第10章:親友の意味
狭い溝の隙間を這う水流のように、どんな障害があろうとも必死に出口を求めて押し流されていく。今のケイトの心境は、まさにそんな状態だった。
彼女は逃げ道を求めていた。息をつくための空間が必要だった。正気を保つためには、完全な静寂だけが頼りだったのだ。
母親が致命的な病を隠していたという事実は、赤髪の少女の心の壁をいとも簡単に打ち砕いた。
最悪のシナリオばかりが次々と頭をよぎり、まだ起きてもいない恐ろしい未来を想像しては、ただただ絶望に打ちひしがれることしかできなかった。
大きなオークの木の木漏れ日の下。何か問題が起きるたびに逃げ込む、彼女だけの秘密の隠れ家で、ケイトは小さくうずくまっていた。
両腕で膝を強く抱え込み、胸にピタリと押し当てている。
うつろな視線は、自分が着ているミツバチ柄の白いパジャマへと力なく落ちていた。その生地は今や、目から絶え間なくこぼれ落ちる涙を受け止め、いくつもの濡れたシミを作っている。
もし今朝がいつも通りの朝だったなら。
今頃はもう牧場に着いていて、テロヴィアの街に送る新鮮な卵を仕分けして集めているはずだった。だが、そんな日常のルーティンも、今は全く意味を持たなくなってしまった。
押し殺した嗚咽の合間に、彼女の記憶は過去へと飛んだ。
湿った土の匂いと、弾けるような笑い声が蘇ってくる。
焼け付くような日差しの中、耕されたばかりの畑の真ん中で、母親と泥んこ遊びをしたあの楽しい時間。
その時の屈託のない笑い声は、ジョーの叫び声によって遮られた。
畦道の向こうから父親が満面の笑みで現れ、二人の名前を呼びながら、頭上で新鮮な獲物の肉のような大きな包みを振り回していたのだ。
しかし、記憶の中で若き日のジョーが二人を抱きしめる前に。
聞き慣れた少女の声が、ケイトを現実世界へと引き戻した。
「やっぱり、ここにいたんだね」
数歩離れた場所に、ポニーテールに結んだ髪の少女が立っていた。
後ろで束ねられた漆黒の髪は、毛先に向かって鮮やかな赤へとグラデーションを描き、鋭いコントラストを生み出している。ヴェリア村の朝空にも負けないほど澄み切った青い瞳が、ケイトをじっと見つめていた。
彼女の立ち姿は静かだが、どこか凛としていた。
胸の前で両腕をしっかりと組んでいる。右足に体重を乗せ、左足は少し曲げて、靴のつま先を斜め前に向けていた。リラックスしているように見えて、その表情はケイトから一切の焦点を逸らしていない。
「シンティアラ……。」
ケイトは一瞬言葉を失った。親友の名前を呼ぶ唇が震えている。
涙で腫れ上がり、潤んだ瞳で彼女を見つめた瞬間、ケイトの心の防波堤は完全に決壊した。
よろけながら立ち上がり、そのままシンティアラの胸に飛び込んで、その体を力いっぱい抱きしめた。
その温かい抱擁の中で、ケイトの涙腺は再び崩壊した。
全ての絶望を吐き出すかのように、息を詰まらせ、肩を激しく震わせて泣きじゃくる。親友の背中の服は、みるみるうちに涙で濡れていった。
腕を組んでいたシンティアラの姿勢が、ゆっくりとほどけた。
しばらくの間、両腕を体の横にだらりと垂らし、ケイトの悲しみを自分の中で消化するかのように真っ直ぐ前を見つめていた。やがて彼女は顔を伏せ、ケイトの肩に顎を乗せると、負けないくらいの強い力で抱きしめ返した。
シンティアラは、安心させるような一定のリズムでケイトの背中を優しく撫で続けた。
親友が抱えるすべてを吐き出し切るまで、一切口を挟むことなく、ただ黙って受け止める。
彼女の頭の中には、慰めの言葉がいくつも用意されていた。だが、それを口に出すことはしなかった。
今は、沈黙こそが最良の薬であることを知っていたからだ。
数分が過ぎ、ケイトの肩の震えが少し収まってきた頃合いを見て、シンティアラは少しだけ距離を取った。
慎重に体を離す。
そして、彼女の元気を取り戻そうと、ケイトの青白い頬に残る涙の跡を、親指で優しく拭い去った。
だが、シンティアラが口を開くより先に、ケイトが言葉を絞り出した。
