「鏡」
小話
「鏡」
洗面所。
窓から柔らかな朝日が差し込み、
白い床を明るく照らしている。
水の匂い。
少し冷たい空気。
ミルは洗面台の前で、
ぴたりと止まった。
ミル
「おおー……」
洗面台の大きな鏡。
そこには、
人間の姿のミルが映っていた。
ミルはそーっと近づく。
鏡の中のミルも近づく。
ミル
「……」
右へ動く。
鏡の中も動く。
左へ動く。
やっぱり動く。
ミル
「ミルが真似してきます」
後ろから、
眠そうなノワの声。
ノワ
「鏡なんだから当然でしょ……」
まだ朝早い。
ノワは少し眠そうな顔をしている。
ミルは鏡の前でぴょこぴょこ動く。
ミル
「完全に合わせてきます」
ノワ
「合わせてるのはそっち」
ミルは鏡の中の自分をじっと見る。
猫耳。
淡いピンクの髪。
青い目。
不思議そうに瞬きをする。
そして、
そーっと手を振った。
ミル
「こんにちは!」
鏡の中のミルも手を振る。
ミルの目が輝く。
ミル
「返事しました!」
ノワ
「してない」
その時。
ミルは突然、
洗面所から走って消えた。
ノワ
「……?」
数秒後。
ぱたぱたぱたっ!
ミルが戻って来る。
両手で、
猫じゃらしを大事そうに抱えていた。
ミル
「持って来ました!」
洗面台の前へ差し出す。
ふわっ。
先端が小さく揺れる。
鏡の中にも、
同じ猫じゃらし。
ミルの目が一気に輝いた。
ミル
「おぉ!増えました!!」
ノワ
「増えてないわよ」
ミル
「向こうにもあります!」
ミルは鏡へ顔を近づける。
キラキラした目。
ミル
「すごいです……」
嬉しそうに、
猫じゃらしを左右へ振る。
ふり
ふり
鏡の中の猫じゃらしも、
完全に同じ動きをする。
ミル
「完全に真似してきます!」
ミルの後で自然とノワも猫じゃらしを目で追う。
ノワ
「だから鏡だって言ってるでしょう」
その時。
洗面所の入口から、
ルナが静かに入って来た。
ルナ
「朝から何してるの?」
ミル
「向こうの世界のミルと会話してます!」
ノワ
「私はしてないわよ」
ルナは鏡を見る。
そして小さく呟く。
ルナ
「猫は鏡を理解するまで時間がかかるから」
ノワ
「私も猫なんだけど……」
ミルはさらにテンションが上がる。
ミル
「つまり!」
ミル
「向こうのミルも猫じゃらし持ってます!」
ノワ
「それあんたよ」
ルナ
「お気に入りだから持って来たの?」
ミル
「はい!」
ミルは元気よく頷く。
そして鏡の前へ猫じゃらしを並べる。
鏡の中にも、
ぴったり同じ位置。
ミル
「いっぱいです!」
ぴょんっ。
嬉しくてその場で跳ねる。
鏡の中のミルも跳ねる。
ミル
「向こうも喜んでます!」
ノワ
「それもあんた」
その時。
ミルはふと真顔になった。
ミル
「……」
ノワ
「何」
ミル
「取れるかなって思いました」
ノワ
「無理よ」
ミルはそーっと鏡へ手を伸ばす。
ぺちっ
鏡に当たる。
ミル
「硬いです!」
ルナ
「壁だから」
ミル
「なるほど……」
少しだけしょんぼりする。
鏡の中のミルも、
同じようにしょんぼりしていた。
ミルはその姿をじーっと見る。
数秒。
そして、
ふわっと笑った。
ミル
「でも」
ミル
「いつかもう一人のミルと一緒に迷い猫達を助けるんです!」
ミル
「楽しそうです!」
ノワ
「戦えないわよ」
ミル
「もう一人のミル絶対強いです!」
ミルは鏡の中の自分へ、
猫じゃらしをびしっと向ける。
ミル
「向こうのミル!」
ミル
「その時はお願いします!」
鏡の中のミルも、
まったく同じように猫じゃらしを構えていた。
朝日が鏡へ反射する。
まるで、
本当にそこに誰か居るみたいに。
ミルの青い瞳が、
きらきら輝いた。
ミル
「……きっと仲良くなれます!」
ノワ
「まず鏡を理解しなさい」
ルナ
「でも楽しそう」
その時。
後ろからナナが洗面所を覗いた。
ナナ
「朝から賑やかねぇ」
ミル
「向こうの世界です!」
ナナ
「フフッ」
ナナは鏡を見て、
楽しそうに笑った。
朝の洗面所には、
今日も穏やかな時間が流れていた。
終わり




