第16話 剣魔術の先覚者 三間坂 鏡月
鏡月は彼らしくもなく心に秘めた憤怒に薪を焚べ続けていた。
自身の祖父の死に関わったとされている竜人が目の前に現れたのだ。
これで心が動かぬ方がおかしい。
だが真実は闇の中だ。
暗殺の実行犯は未だ捕まっていない。
自分は現場にいた筈だが、幼過ぎて当時の事は覚えていない。
元から刺客の狙いは祖父だったのだろう。
現場に残っていた魔力痕から容疑者は竜人と確定していた。
しかし実質竜人の属国とされている日本ではまともな捜査などまかり通る筈もない。
無条件降伏を受け入れた敗戦国の末路など想像に難くない。
直後に亜竜戦争が勃発し、第2次ジパング戦役が重ならなければもっと日本の復興は遅れ、立場は悪化していただろう。
最強の侍だった祖父は竜人や鬼族の残党などから買っている恨みは多かった。
ただもう現役をとうに引退し全盛期を遥かに過ぎた老人を暗殺する程とは思えない。
だからずっと問いただしたかったのだ。
当時の天竜家手勢で実行に関わったとされていたあの男に。
まさかこんな所で相見えるとは夢にも思っていなかった。
だがこんな時こそ深呼吸して頭蓋を冷却する。
気圧魔術から逃れて倉庫の一角に身を潜める。
今の状況を鑑みる。
無理だ。
傭兵2人を相手取りながらあの男を追い詰める。
流石にそこまで自分のの腕に自惚れてない。
そもそも事前の打ち合わせ通りなら標的以外の勢力が出現したら撤退する段取りだ。
さっさとここから離れなければ。
あまり鬱憤を晴らせたとは言えないが氷竜姫に怒られるよりましだ。
今回は向こうがこのような場を整えてくれたから好きに暴れることができている。
本来なら警察沙汰どころではない。
素直に従わなければこちらが捕まりかねない。
ただ状況は少しずつ変わり始めていた。
先程まで自分がいた倉庫が内から光によって食い破られる。
光の帯がその色を失った時には藤色の竜人がこちらを見つめていた。
「貴様・・・・・・その刀やはり三間坂の家の者だな。」
「・・・・・・それがどうしたんだ?」
「どうやら少々計画を変更しても問題は無さそうだ。」
その眼が言っている。
鏡月に死ねと。
光の線が骨肉を貫こうとする。
慌てて飛び退くと貂が器用に光で文字を象っている。
にげろ。
まだ自分が敵う相手ではないということか。
思考しているうちに死角の影から天光竜を狙って光が収束する。
屈折させられた光はそのまま向きを変え鏡月に殺到する。
天影竜の魔術を利用した天光竜はこれで手傷を負わせられるかと期待した。
だが侍はそこまで脆くなかった。
雷雲一刀流 居合式 一の型 光雷霧散
ほぼ反射的に動いた身体は型通りに動いて迫りくる破壊の光を無害な明滅へと変えた。
居合でありながら防御技なぞあり得ないがそもそもこれは長兄が鏡月のために作った居合式だ。
自らより過酷であろう運命に身を投じる末弟に向けて餞別として。
間一髪で間に合った居合は、彼を娘の傍に置いてもよいとディルク少佐が認めたことを意味していた。
肝を冷やしながら型の練習を怠らなかった自分を褒める。
光を文字通り霧に変えられた天光竜は純人だからと侮っていた標的の能力を上方修正する。
雷雲一刀流を最も得意とするのは長兄であり、彼からずっと手解きをされていた鏡月はこと光と雷の魔術に関しては対策を叩き込まれている。
光速に反応できる生物など存在しない。
光に関する魔術を事前に察知できなければ死ぬからだ。
既に対策済みであることを悟った天光竜はその上からさらに踏み潰すつもりで魔術を放った。
収束された魔力が先程とは比べ物にならぬ光を導きだす。
湾曲光線
掌の魔法陣から放たれる光の束は鏡月の左斜め下に消える軌道に見える。
「え?」
直後屈折した光が左下から胸を射抜こうとする。
雷雲一刀流 居合式 二の型 八咫鞘鏡
左手で鞘引きすることで緊急時に敵の光に関する魔術の返し技となる。
