あんな騒がしい野郎とは、無関係の他人です。
ラファクタに戻り、海沿いのカフェで一息つく。
私たちの座るテラス席からは水平線が見えた。
私はコーヒーを一口飲み、改めて問う。
「・・・で。リリア。聞きたい事は山ほどあるんだけど」
「なに?」
生クリームを山盛りに乗せたフラペチーノを飲みながら、呑気な顔をしている。
「さっきの”コレ”、なんなんだよ」
私はおぞましい物を扱うよう指先でつまみ、”コレ”をテーブルに出す。
・・・玉子寿司のキーホルダーだ。
これに念をこめれば、謎の『露出狂』に姿が変わる。
「わけがわからない。説明してくれ。」
私は小さくため息をつく。
フラペチーノを片手に、リリアは意気揚々と語りだす。
「これね、結構リアルでしょ?
世の中にはお寿司って食べ物があって、それの玉子焼きをシャリに乗せたものなんだけど、あ、シャリっていうのは・・・」
「そうじゃなくて!」
私は少々声を荒げる。
周囲の客が一斉にこちらを見た。
声をひそめ、再び問いかける。
「・・・なんで、私の姿は変わったの?しかも、熊を倒せるなんて」
「これはね、神様から預かった物だよ。ランナに渡すように言われた。」
「神様?」
「うん、ランナの人生に必要なもの。そして、ランナが得るにふさわしい物。ただそれだけ」
リリアは珍しく真剣な眼差しを向けてくる。
冗談で済むものではなさそうだ。
「・・・必要なもの・・・ふさわしい物・・・」
私が呟くと、リリアはまたフラペチーノのストローに口をつける。
「ランナは、”誰かを救いたい”と強く思う人でしょ。
ジャス君だったり、トカゲに化けて怪我してた私だったり、未来が見えなくなって、占いにすがってきたお客さんだったり。」
「それは、仕方なく・・・。
怪我してる動物がいたら助けるのが普通だし、占いだってリリアが言うから・・・」
「ランナは、”仕方なく”一枚ばんそうこうをあげただけ?」
リリアの問いに、私は口を閉じた。
「違うよね。いつも、困ってる人、悩んでる人、傷ついてる存在に寄り添ってた。
笑顔になれるよう、手を差し伸べてた。一生懸命に。
今回だって、ジャス君が悩みを抱えてる事を知って、旅立つ決意をして、行動した。
森の中で一生引きこもるつもりって言ってたのに。
あいつらが熊を倒せるか、見に行った。そして、見ていられず飛び出そうとした。
これって、一枚のばんそうこうレベル?」
彼女はフラペチーノをテーブルに置く。
そして私の目をしっかりと見据えた。
「ランナは”救いたい人”。自分が注目されるためじゃなく、相手のために。
救いたい一心で、時には無茶な事だってしちゃう。だから」
テーブルの上に転がるキーホルダーを手にとり、目を細める。
「この力が必要なんだよ。ランナ自身が壊れないように。」
占い師顔負けの気迫で、リリアは語る。
前のめりになって問いただしていたが、思わず身を縮めた。
「・・・私が、壊れないように・・・」
「これが無かったら、熊に勝てなかった。誰も守れなかったよ。」
リリアは身を乗り出し、私の胸ポケットにキーホルダーを入れた。
「ランナの潜在能力を最大に引き出す、超便利アイテム!持っといて、損はなし!」
わかるようで、よくわからない。
神様から私に?
確かにさっきの変身も、そして未経験の体術を熟練者並みに使いこなした。
・・・確かに、神がかっている。
「ところでさ」
リリアはストローをずぞぞ、と鳴らしながら言う。
「ランナって、普段はクール系なのに、テンパると女口調になるんだね!」
この小娘は!!
さっきまでの真剣さはどこへやら。彼女はいつもの”いたずら”な笑みを浮かべる。
「でも、可愛かったよ?ギャップ萌え狙えるかも!」
「そういうのはいいんだよ・・・ていうか、あの露出度の高さはなんなんだ。
もう少し普通の服にならないの?」
テーブルに片肘をつき、不貞腐れたように問うが。
「無理だよ。あのコーディネート考えたの神様だから!」
・・・きっと愛欲に満ちた変態神なんだろうな。
夕日が水平線に徐々に隠れ、カフェの中はライトが灯り始める。
昼間は心地よかった潮風も、段々と体を冷えさせるものになった。
「寒くなってきた!」
リリアは両腕をさすりながら震える。
・・・ショート丈のトップスにミニスカート。
そういえば、変装のつもりでそんな服装してんだっけ。
その姿で外でフラペチーノ飲んでたら、寒くもなるだろうよ。
「そろそろ宿屋にいこ!早くしないと、部屋埋まっちゃうかも!」
リリアは立ち上がり、出口へと向かった。
私も最後の一口を飲み干し、後を追う。
ラファクタは、ただの港町ではない。リゾート地だ。
つまり、それが何を意味するかというと・・・
「・・・まぶしい。」
歩くにつれ見えてきた、ピカピカの大きな建物。
この街に来て、まぶしさに顔をしかめたのは何回目だろうか。
「あれがラファクタ名物のリゾートホテルかー!一度来たかったんだよね!」
リリアは隣ではしゃいでいる。
「え、あれが宿屋なの?」
私がイメージしていたものと、大きくかけ離れている。
外装であんなにピッカピカなら、内装はどうなってんだろう。
ホテルの前までくると、反対側からワイワイ騒ぐ若者たちがこちらへ向かってくる。
きっと彼らも宿泊を予定してるんだろう。
「あっ!!」
リリアの声と、反対側から来た男の声が重なる。
「ダサい技名叫んでんのに空振りだけの男!!」
「やっべー!!君めっちゃ可愛いじゃん!!」
互いに指をさしあい、大声をあげる。
なんと、反対側から向かってきたのはユーシャ達だった。
・・・なんかズレてる。
普通なら、互いに『なんでお前がここに!』とかだろう、ここは。
「ねぇ君、何してんの?ここに泊まる感じ?だったら俺とさ・・・ってか後ろにいるのは?」
ユーシャはリリアの正体を見破れないようだ。
そういえば、私の変装用ポンチョとウィッグは草原に置いてきたんだった。
私が顔を背けた瞬間、ユーシャが目を丸くした。
「お前!あん時の占い師じゃん!!」
ユーシャはズカズカとこちらへ歩み寄ってくる。
こいつ、パーソナルスペースとか絶対脳みそに無い奴だ。
「もしかしてさぁ、あの森の奥から、俺たちの事追ってきたの?」
「いや、偶然だよ。」
逃げ腰の私は、その一言を絞り出すので精一杯だった。
「そーだよ!うちらはただの観光客なんだから!ほっといて!」
リリアが応戦してくれる。
ユーシャの気がリリアに向いてる間に、私はそっと宿の扉を開け身を滑らせた。
「あ、ランナ!待って!」
リリアが追いかけてくる。
───だだっ広い『ロビー』。
床はまさか、これ本物の大理石?
