。
「よし、今夜は腹いっぱい美味い肉が食えるぞ!」
葉の擦れる音に掻き消されそうなほど、極めて小さな声で呟く。
「ケイト……パパがこの鹿を仕留められるように、祈っててくれ」
泥にまみれた顔の奥で、薄い笑みがこぼれる。食卓に並んだ新鮮な鹿肉を見て、目を輝かせる娘の姿が目に浮かんだ。ケイトはずっと美味しい鹿肉を食べたがっていたが、ジョーは今まで一度もその願いを叶えてやれなかったのだ。
今日こそ、その待ちわびた日々に終止符を打つ。この鹿を仕留めれば、ケイトはきっと感動し、誇らしげに自分に抱きついてくれるはずだ。
そんな幸せな光景が脳裏で踊り続けていた。だが、彼の集中力が頂点に達したその時。風に乗ってやってきた小さな災難が、すべてを台無しにした。
どこからか飛んできた綿毛が、あろうことかジョーの鼻の穴にピンポイントで入り込んだのだ。強烈な痒みが一瞬にして鼻の粘膜を襲う。耐えることなど、到底不可能だった。
「へっくしょん!」
森の静寂を切り裂く、特大のくしゃみ。雌鹿はビクッと体を震わせ、一瞬だけ耳をピンと立てたかと思うと、次の瞬間には深い茂みの中へと猛スピードで逃げ去ってしまった。
高価な獲物が瞬く間に消え去るのを見て、ジョーはただ黙って諦めるわけにはいかなかった。岩の陰から飛び出し、遠ざかる茶色い影を追って全速力で駆け出す。
「てめぇ、待て! このクソ鹿が!」
悔しさと自分自身への情けなさで顔を真っ赤にしながら、彼は大声を張り上げた。
必死に足を動かしながら、ジョーは走りながら吹き矢を口に当て、動く標的を狙おうとした。
一回、二回……そして八回。ありったけの肺活量で矢を吹き放つ。だが、放たれた矢はすべて的外れに終わり、木の幹に突き刺さるか、葉の海に消えていくだけだった。
恐怖に駆られた野生の鹿の俊敏さに、人間の走るスピードが敵うはずもない。ジョーが完全に獲物を見失うまでに、さほど時間はかからなかった。
肺が焼けるように熱い。激しい息切れとともに、彼は足を止めた。こめかみから滝のように汗が流れ落ち、顔の泥を溶かしながら顎へと滴り落ちていく。
ケイトと囲むはずだった温かくて幸せな夕食の光景が、まるで煮えたぎる溶岩に飲み込まれたかのように、跡形もなく消え去ってしまった。
力の入らなくなった両足が、ついに体の重みを支えきれなくなる。ジョーは地面に崩れ落ちた。鹿が消えた方向へ向けて、両膝をついてへたり込む。
彼の虚ろな瞳は、自分を嘲笑うかのように揺れる青草を見つめていた。手元に残された矢は、あとたったの二本。辺りはすでに薄暗くなり始めており、別の鹿を見つける希望はほぼ完全に絶たれていた。
「ケイト、ごめんな……。父さん……。」
絶望の言葉を言い終わる前に。ジョーの鋭い聴覚が、右側から聞こえる見慣れない音を捉えた。
ガサガサ……ッ。
その瞬間、残っていた疲労が一瞬にして吹き飛んだ。悲しみは、冷たい警戒心へと姿を変える。ジョーはその音の正体を熟知していた。動物の毛並みが深い草に擦れながら、こちらへ向かって移動してくる音だ。
二度と同じ愚行は繰り返さない。ジョーは素早く体を地面に投げ出し、茂みの間に這いつくばった。木の吹き矢が、再び唇にピタリと密着する。猟師としての本能が、再び激しく燃え上がった。
その動物が植物の陰から姿を現し、距離が五メートルほどに縮まった時。ジョーは貴重な一秒すら無駄にはしなかった。残された二本の矢を、驚異的な精度で同時に吹き放つ。
息を吹く音に気づいて動物は一瞬ビクッと体をすくませたが、すでに遅かった。
二本の矢は見事に命中した。一本は背中に、もう一本は額のど真ん中に。矢尻に塗られた毒は瞬く間に効果を発揮し、中枢神経を完全に麻痺させる。その動物は苦痛を感じる暇さえなく、ドサリと倒れ込んで息絶えた。
「よっしゃ!」
固く食いしばった歯の隙間から、勝利の歓喜が漏れ出した。ジョーは力強く拳を握りしめ、満足感に満ちた表情で力一杯後ろへ振り下ろす。空になった吹き矢を、無造作に横へ放り投げた。
「ついに……望み通りの大物を仕留めてやったぞ!」