反射された光の線は制御を離れて一帯に拡散する。
左下からの軌道でなければ間に合わなかっただろう。
光に対してそこまで魔術的に干渉できない貂はとにかく急かす。
逃げろと。
このままだともう一人から狙われたら保たない。
拡散した光を目眩ましとして全力で敵から距離を取る。
しかしこのままでは防戦一方だ。
詠唱も速く光速に対応しなければならない以上後手に回っている。
さらに最悪の状況が訪れる。
直後倉庫の一角を光の檻が包み始める。
光の檻
天影竜は時間稼ぎに使えると見るや方針を変えた。
自らが手を下さずとも潰し合ってくれるのならば彼にとって最善である。
これからの逃避行を考えれば魔力は残しておくほどよいからだ。
「小癪な真似を。奴以外に恐れる純人なぞ居らぬわ!」
より決着を早めたい天光竜は魔力を節約することを諦めた。
光爪
右手に収束された魔力が爪から5本の光の刃を形作る。
横薙ぎに振られる腕の軌道から物理的に逃れるのは不可能と判断する。
凍雲一刀流 伍の型 霧氷凍土
気温が急速に低下し辺り一帯に冷たい雲を作り出す。
雲を無理矢理集中させた場所の光が拡散してゆく。
空いた暗闇に身体を滑り込ませる。
「馬鹿め。天竜家に対してそんなものが効くか!」
天竜家お得意の気体操作によって雲が晴れゆく。
だが時間は作れた。
凍雲一刀流 四の型 氷柱三山
輝く魔紋が次の一刀に込められる魔素の量を底上げし昇華する。
振るわれた刀から迸る魔力が辺り一面を銀世界に変えてゆく。
倉庫外そのものを白く濁った氷河へと変えてゆく。
「ちっ!面倒な。」
(やはり氷なら光は反射できるな。)
しかし先程から魔術を刀からしか出していない純人を見て、天光竜は違和感を覚えた。
「・・・・・・やはり貴様何かと思えば自らで一切魔術を唱えていないな!」
「・・・・・・よく分かったな。その通りだよ。」
鏡月が使っているのは剣魔術であり正確には魔術ではない。
刀に刻まれた魔紋を通してしか彼はほぼ魔術を詠唱することができない。
彼の魔術は刀からしか出ていないのではなく刀からしか出せないのだ。
侍は純人の中では魔術が使える側におり、まだ人権がある方と言える。
しかしその侍の一族にて生を受けた彼は持って産まれた魔術障害により、障害碌な魔術を使うことができない運命にあった。
自分が産まれた時両親はどう思ったのだろう。
優秀な兄達や姉とは比べるべくもない。
そんな自分にも比較的真っ当に接してくれた家族には感謝してもしきれない。
日本が竜国の実質的な属国となって長い時が経ったが、それでも穀潰しを一人生かしておく理由があったとは言えない筈だ。
魔術は使えず、長兄のように万能で頭が切れる訳でもなく、次兄のように体格があって力が強い訳でもなく、姉のように神主としての才能がある訳でもない。
自分の人生に絶望しかけていた時祖父は言った。
(自分の得意なことだけ、ずっとやり続けてみろ。毎日一万回刀振るとかな。)
冗談のつもりだったのだろう。
だが単純だった彼は言葉通りにそれを実践した。
祖父がこの世を去った後も彼は律儀にそれを守りづけた。
魔力で強化した身体で来る日も来る日も刀を振り続け、自分が得意なことを見つけそれを伸ばし続けた。
自分のために両親は一族と交渉してくれた。
頼りになる兄達と姉がいつも手伝ってくれた。
魔術の使えない無能として三間坂家で唯一蔑まれた少年は、文字通り毎日一万回刀を振り続け、遂に史上最年少で侍と認められた。
剣魔術の天才として。
「巫山戯るな!たかが十数年努力した程度で魔なしが魔術の使える者に勝てるようになるものか!」
いやに感情の籠もったセリフを吐かれた鏡月は少し面食らう。
「貴様らの十数年に我らの数百年が劣っていることなどあってたまるか!」
藤色の魔力が収束する。
魔光現象によって形作られた魔法陣から溢れ出す余剰魔力が、紡がれる魔術の規模を物語る。
(こんな氷ごときで止められるものではないぞ!)
