2章1話:箱の中を見ました。
2章、始まりました。
ヴァルジャンは手紙を書いていた。揺れる馬車の中だと言うのに、筆跡に一切のブレは無い。それは、ヴァルジャンの経験と技術がなせる技であろう。
「……何を書いているの? お手紙?」
「はい」
「誰に……?」
「少し遠くの国になるのですが、頼れそうな友がおります。お嬢様と出会う以前から交友があり、昨日今日知った仲では無いので、信頼が出来ます」
「……と言う事は、8年以上前から?」
「はい。初めて会ったのは、私が5歳くらいの時だったでしょうか。考えても見ると、足がけ20年の付き合いになります。何か用事でも無いと会う事もない相手ですが、付き合いの年数だけで言えば、お嬢様の倍以上の相手ですね。……お互いまだ子どもでした。あの頃」
「幼馴染みたいな相手かしら?」
「はい。それで、向こうも執事の仕事をしていますよ。……かつて、父の縁で知り合った相手です。父と仲の良かった他国の執事の家系の者です。私と似たような家庭環境だった相手……と言えば分かりやすいですかね」
ふぅん、とアルマは相槌を打つ。出会った時にはお互い子どもであった、という事は、ヴァルジャンと同じくらいの歳の人だ。執事仲間だと言うし、生真面目気味なヴァルジャンの友なのだから、きっと同じように、眼鏡をかけてクイッとかやっていそうな青年なのだろう。アルマはそう思った。
「そうなのね。なら、久しぶりに会えて、ヴァルジャンも嬉しいのでは? 私も、失礼のないようにしないと」
「そこまで気にされなくても良い相手ですよ。……さて、書き終わりましたので、送りますか」
ヴァルジャンは、手紙に封をつけると、ぱっと投げる。そして、銃を構えて引き金を引く。
「――魔術式を展開。番號【参】」
手紙は、宙に浮かぶ陣を通過した弾丸が触れると同時に、一瞬のうちに消えた。
これは転移の魔術だ。
印をつけた座標へと、すぐに送る事が出来る。人に印をつければ、対象の人物の目の前にすぐに送った物が現れる。容量が小さく、送れる物も限られてくるが、手紙程度なら問題は無い。
この魔術は、消費魔力も非常に少なく、魔術士が連絡手段として重宝するものであった。
ちなみに、ヴァルジャンが言う番號と言うのは、拾番まである。これは、魔術士が一つの発動体で使える魔術が十個ほどである事に起因する。発動体を通して自身が制御し扱える範囲の魔術から、好むものや良く使うもの選んで、好きな番号に割り振って積めて使うのだ。
ヴァルジャンの場合は、ほんの僅かな魔力で、弾丸の威力を増幅出来る【壱】番。特殊な異空間転移現象を呼び起こせる【捌】番。連絡手段に良く使う座標型空間転移【参】番、等々だ。
勿論この三つの他に、ヴァルジャンは、七つほど魔術を発動体に詰めている。それらの詳細に関しては……今、長々と説明する事でも無いだろう。使う時が来たら、その時に説明すれば良い。
「良いお返事、来ると良いわね」
「さぁ、どうでしょうか。筆不精なヤツですから。何かしら、返事を出さなければいけない時以外は、筆を取りたがりません。今回のも「へぇ。来るんだ」程度で止まって、返事は寄越さないと思います」
ここで、はて、とアルマは首を傾げた。ヴァルジャンが模した、友という執事の口調が、どことなく男性のそれとは違うような感じがしたのだ。
だが、その疑念は、更に深まる前にヴァルジャンの言葉によって遮られた。
「ところでお嬢様……」
「何かしら」
「……馬車に積んでいる箱なんですが、何が、入っているんですか?」
ヴァルジャンが指さしたのは、ティアハーン家を出るにあたり、アルマが一つだけ持って来た箱であった。
だが、その箱には「おきに」との注意書きがしており、何だか嫌な予感がするのだ。アルマのお気に入りと言えば……。
「……変なもの持って来てないですよね?」
「……へ、変なものって何よ。変なものなんて何も入ってないわ」
「それでは中を見ても?」
ヴァルジャンが問うと、一瞬だけアルマはビクッとしたものの、ゆっくりと頷いた。
「み、見たければ、好きにすれば良いわ。普通のものしか入れてないから」
ヴァルジャンは、つかつかと近づくと、箱を開ける。中に入っていたのは――
「……。これ、あの、」
――それは、お嬢様が過去に自分で選んだ買った、衣類の数々だった。そう、つまり、ファッションセンスが皆無な衣類の数々である。なるほど、確かにこれは、アルマにとってはお気に入りだ。
「何よ……」
「……こんなものを」
ヴァルジャンは、箱の中から一着をつまんで持ち上げる。うさ耳のついている着ぐるみ型の服だ。
「……」
「か、カワイイでしょ。うさちゃん。……気に入ってるんだから。それ着ると良く眠れるの」
なんとも言えないヴァルジャンの視線を受けて、アルマは、ぷいっと横を向いた。以前までなら、カァァァっとなって平手打ちの一つでもしたものだが、さすがに、それはやり過ぎかも知れないと思えるようになったようだ。
「……」
「や、やめなさい。その哀れむ感じは」
ヴァルジャンは思う。持って来るにしても、貴金属であったり、珍しい書物であったり、何かしらお金になりそうな物にすれば良いのに、どうして、このようなものを持って来るのだろうか、と。
だが、同時に、「これはこれでお嬢様らしい」、と思わないでも無い。
「……うん?」
微笑しながら、うさ耳型の着ぐるみを箱に戻そうとして、そこでヴァルジャンは箱の隅に赤い何かを見つけた。良く見ると紐だ。赤い紐がちょこん、と出ている。下に隠すようにして、何かを突っ込んでいるようだ。それの一部が、出てしまっているのだ。
一体なんだろうか?
気になったので、するすると引っ張りだして見ると……それは、煽情的な形の下着であった。
「――っ」
ヴァルジャンは、慌ててアルマの方を見る。アルマは、口を尖らせ横を向いていた。良かった。発見した事はバレていない。ヴァルジャンは、そおっと、物音を立てないように下着を元の位置に戻した。
お嬢様も、一応は、年頃だ。
こういうものにも、興味は、あるのかも知れない。
だが、そうだとしても、ヴァルジャンの立場的にはこれは見ない方が良い代物だ。
見なかった事にした方が良い。
ゆえに、ヴァルジャンは忘れる事にしたが――しかし、これはお嬢様には必要のないものだとも思ったので、後でこっそり処分しなければ、とも固く決意した。忘れるのはそれからだ。
「……早く箱の蓋戻しなさいな」
「はい。ただいま」
「……? 急に素直になるのね?」
「いつも素直ですよ、私は」
「そ、そう……?」
アルマは知らない。いつかヴァルジャンを誘惑する時の為に、と思って買った下着が、既にこうして本人に見つかってしまった事を。一生懸命店員さんと相談しながら選んだ下着が、しかし処分を企てられている事を……。
下着に罪は無いのに……。