天井にはシャンデリアが煌々と輝く。
窓際にはソファとミニテーブルが並び、小さな噴水まである。
「いらっしゃいませ。一名様ですか?」
カウンターまで近寄ると、おしゃれなスーツをした従業員が問いかけてくる。
「二名です。」
「では、こちらに記名をお願いします。」
サラサラと名前などを書いてると、また扉が開く音が聞こえる。
私は振り向かず、ペンを動かす。
「ランナ!一人じゃチェックインできないでしょ!」
「うおおおお!!!すっげーーー!!!すっげー!スッゲェェェエ!!!」
お母さんのようなリリアの声と、子供のようなユーシャの声がロビーに響く。
キース、レイナ、ジャスも続けて入ってきた。
「久しぶりね、占い師さん。覚えてる?」
魔法使い、レイナが声をかけてきた。
なんだか、口元を抑え肩を震わせている。
「覚えてます。あれは忘れようにも忘れられない」
大騒ぎして駆け回るユーシャ、それを止めに入るキース。
ちらりと侮蔑の視線を向けると、レイナは俯き、肩の震えが大きくなる。
「あ、あの、大丈夫・・・?」
「・・・ごめんなさい!もう無理!!」
手に口を当てながら、こらえていた笑いを耐えきれずに吹き出す。
「”ダサい技名叫んでんのに空振りだけの男!!”が、すんごいツボっちゃって!!あっははは!!」
レイナは涙を流すほど、大笑いをしている。
隣で記名を済ませたリリアが、カウンター内の男に紙を渡し、振り返る。
「でっしょ!?あれやっばいよね!!」
「うん、やっばい!!!ユーシャスラッシュ!って!!」
きらびやかなロビーは、一瞬でカオスと化した。
「おいキース!!このソファ座ってみろよ!超ふっかふか!!スゲー!尻痛くねぇもん!!」
ソファに座りながら、トランポリンのように跳ねている。
無駄に器用な男だ。
キースは周囲の客に頭を下げ、ユーシャを捕獲しようと頑張っていた。
カウンター内の男(名札にはフロントスタッフとある)はいぶかし気に私を見る。
ここは、しっかりと伝えておかなければ。
「彼らとは、無関係の他人です。」
私が真顔で言うと、フロントスタッフは安心したように頷いた。
「二名様、301号室になります。
あちらのエレベーターよりお部屋へ。ベルボーイがご案内します。」
エレベーターに向かう際、リリアは「まったねー!」とレイナに手を振る。
釣られて振り返った時、───一瞬ジャスと目があった気がした。
気のせいだろう。
なんとなく見てしまうのはよくある事だ。
エレベーターのドアが閉まる時、最後に見た光景は・・・
警備員とキースに正座させられ、叱られるユーシャの姿だった。
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客室に通され、ベルボーイが言う。
「お荷物は・・・無いんですよね?」
「はい、ありません」
そう答えるとベルボーイは首を傾げ、ごゆっくりどうぞ、と告げ立ち去った。
確かに手ぶらな観光客は珍しいだろうな。
ふかふかのおしゃれなベッド。
天井からぶら下がるシャンデリア。
クラシックなデザインの化粧台。
「ねぇ、この部屋高かったんじゃないの?」
ベッドを触りながらリリアに問う。
こんなにふかふかなら、寝ていて逆に疲れるんじゃないだろうか。
「まぁ、高いね。でもランナの占いでたんまり儲けたから、心配しなさんな♪」
リリアはウインクしながら、親指と人差し指で輪を作り”金”のサインを見せる。
そういうもんかな。
鑑定料の金額や、月々の生活費はリリアに全て任せていたからよくわからない。
大きな窓から見える景色は絶景だ。
海を一望できる、と好評のホテルのようだが、陽は沈みもうすぐ暗闇となる。
遠くに見える小さな灯りは、灯台だろうか。
絶景は明日の朝にでも楽しもう。
その時、───コンコン。
遠慮がちにドアをノックする音が聞こえる。
「はーい!」
リリアがドアを開けると、そこにはレイナが立っていた。
「うわぁ、こっちの部屋も綺麗だねー!」
レイナは部屋をきょろきょろ見回す。
「あ、じゃなくて、私たちこれから夕食に出かけるんだけど、一緒にどう?
ご飯はみんなで食べたほうがおいしいし!」
窓際に立っていた私は、露骨に顔を歪めてしまった。