収束し始めた光の量からこちらに打つ手がないことに気付く。
自分の足であれを避けられるとは思えない。
(不味いな。居合で奴を仕留めてもあれを止められなきゃ終わりだ。)
それにいかな神速の居合とて光速には勝てない。
詰みか。
ならこうしよう。
光が避けれないのなら斬ってしまえばいい。
だが光を斬る剣魔術など存在しない。
だから、今ここで光を斬る剣魔術を創造する。
元々長兄からある程度のヒントはもらっていた。
雷が斬れるならその副産物である光にも魔術的に干渉することは可能だろうと。
こちらも魔力を煎じてゆく。
眼をつむり己と刀以外のすべてを意識から廃絶する。
波一つ立たない己の魔力の源泉から少しずつ魔紋へと魔力を垂らしてゆく。
かつて長兄が作ってくれた魔法陣を寄せ木細工のように組み替える。
いくら天才とてゼロからその場で剣魔術を構築するなど無理がある。
日本の遠い神話を象る。
今は預かり知らぬ遠い旧世、昔話としてこの国があった場所に親しまれた伝説があった。
天岩戸と呼ばれたその岩は文字通り日光を食ったと言われている。
限界まで凝縮された魔力が魔紋に込められた魔法陣を再現する。
魔光現象により暗色の魔力が魔術の骨組みを立て始める。
「自ら目を閉じるなど神頼みのつもりか!貴様は人質にするつもりだったが気が変わった!一思いに消してやる!」
込められている魔力量の差からも勝利を確信した天光竜は敵に向けて最後の魔術を放つ。
紫絶光線
両の掌から構えられた魔法陣から緻密な魔力操作により魔術が躍り出る。
極太の光線は倉庫外を紫色の光に包み込む。
魔力の質も量も桁違いの天光竜が放った藤色の光線は氷河を飲み込み鏡月へと肉薄する。
出たとこ勝負だったが不思議と身も心も澄んでいた。
闇雲一刀流 居合式 一の型 日食天岩戸
光を斬るのではなく光を食む。
横一文字に結ばれた夜色の刃が迫りくる破壊の光に向けて備えられる。
(いや縦じゃなきゃダメだ!)
無理矢理軌道を変え半身になってから鯉口を上へと斬る。
切り裂かれる破壊の紫はそれでも進行を止めず、倉庫外に二股の傷跡を残した。
紫の大瀑布が通った跡には何も残っていなかった。
支流にいた只一人を除いて。
「ぐおおおおおおお!一度ならず2度までもこんなことがあってたまるか!」
天光竜は飛んできた淡い夜の刃を辛うじて魔力を纏った右手で防いだ。
しかし龍鱗を半ばまで斬られ出血が見える。
致命傷には程遠いが手傷を負わされたことに対して怒り狂う。
天光竜はあの悪夢の再来かと幻視した。
航空戦艦を刀で斬られたなどと世迷言を上に報告しなければならなかった屈辱が蘇る。
だか件の侍は例外過ぎたのだ。
鏡月は光を食んだ空間の隙間に辛うじて身を縮こませ耐えていた。
横一文字斬りでは頭と足が削り取られていただろう。
悪態をつく余裕すらなかった。
(くっそ。不味いな。これ以上はこっちが保たない。)
だが状況に光明が差した。
奴のレーザーによって後方の檻に大きな穴が空いた。
この瞬間を待ち潜んでいた貂は溜めていた魔力を解放する。
雷貂解放
元の姿より一回り大きくなった貂は天光竜に牽制を放つのも忘れない。
雷電招来
貂の魔力は天光竜の頭上に向けて登りゆく。
築かれた魔法陣は今まで邪魔だった鉄の壁がなくなったことに歓喜する。
稲光が輝きレーザーによって天井がなくなった空から光が無数に落ちてくる。
天光竜は込められた魔力の量から対処が必須であることを理解させられる。
仕方がなく竜魔装を展開して回避に徹する。
(クソが!あの召喚獣め今まで敢えて動かなかったな!)
この一瞬の隙を逃さないために。
己の主人を速やかに背中に乗せ疾駆する。
天光竜が態勢を立て直した時には既に純人は遥か遠くに消え失せていた。
「おのれええええ!ゴミ如きがこの私に手傷を!」
天影竜も付近にはいない。
稼いだ時間は雷迅竜が戦場から消えるのに充分過ぎる猶予を与えた。
天光竜は慟哭する。
必ずこの借りは返すと。
貂は想う。
また厄介な奴に目をつれられたなと。
だが同時にこうも想う。
蒼月よ。お前の孫はしっかりと育っているぞと。




