第15話 天竜家の思惑
「魔力を気にしてる場合じゃねえな!」
鏡月はこのままでは不味いと感じて早めの対処をする。
雷迅竜はこちらの眼でなんとか捉えられているが対応が追いつかなくなってきている。
できれば魔力は残しておきたいがそうも言ってられない。
召喚 雷獣 黄貂
式神として解き放たれた向日葵色の獣はその小ささに見合わず主の敵を威嚇する。
細長い胴に短足の四肢と長い尾を持った雷獣は、大きさは矮小ながら放たれる魔力は主以上に洗練されており、決してひ弱さを感じさせない。
稲妻のように逆立った体毛からは静電気がけたたましく
鳴っており、その身に纏った雷毛は奇しくも敵と同じ艶色をしている。
(早めに決着を着ける!)
平均的な純人としての魔力しか持たない鏡月では召喚術を行使していられる時間は少ない。
一方唸る雷獣を前にした雷迅竜は
(か、可愛い!ずるい!私も欲しい!)
変な所に直撃した。
後に本人はこう弁明した。
(私とタイプが似てたから。これは不可抗力!)
目の前の相手が阿呆な事を考えているとは露知らず、鏡
月は相手を斬り伏せる算段を立てる。
常時展開されている雷纏と竜魔装により最早視界に入れるのも困難な程だが幸い雷は相棒が対処してくれる。
後はどうにか斬るだけだ。
純人の身で竜人を刃で斬るなど荒唐無稽な話だが自分にはこれしかない。
幸運にして手はある。
雷ならば何度も斬った。
雷雲一刀流 参の型 雷雲割
刃より伸びた魔力の刀身が雷を掻き分けて黄色い残像を追いすがる。
高速で飛び回る金色の竜人を捉えたかに視えた一閃は空を切る。
(また早くなりやがった!)
これ以上となると眼では追えない。
殆ど魔力感知に頼って相手の行動に対応する。
「あれー?やっぱりお兄さん遅いねー!」
向こうはまだ余裕らしい。
これでは戦いにもならない。
一度だけ刃を当てられたがこの速さで脆いという訳でもない。
稲妻を帯びた雷毛は魔力をたっぷり含んで硬質化しており、衝撃にも強い。
その下には雷鱗まであり安々と抜けるような防御ではなかった。
(こっちは一杯一杯なのに、雷は貂がなんとかしてくれるけどいつまで持つか。)
しかし少しおかしい。
先程からこちらの攻撃を見る前に見切られている。
何かタネがあるかもしれない。
これでも最年少で侍として認められるだけの研鑽は積んできたつもりだ。
魔術が不得手である代わりに近接戦闘に関しては竜人と張り合える数少ない純人と言われた程だ。
剣で負けたら自分に価値はない。
とは言っても自らより物理的に速い存在はどうしようもない。
少しずつ飛び散る雷光を前に体力を削られ続け、危機感を感じていた。
(ぶっつけ本番で憑依は流石に無理がある。どうする!)
それでも他に選択肢が無いのならそれを選ばざるを得ない。
暴走して自滅する可能性の方が高いかもしれない。
だがあの抜け目ない一番上の兄が護身にくれた式神だ。
こちらに合わせられぬ無能な筈がない。
兄を信じ貂に身を任せる、
の筈が当の貂はなんと右手でこちらを制止している。
そして飛び回る黄色い雷竜には目もくれず明後日の壁を凝視しながら。
(え、どういうことだ!?)
しかし貂を信じて意識を集中すれば魔力の濃淡の違いに気付き、壁裏に何かがいるのが見て取れる。
「どうやらそちらの召喚獣の方が曲者ですな。お嬢、気を付けなされ。」
壁の向こうから聞こえた老獪な声質からは年層を重ねた声帯を感じさせる。
今まで敵の接近にほぼ気付けていなかった鏡月は背筋が完全に凍った。
索敵に関しては昔から褒められる事の方が多かった彼は己の失態を恥じた。
(貂がいなかったら俺は殺られてる!)