「シンティアラ……。」
その掠れた声には、まだ深い悲しみの震えが色濃く残っていた。
「全部、おじさんから聞いたよ」
シンティアラが素早く言葉を遮った。
彼女の手は、濡れた顔に張り付いたケイトの赤い髪をそっと避け、耳の後ろへと撫でつけた。
「受け入れるのは辛いと思う。でも、強くならなきゃダメ。弱音を吐いてる場合じゃないよ!」
彼女は強い口調で続けた。
「ケイトは、ご両親にとっての唯一の希望なんだから。あなたが諦めたら、それはご両親を殺すのと同じことだよ」
ケイトは、その厳しい言葉の連なりを真っ直ぐに胸に受け止めた。
そこには反抗も、言い訳もなかった。
「誰だってどん底に落ちることはある。でも、それで全てが終わるわけじゃない。ケイトなら絶対に乗り越えられるって、私は信じてる。あなたは強い子だから!」
ケイトの体がビクッと震えた。
泣き腫らした目が、ゆっくりと見開かれる。
不思議なことに、親友のその真っ直ぐで力強い言葉は、まるで劇薬のように効き目を発揮した。瞳を覆っていた悲しみの霧が少しずつ晴れ、消えかけていた自信の火種が再び赤々と燃え上がり始めたのだ。
「家族のために踏ん張って。絶対に諦めちゃダメ!」
その決定的な一言を聞いた瞬間、ケイトは再びシンティアラに抱きついた。
今度は弱々しさからではない。新たなエネルギーが爆発したからだ。
口角が自然と上がり、解放されたような安堵の笑みがこぼれる。まるで、胸の上にのしかかっていた巨大な重りが一瞬で取り払われたかのようだった。
ケイトの表情を見ずとも、シンティアラにはその劇的な変化が痛いほど伝わってきた。抱きしめてくる力のこもり方が、先ほどとは全く違っていたからだ。
彼女もまた、ケイトの肩越しで満面の笑みを浮かべた。自分の励ましが、見事に親友の悲しみを吹き飛ばしたのだ。
「ウチ、頑張る。本当に、ありがとう……。」
ケイトは心から感謝を込めて囁いた。両手でシンティアラの背中の服をギュッと強く掴む。
言葉で返す代わりに、シンティアラはその赤い頭をポンポンと優しく撫でた。
だが、ケイトの肩越しに視線を向けた時。小道の先に何かが動くのを見つけ、彼女の頭にちょっとしたイタズラ心が閃いた。
「ねえ、ケイト」
シンティアラは温かい抱擁をゆっくりと解きながら、小声で呼びかけた。
「ご両親から、『早い者勝ち』って言葉、聞いたことある?」
ケイトは眉をひそめた。
(……早い者勝ち?)
その妙な言葉の意味を考えようとしたが、頭の中に何の心当たりも浮かばない。全く聞き馴染みのない言葉だった。
結局、彼女は首を横に振り、考えるのを諦めて親友の答えを待った。
シンティアラの唇に、イタズラっぽい笑みが浮かぶ。
「ちょっと後ろ、見てみてよ」
彼女の右手が、ケイト越しに真っ直ぐ後ろを指差した。
微塵も疑うことなく、ケイトは言われた通りに振り返った。
シンティアラが指差した一点に目を向け、何か面白いものでもあるのかと目を凝らす。
「ウチには何も見えない……。」
その言葉は、左側を勢いよく駆け抜ける足音によって遮られた。
瞬きする間に、シンティアラはすでに猛スピードで走り去っている。状況が飲み込めず、ケイトはその場でポカンと立ち尽くしてしまった。
かなり先まで進んだところで、シンティアラは体を反転させ、後ろ向きに走りながら両手を口元に当ててメガホンのようにした。
「さっき、ビーおじさんが手に何か持ってるのが見えたの!」
空気を震わせるような大声が響く。
「あそこまで競争だよ! 早い者勝ちだからね!」
先ほどの感動的なムードが台無しにされたこと、そして見事に騙されたことに気づき、ケイトの額にピキッと青筋が浮かんだ。
イライラを堪えるように、下唇をギュッと噛み締める。
彼女はこれ以上時間を無駄にすることなく、すぐに体勢を低くして地面を蹴り出した。
親友を捕まえるために、全速力でその後を追いかける。
「シンティアラのバカァッ!」
荒い息を吐きながら、ケイトは負けじと大声を張り上げた。




