1章最終話:お嬢様は執事に”ありがとう”を伝えました。
裁判の日が訪れた。
ヴァルジャンとお嬢様は、二人揃って出廷し、瞼を閉じて判決を待つ。
――カンカン。
木槌が鳴り、裁判官が罪状を読み上げる。
「前国王殺しの罪により、有罪は確定。だがしかし……前国王は病に苦しんでおり、たまたま居合わせた二人に、苦しむ自身の安寧を求め、殺害を懇願したとされる。これは、前国王の意を汲む行動であり、決して軽んじられて良い事ではない。だが、理由はどうあれ、殺害に至ったのは事実。
加えて、それを阻もうとした、ヴァルジャンにとっての実父たるアルドー前国王専属執事とも揉め、結果的に殺傷沙汰となった出来事も起きた。
これらを考慮した結果、情状酌量はあるものの、温情を与え過ぎるには如何なものか、と言う結論で満場が一致した。
――よって、アルマ・ティアハーン及び、ヴァルジャン・フィースエンド両名については、死罪の次に重き国外追放処分とす」
「異議無し」
「異議無し」
「異議無し」
お嬢様と新国王の密約は、何らの支障もなく、確かに果たされる事となった。拍手を持って迎えられた。
そして、それに先立ち、新たなストーリーも作られたようだ。
――病を苦にした前国王は、自害するにしきれず、けれでも死にたがっていた。そこに、たまたま居合わせたヴァルジャンとお嬢様に「殺してくれ」と頼み、二人は了承。そして、それを止めようとしたアルドーともども、殺害せしめた。
殺害は罪ではあるが、前国王たっての願いでもあり、その点は情状酌量の余地があり。ただ、無罪とするほどに温情を与える経緯ではなく、ゆえに、国外追放処分とす。
と、いう事になったようだ。
「裁判、終わったわね。……これでもう、私たちはこの国にいる事は出来なくなったわ」
「そうなってしまいましたね。思い出も色々とある国でしたが……」
「思い出は振り返って楽しむものよ。向かうべき所ではないわ」
お嬢様のこの真っすぐな所は、ヴァルジャンにとっては、誇らしいものであった。鬱屈せずに前を向く姿勢は、ヴァルジャンが望んだ、こう育って欲しい、を体現したものであるからだ。
二人は、手短に準備を済ませると、国の外へと出る。その際のティアハーン家の対応は、冷めたものであった。手切れ金を渡すのみで、他には何も無い。
ストーリーは書き換えられたが、それでも、国王殺しの汚名は付いているからだ。
今回の一件は、あくまで一部の者だけが知る所にあるという事情ゆえに、経緯を伝える事も憚られている。ティアハーン家の目に映る二人は、大問題を起こした大罪人のままであった。
ともあれ。
こうしてお嬢様は”元”お嬢様となり、ただ一人の女の子となった。ヴァルジャンも、”元”執事のただの青年となった。
とはいえ――二人とも、自分自身の肩書の変化についてはその自覚を持ったが、相手への意識の変化は無く。アルマはヴァルジャンの事を、”意中の男性”及び”執事”として見ているし、ヴァルジャンはアルマを”お嬢様”として今でも見ている。
「……と、ところで」
馬車が国境を越えた所で、ふと、アルマが俯く。
「どうされましたか?」
「私は、もう、ティアハーン家のものではないわ」
「そうですね。勘当されましたし」
「お父様から頂いた手切れ金が無くなれば、お給金を、ヴァルジャンに払えなくなるの」
「……そうですね」
「……」
アルマとしては、ヴァルジャンが居ればそれで良いとは思っているが、しかし、当のヴァルジャンが”お嬢様”では無くなった自分の傍にいてくれるのかは、実は少しだけ自信が無かった。
自分とヴァルジャンは、まだ恋人同士なわけでは無い。ヴァルジャンが、今まで自分の傍に居てくれたのは”執事”だから。
でも、ヴァルジャンを”執事”として傍に置くには、お金がいる。そのお金が無いのに、果たして傍にいてくれるのだろうか?