お転婆お嬢のお目付け役であるアルウェン・グラフォートは、相手の召喚獣を見て眼を輝かせた問題児に大きなため息をついていた。
黒い双角に灰色の鱗、銀色の眼からは渋い老兵の経験に裏打ちされた自信が見受けられる。
(戦場であろうことか自らが相対している相手に見せる姿ではありませんぞ。)
いくら末っ子に甘い好々爺でもこればかりは流石に色々応え、天を仰ぐしかない。
天影竜と呼ばれ団の諜報を一手に担う爺は、現在団でも重要人物である雷迅竜の護衛を一人で任されている。
逼迫した団の現状を憂い、団長から彼女だけは先に逃がすと言われたがこれでは先が思いやられる。
(しかしその齢で純人にしては中々に優秀な方ですな。)
間抜けであればとっくに心臓を穿っている。
開けた場所であれば遠間から一発であったが室内であるため難しい。
お嬢になるべく経験を積ませたかったので一瞬で終わらせるのも憚られたのだが。
しかし流石に2対1では負けようがない。
若い芽を摘み取るのは趣味ではないが、現状そんな余裕はうちにはない。
情報を取られるのも面倒だし手早く終わらせるかと動いたところで身体を止める。
(本命が来ましたか。)
「お嬢。打ち合わせ通りお逃げ下さい。貴方が本気で逃げれば私は追いつけません。足止めに徹しますので。」
「え?」
まだ敵で遊んでいた雷迅竜は、真面目な声色でこちらを諭す爺やを見て状況が変わったのを悟った。
そして彼女にしては弱々しく浮かない顔でこちらを見上げ、
「やっぱり団解散しちゃうの?」
分かっていたのだろう。
もう限界である事を。
そこまでバレているならもう隠す意味もない。
「もうご存知でしたか。何信頼できる方にお嬢をお任せしますのでご安心下さい。待ち合わせ場所までお急ぎを。何れ私も追いつきます。」
雷迅竜は不安そうながらこちらを見たが年寄りの言うことには従うものだと諭された。
何かあれば通信機で連絡を入れるように言ってある。
鏡月は目の前のそんなやり取りを気にする余裕が無い程、新たに現れた存在に目を向けざるを得なかった。
貂は新たな闖入者に視線を飛ばしつつも、反対側に
いる天影竜に対しても牽制の魔力を放つ。
貂は想う。
主よ、お主ら兄弟はつくづく難儀な宿命であるなと。
(流石に速いな。ゼフィア嬢は。あれを生け捕りとは上も無茶を言う。只でさえ準備に時間を割けなかったというのに。)
闇の中から現れた男は宗家より命じられた主命の難題に皺を寄せていた。
現天竜家暗部筆頭であるヴェルム・オルセインは灰色の双角に鼠色の翼、藤色の竜鱗を持つ、天竜家暗部の次期頭目と目されている存在である。
「久しいですな叔父上。お命を頂戴しに来ました。貴方相手に隠れても時間の無駄でしょうしな。」
隠れる気のない暗部から敵が本気であることを見越した
天影竜は無言で魔力を練り始める。
「おや?何故このような場所に純人がいるのだ?。侍等と云う時代遅れの敗者がまだいたのか。」
戦場を観て今回の戦いの主目標を見据えたヴェルムは場違いな存在がいたのを思い出す。
「ついでに死んでおけ。」
何の予兆もなく繰り出された光線が鏡月に迫りくる。
貂の忠告をしっかりと聴いていた鏡月は迫りくる光の帯から逃れ退避していた。
しかし向かった先には天影竜がおり挟まれる形となる。
仕方なく脇に見えるドアを斬り伏せて外に逃げ惑う。
「先にゴミから始末するか。全く百余年しか生きられぬ短命種如きが。」
外の大気圧を下げ、純人では適応できない気圧へと下げていく。
それを黙って見ていた天影竜は何故奴が自分より純人の方を優先したのか訝しむ。
奴にとって宗家を裏切り追われる身となった自分と若、ゼフィア嬢、アルゼンが最優先目標の筈。
天竜家は生粋の純竜主義一族であり、そこに純人がいれば理由なぞ無くとも殺すだろう。
だが純人が多い日本まで来てそんな事をちまちましていてはきりがない。
この甥は目標が目の前にいるのに雑事を優先する性分では無かった筈だ。
納得できる理由はないが、今の自分には無縁である事を思い直し、魔術を行使する。
影地帯
自らの足元から伸びていく影が付近を無機質な陰影の中に沈めていく。
徐々に漆黒に塗り固められていく倉庫を前に天光竜が取った対応は単純だった。
そちらが影ならこちらは光を。
影と光が倉庫を飲み込み混じり、相克となる。
お互いの力量が同等でない限りこうはならない。
共に自らの戦いやすいように領域を整えたが、埒が明かないと見て魔術の撃ち合いに移行する。
互いに得意とする光線魔術により光が狂喜乱舞する。
しかし双方対処には慣れており、屈折した光が倉庫に焦げた切断面を残すのみとなる。
埒が明かないと見て天影竜は手を変える。
ヴェルムは自身を囲むように作られた魔力から、何かが飛び出してくるのを察知し飛び退る。
出てきたのはレーザーではなく鉛の弾であり、空間魔術を用いた死角からの銃撃を躱す。
(相変わらず嫌らしいやり方だ。レーザーと同じ対処をしていればこちらが被害を被る。)
光竜家が開発したレーザー技術は魔術によって光を屈折させることにより実現した。
だが本来レーザーは大気圏内では光の拡散により威力が落ちるどころか射程すら足りない。
これを解決したのが天竜家である。
彼らの気体操作魔術によって自在に大気の濃度を変えることにより、光の拡散を抑えることが可能になった。
かつて天竜家と光竜家の同盟により一時竜国軍の戦力バランスは一変した。
今竜国にて最も勢いを持っているのは宇宙開発技術において著しい発展を遂げている重竜家になる。
そして近々天竜家が同盟を組むとの噂もある。
天竜家内での権力争いに置いていかれぬためにもヴェルムには相応の功績が必要だった。
例え一夜の間に拙い戦力で鋼合竜、天雷竜、天影竜の暗殺、雷迅竜の捕縛を命令されたとしても。
(後続が来る前に最低でも目標の半分を達成する!)
敵は外だけでなく、内にもいる事を分かりきっている男は決着を急ぐ。
残念ながら男の目論見は辛くも崩れ去る事となる。
自分が最も見下していた純人の手によって。




