第12章:恥ずかしすぎる結末を迎えた質問
時間を測る時計の針の音はない。通りを引き裂くようなエンジンの駆動音も、耳障りなクラクションの音も存在しない。
このヴェリア村において、時の流れを知らせてくれるのは、土埃を運ぶ風の息吹と、外を行き交う村人たちの微かな足音だけだ。
過ぎゆく時間は、レールを走る列車のように早い。気がつけば、太陽は頭上高くへと移動し、正午の訪れを告げていた。
居間では、タカヒロが未だ無力に倒れ伏していた。もはや自身の体を思い通りに動かすことはできない。先ほど立ち上がるために振り絞ったなけなしの体力は、最後の一滴まで完全に枯渇してしまった。
今の彼は、古く冷たいコンクリートの床の上で、泥のように眠りに落ちている。
一方その頃。静寂に包まれた仕切りの奥、寝室では。
ベリンダはあの恥ずかしすぎるハプニング以来、ずっと部屋に引きこもっていた。ベッドの端に腰掛け、服の裾をギュッと強く握りしめている。
(……忘れなきゃ、忘れなきゃ……!)
見知らぬ青年の手が、自分の胸を揉みしだいたあの感触。その記憶を頭から追い出そうと、彼女は何度も何度も首を横に振った。だが、その努力は無に帰す。
未知の熱情が、すでに心の奥底へと入り込んでしまっていた。青年の指が不意にあの敏感な場所を優しく刺激した瞬間、心地よさと、背徳的な快感、そして自尊心を揺さぶるような不思議な感覚が混ざり合っていたのだ。
そんな反応を示してしまった自分の体に気づき、ベリンダの顔は羞恥でさらに真っ赤に染まっていく。
狂いそうな思考を振り払うように立ち上がり、彼女は古びたカーテンの隙間からそっと外を覗き込んだ。
その視線が青年の姿を捉えた瞬間、心臓がヒュッと縮み上がった。タカヒロは先ほどと同じ場所で、死体のように青白い顔をしてピクリとも動かずに倒れていたからだ。
強烈な罪悪感が、ベリンダの意識をビンタした。完全に自分のせいだ。突き飛ばす力が強すぎたせいで、ただでさえボロボロだった青年の体を再びダウンさせてしまったのだ。
いやらしい妄想は一瞬にして跡形もなく吹き飛んだ。急いでカーテンを開け、タカヒロの元へと小走りで駆け寄る。その場に膝をつき、パニックになりながら青年の頬をペチペチと優しく叩いた。
反応はない。タカヒロは未だ意識を失ったままだ。
焦燥感に駆られながら、ベリンダの青みがかった瞳が部屋の隅々をせわしなく見渡す。彼を意識づかせるために使えるものはないか。
何もない。ドアの近くの隅に立てかけられた壊れたヤシの葉の箒と、机の上にぽつんと置かれた樹脂ランプが見えるだけだ。
奇跡を待ってただ黙っているわけにはいかない。立ち上がったベリンダが家の外に視線を向けた時、一つのアイデアが閃いた。
クルリと身を翻し、台所へ向かって走り出す。ココナッツの殻でできた柄杓を素早く手に取ると、なみなみと水を汲み、大急ぎで居間へと戻ってきた。
一秒たりとも無駄にはできない。ベリンダは水を少しすくい取ると、タカヒロの顔に向かってパシャッと水をかけた。まるで患者に治癒魔法を唱える凄腕の治療師のように。
一回、二回、そして十回。青白い顔に冷たい水滴が何度も浴びせられる。彼女の諦めない努力は、ついに実を結んだ。
タカヒロのまぶたが微かに震え、やがてゆっくりと開かれた。まつ毛に付着した水滴のせいで、視界はまだぼやけている。
「雨……?」
乾ききった唇から、そんな言葉がこぼれ落ちた。
顔に当たる水の感触が、タカヒロの脳裏に過去の記憶の欠片をフラッシュバックさせる。現実世界で、お気に入りの部屋で爆睡していたせいで、母親に顔へ水をぶっかけられた時の記憶だ。
反射的に、タカヒロは左側へと顔を向けた。そこには、両膝をぴたりと揃えて正座するベリンダの姿があった。
「おばさん、教えてくれ……。ここは、一体どこなんだ?」
困惑に満ちたその質問に答える前に、ベリンダは右手に持っていた柄杓をそっと床に置いた。そして、彼を安心させるように、できる限り優しい声色を作って答える。
「ここはね、ヴェリア村よ」
「ヴェリア村……!?」
タカヒロは思わず呟いた。
額に深いシワが刻まれる。この見知らぬ村がマップのどの辺りにあるのか、脳をフル回転させて情報を検索し、処理しようとする。
目の前の青年がますます迷子のような顔になったのを見て、ベリンダは返事を待たずに説明を続けた。
「そう、ヴェリア村」
彼女は優しく繰り返す。
「この村はね、テロヴィアの町の東の端っこにあって、ネット村とナイバホ村の隣にあるのよ」
その言葉を聞き終えた瞬間。タカヒロの頭の中で、パズルのピースが爆発的な勢いで組み合わさった。
テロヴィア。
その名前なら、嫌というほど知っている。
薄緑色の瞳が、これ以上ないほど見開かれた。信じられないほどの衝撃が胸を叩く。
(……ありえない。俺は本当に、ずっとプレイしてたゲームの世界に吸い込まれたっていうのか?)
