初陣は、尊厳を失うレベルの恥辱だった。
ジャスは震える手で槍を構えていた。
彼の愛用武器は、軽量の槍だ。
だが彼は僧侶。もちろん槍術など使えるわけがない。
だが彼は目の前の獰猛な熊に、背を向ける事はしなかった。
───神に祈る暇も無い。
彼はただ、頭の中で”運命の輪”のカードの絵を思い出していた。
(僕にだって)
「ジャス君!!」
背後から、レイナの悲鳴のような声が聞こえる。
(僕にだって、出来る事がある)
熊は口を開け、よだれを垂らす。大きな牙と、真っ赤な舌が見えた。
二本足で立ち、前足を振り上げ・・・
ジャスは槍を向けながら、ぎゅっと瞼を閉じてしまった。
鋭い爪が彼に襲いかかる───。
_________
「・・・え?」
背後でジャスの震える声が聞こえた。
私は熊とジャスの間に滑り込み、熊の爪を受けた。
受けたというか、両の拳を顔の前でクロスさせ、攻撃をガードしようとしたのだが。
目の前に出来た紫色のシールドが、熊の爪を受け止めた。
何かを考える前に、体が勝手に動く。
ひるんだ熊のみぞおちに、蹴りを一発。
よろめき体勢を崩したところで、顔面をもう一発。
熊の怒りが頂点に達し、グオオオオオ!!!!と大きな咆哮をあげる。
恐ろしい速さで突進してくる。
いつの間にか握っていたステッキが、紫色に光った。
「攻撃魔法・・・?」
レイナの呟きが聞こえた。
思い切りタックルをかまそうとしてきた顔面を、そのステッキを振り
バゴォォン!!!
───殴り倒した。
「ぶ、物理ぃ!?」
ユーシャが声を裏返らせる。
脳裏に何かの映像が浮かんだ。
一面に広がる花畑、そよそよ流れる小川、ふわふわと浮かぶ玉子の寿司。
「で、君は何にパラメータ振る?」
映像の中の私が答えた。
「自分の死期を操れるように・・・」
「自分だけでいいの?周囲のも対象にしとこうよ。あとは?」
「運動神経をそこそこよく・・・」
「そこそこ?」
「運動会でビリにならないくらいには・・・」
「あのさぁ、どうせならさぁ、すんごい特化させとこうよ」
「いや、そんな大それたものじゃなくていいんです。普通でいいんで、普通で・・・」
玉子寿司は苛立ちながら言った。
「普通普通ってお前ねぇ!欲ってもんがないの!?」
「本当、無病息災って感じで・・・」
「あーもういい!お前、後になって絶対『もっとこうしとけば良かった』って思うタイプ!
転生後のスキル設定はこっちで済ませておくから、あとは転生してからのお楽しみってことで!」
・・・過去の記憶?
違う。なんの記憶だ?
熊は一瞬脳震盪を起こしたが、首を大きく振り、すぐ立ち直った。
「しぶとい奴め。」
一瞥して吐き捨てるように言った。
だが熊はそんなことお構いなしに、懲りずにこちらへ突進してくる。
「───お前ごときに、死の世界は100年早い!!」
右足が光る。
体術なんて、全く興味なかった。
もちろん殴り合いのケンカをした事もないし、誰かに暴力をふるった経験もない。
それなのに。
右足を包む光は、さらに強くなっていく。
体を回転させ、全力で右足を振り抜いた。
「ソウル・バースト!!」
円を描くように放たれた回し蹴りが、熊の側頭部を打ち抜く。
ズシン・・・!と大きな地響きをたて、熊は倒れた。
もう起き上がる事はないだろう。
確認してから、振り返ると。
キースはぽかんとして立ち、ユーシャは腰を抜かしレイナの足にすがっている。
ジャスの手から、槍が離れ、落ちる。
カラン・・・という音が谷の中に響いた。
「あ、あの」
ジャスが口を開いた。
「助けてくれて、ありがとうございました。」
彼の視線から逃げるよう、私は顔を背ける。
「い、いや・・・大した事はしててしないし・・・」
しまった。噛んだ。
「名前を、伺ってもよろしいですか。」
なんで?
私がランナだって事は見ればわかるで・・・
「あっ」
改めて自分の恰好を見た。
レオタード・・・いや、布面積はひどく小さい。
体にフィットするという意味ではレオタードっぽい。
だが、露出面が広すぎてまるで下着だ。
それなのに、肘上までカバーするグローブ、足はつま先から膝上までブーツで隠されている。
そこじゃないだろ!隠すのが必要なのは!!
腰回りを守る(?)のは、フリルのようなスカート。
そのスカートは、骨盤から後ろ、尻を隠すようにくっついている。つまり。
───前は隠してくれない。
パンツ、丸出し。一番隠してほしいところを、丸出し。
顔が一瞬で熱くなる。
ロンググローブを引っ剥がし、前に当てたい衝動に駆られたが、そんな事をしたら余計に変に思われる。
これは恥辱だ。恥辱じゃなければなんなんだ!
恥ずかしさのあまり両手で顔を覆おうとして、私はようやく目元にゴーグルが付いていることに気づいた。
これは!もしや!
ワンチャン私だと気づかれてないかもしれない!!!
「な、名乗るほどの者ではない・・・」
(こちらリリア、聞こえる?)
ゴーグルからリリアの声が聞こえる。
(名前は『死使いの魔女戦士、ブラックローズ』だよ!!)
「あ、その、私の名前は、シツカイの魔女せんし・・・?ブラックローズです・・・」
恥ずかしさに、徐々に小声になっていく。
「さ、さよなら!!」
私は逃げるように走り出し、軽々と谷を登り、リリアの元に戻った。
「ちょっと!なにこれ!?どういう事!?元の姿に戻して!!」
「その手に持ってるステッキに念をこめれば戻れるよ」
リリアは相変わらずニヤニヤと笑っている。
慌てて念をこめる。
ステッキが光り、今度は謎の衣装がほどけ、いつものスーツ姿に戻った。
私は半べそをかきながら、リリアをぽかぽかと叩いた。
「なんなの!!恥ずかしかった恥ずかしかった恥ずかしかったぁ!!!」
「でも、ジャスを助けられてよかったでしょ?」
「それはそうだけど・・・」
リリアは親指を立て、ウィンクをした。
「完璧な初陣だったよ!これからも変身して、ジャスの『苦行』を助けてあげようね!」
心底楽しそうに言うリリアを睨んだ。
冗談じゃねぇよ!!!