そんなアルマの考えは、実際はただの杞憂ではあるが、ヴァルジャンの心を覗き見でもしない限り、それを知る事は出来ない。
とにもかくにも、アルマは、こうして離れ行く郷里の姿を見て、自分がただの”女の子”になってしまったのだと痛感させられている。
だからこそ、ただの女の子である自分を、ヴァルジャンはどう見ているのだろうかと、それを考えると急に不安になって来る。
威勢が良く芯も強く見えるアルマだが、それはヴァルジャンありきのものだ。それを失ってしまえば、酷く脆い。だが、ヴァルジャンはそれに気づく気配が無い。
「……確かに、お嬢様の言う通りに、お給金が無ければ本来は執事など雇うことは叶いません」
「……」
少しずつ、アルマの顔色が悪くなっていく。青ざめて行く。それを見て、ヴァルジャンは少し調子が狂ってしまった。
いつものアルマなら、このような言われ方をしたのなら、もっと強気に出る。ヴァルジャンはそれを知っているから、なおさら変に感じたのだ。
なんだか今のアルマは、まるで、見捨てられる寸前の子犬のようにも見えた。
ヴァルジャンは、お金の大切さを説く為に、人を使うのにも雇うのも無料では本来出来ないのですよ、と言いたかっただけであり、給金が無くとも離れる気は無いのだが。
さすがに、世間知らずな”お嬢様”を、そのまま放置は出来ない、と思っているのであって。
まぁ、アルマにヴァルジャンの心が分からないのと同じで、ヴァルジャンにもアルマの心は分からない。
声に出さない限り、分からないし伝わらないのだ。
「で、ですが、私への給金云々の前に、お嬢様の今後の生活費の方が問題でしょう。手切れ金もいつかは尽きます。……魔力が無く初歩の魔術も使えないのですから、お嬢様には、そういった系統の仕事は出来ません。では、普通の仕事が出来るかと言うと……まぁ、平気でムカデとか掴みますし、出来そうと言えば出来そうですが、とはいえ、慣れるまでにも時間が掛かるでしょう。初期状態が世間知らず、ですから」
「……そ、そのような言い方は……面白くないわ」
「面白く無い……ですか? 困りましたね。私は、お嬢様の為に、普通の生活にも慣れるようにとお支えするつもりだったのですが。それが面白くないとなると、私は、お嬢様の傍にはいない方が良いという事になります」
「…………え? 私の傍にいてくれるの? で、でも何度も言うけれど、ヴァルジャンへのお給金は、私、払えない」
ヴァルジャンは小さく息を吐く。さすがに、アルマが落ち込んでいる事を察した。勿論理由は分かっていない。
「別にお給金は要りませんよ」
「ほ、本当に……?」
「むしろ私が工面する必要がありますね。お嬢様の生活費を」
「……ぜ、贅沢をするつもりはないから」
アルマは、ちらちらと上目遣いに、ヴァルジャンの様子を窺うと、
「……ありがとう」
ぽつり、とそう言った。頬をほんのりと朱色に染めたのは、その言葉を伝えるのを恥ずかしがった結果なのか、それとも、令嬢という肩書が無くなったとて、結局はヴァルジャンが付いて来てくれる事への喜びか、あるいは、惚れた男に支えて貰える嬉しさからか。
いや、その中のどれか一つではない。きっと……その全てだ。
今のアルマは、どこからどう見ても、誰がどう見ても、一人の恋する女の子であると言えよう。だが、しかし、それを一番に理解しなければいけないヴァルジャンは、やはりそれには気づく事は無く、
「……ありがとう、ですか。お嬢様から、初めて言われました」
ただただ、その事に驚いていた。「槍でも降るんじゃないでしょうか」と、ぽつりと零したくらいに、鈍感であったのだ。
声に出しても、伝わらない事と言うのもあったようだ。
――さて、国外追放を選んだ二人の物語は、今からが、本番であろうか。これまでの事が、少しばかり長い序章でしかないのは、誰の目にも明らかだろう。
一章終わりです。