常識がそれを否定しようとする。
(こんなの、漫画の中だけの話だろ。現実になるわけがない)
心の中で必死に否定する。しかし、心のどこかでは、隣にいるこの女性の言葉が嘘であってほしくないと、強く願っている自分がいた。
その名前の歴史を、彼は熟知していた。テロヴィアはお気に入りのゲームのロアにおいて、最大かつ最も繁栄している町だ。
農民たちにとってのユートピア。汚職、脱税、癒着、身内贔屓、違法な賄賂、さらには土地マフィアさえも存在せず、ただ公正に統治されている理想の町。
限界を迎えていた現実世界のクソみたいな生活から逃げ出し、あの仮想の町で永遠に暮らしたいと、かつて何度も妄想していた。
もし、このすべてが現実なのだとしたら。神様は今、彼の絶望からの祈りを叶えてくれたことになる。
「もしかして、前にここへ来たことがあるの?」
不意に投げかけられたベリンダの質問が、テロヴィアに関するタカヒロの美しい空想を打ち砕いた。青年は瞬きをして、現実へと引き戻される。
「だって、あなた見ない顔だし。それに……。」
ベリンダは言葉を濁した。娘のケイトが、この青年を森の中で異常な状態で発見した時の話を思い出したからだ。
ベリンダの瞳が、タカヒロの体を足先から胸元までジッと見つめる。彼女の態度は真剣そのものへと変わった。左手を胸の下に当て、右手で顎に触れながら、探るように親指と人差し指で顎を擦っている。
タカヒロはただ息を呑んで黙り込むしかない。まるで金属探知機にかけられる不審な荷物のように、彼女のスキャンを受け入れていた。
「あなたの体にある傷、野生動物に噛まれたり引っ掻かれたりしたようなものには見えないのよね」
ベリンダは自身の分析を口にした。
好奇心からか、彼女は身を乗り出し、少し前かがみになった。タカヒロの腹部に巻かれた包帯の奥、滲み出る傷の細部を間近で見ようとしたのだ。
しかし、その前かがみの姿勢こそが、新たな災難の始まりだった。
ベリンダの体が前に傾いた瞬間、下から見上げる形になっていたタカヒロの視界に、先ほど見覚えのあるシルエットが偶然にも飛び込んできた。
彼女の胸元だ。服の下には明らかに何も着けていないソレが、重力に従ってふわりと揺れ動いている。
(……ゼリーみたいな、あの柔らかさ……っ!)
ほんの少し前に自分で握りしめた『あの感触』の記憶が、一瞬にして脳内を駆け巡った。カァッと、熱い血がタカヒロの顔へと一気に昇っていく。
頬を真っ赤に染め上げながら、青年は慌てて反対側へと顔を背けた。頼むから、今の視線に気づかないでくれと心の中で必死に祈る。
だが、非情にもその願いは一瞬にして打ち砕かれた。
タカヒロの顔が赤くなり、あからさまに挙動不審になったのを、ベリンダの視界の端がしっかりと捉えていたのだ。
自分の愚行に気づくまでに、二秒とかからなかった。
自身の無防備な体勢と、青年の視線の先。その事実を脳が処理した瞬間、彼女はビクッと体を後ろに引かせ、両手で自分の胸元を隠すようにギュッと抱きしめた。
部屋は再び、絶対的な静寂に包まれた。
タカヒロもベリンダも口を閉ざしたまま、先ほどよりも何倍も気まずい空気に苛まれていた。
しかし今回ばかりは、彼が見てしまったことを責めることはできない。
心の底ではわかっているのだ。不注意にも下着を身に着けるのを忘れていた、完全に自分自身の落ち度なのだから。




