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跡地  作者: 陸奥こはる
第1章―国外追放、選びました。―
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4話:新国王に取引を持ち掛けました。

 慌ただしい事が起きたのは、夜の帳が下りた頃だった。ばたばたと走る音が聞こえた。何か異常が起きたのだろうか?

 耳を澄まして、音を追う。それは、段々とこちらに近づいていた。この時間に看守が来るとは思えない。

 ヴァルジャン達の牢屋の前まで来たのは、新国王だった。額に玉のような汗を浮かべている。


「……これはこれは、新国王様ではありませんか」


 一瞬だけ驚いた後に、お嬢様は、すぐさまに嫌味ったらしい言い方でそう告げる。だが、新国王はそれが耳に入ってはいないようで、息を荒げながら、ヴァルジャンたちの牢屋の鍵を開け始めた。


 いきなりの出来事に、二人が虚を突かれ目を丸くすると、新国王が膝をついて言った。


「た、頼む。助けてくれ」


 様子がおかしい。一体、どうしたのですか、とヴァルジャンは訊いた。


「前国王の遺灰が、突如として動き出し、近くの人間の体に入って行ったのだ。すると、なんという事だ。そやつが、急に、化け物へと変わったではないか。憲兵や宮廷魔術士を動員しておるが、どうすれば良いのか、手をこまねいておる。お主らは、化け物となった前国王を倒したのだろう? 力を貸してくれ」


 新国王は、ヴァルジャンの手に銃を握らせた。使い慣れた、魔術の”発動体”でもある銃だ。どうやら、緊急事態がゆえに手を貸して欲しくあり、それがゆえに一時保釈をするという事のようだ。


「……お主たちを裁判にかけようとしたのは、謝る。だが、仕方のない事であった。前国王の第二、第三皇太子の背後におる一部の者たちが、派閥争いと権力闘争をしておったのだが、あろう事か、そやつらが結託をしてしまったのだ。


 そして、皇太子兄弟に変な事を吹き込んだ。「前国王は病気ではありましたが、それが死の原因ではありません。病気で弱った所を狙われ、殺されたのです」と、そのような事をな。


 皇太子たちはまだ子どもだ。ゆえに、すぐに感情を剥き出しにする。第二皇太子も第三皇太子も、犯人をひっ捕らえて処分を下せ、と言い出した。子どもとは言え、前国王の子息であるからして、権力がある。二人同時となれば尚更だ。その言葉には、逆らえぬ勢力がおる。


 ……これらの目的は、私の失脚だ。事実など関係無い。お主らの一件を秘密裏とした事を白昼の下に晒し、国王殺しの提案者は私であると糾弾し、そこからの失脚を狙っておるのだ。あわよくばと暗殺も企てておるのやも分からぬ。


 これを知った時、私は、とても怖くなった。

 ゆえに私は、お主らを裁判にかけるのに協力する事で、この一件には一切の関与が無く、けれども在任中に起きてしまった事であるので、王位から退いて責任を取る――という形を取る事にした。


 それで、結託した皇太子派の連中も、納得した。奴らの目的は、ようは、私を退かせる事であるからな。


 ……これらは、真に一部の者しか知らぬ暗黙の事。それこそ、アルマ嬢の父君たる、ティアハーン公爵にすら知らされてはおらぬ」


 まくしたてるように、新国王は、二人を裁判にかけるとした事柄の事情を説明した。ヴァルジャンは、「そういう事でしたか」と沈痛な面持ちになる。どうやら、新国王にとっての複雑な事情が絡み合っての、掌返しの投獄であったようだ。


 だが、納得しきれない表情の者がいた。お嬢様だ。


「……話は分かりました。ヴァルジャンと私が行くのは構いません。罪のない人々が犠牲になるのは放っては置けませんので。ですが、その起きた問題を解決したとしても、私たちには一切の得がありません。いずれにしろ、裁かれる身なのではないですか?」


「それは……」


「どのような刑になるのかは分かりませんが、死刑の類の罪になる事だけは避けたいのが本音です。……そこで、取引はいかがでしょうか」


 何やら、お嬢様が妙な事を言い出した。だが、こういった時のお嬢さまをコントロールする事は、不可能に近い。ヴァルジャンは口元を歪ませて、お嬢様が何を言い出しても驚かないように覚悟した。


「な、なんだ取引とは」


「……今回の件を成したのならば、私とヴァルジャンを、国外追放処分にてお願い出来ますでしょうか。

 これはこれで重い罪ですが、死刑よりはずっと上等ですから。これならば、結託した派閥の人たちの体裁も保てますでしょう?


 結局の所は、国王殺しの罪人の存在と、その責任を取って退位する新国王の二つがあれば、それで事足りるのですから。

 国王殺しを無かった事にするのは、それでは、皇太子たちの振り上げた拳の降ろし先が見つからなくなるのですから、無理でしょうけれど……。


 ともあれ、国外追放処分になるよう、この二つの事柄を繋げたストーリーを新たに創る事くらいは出来るハズ。腐ってもあなたは今の国王なのですか、それぐらいは可能では?」


「わ、分かった。約束しよう。国外追放処分になるようにしよう。刑に関しては、裁判官とも相談してはおったが、まだ決めかねておったからな」


「そのお言葉、お忘れなきように。……ヴァルジャン、行きましょう」


 お嬢様は、凛とした鋭い口調で話を纏めると、先に一歩を踏み出した。ヴァルジャンはその後を追う。……国外追放処分とは、お嬢様も思い切った事を言うものだ。ヴァルジャンは、密かにそう思った。

 今回の件をダシに、もう少し強気で交渉を粘れば、懲役か何かで終わり、最後は国内で普通に生活出来るようになる道もあったかも知れないのに、と。


 これを伝えるのは二度目だが、ヴァルジャンは知らないのだ。お嬢様が、ヴァルジャンがいれば他はどうでもいい、と思っている事を。


 お嬢様は、自分自身とヴァルジャンの二人が死なない未来ならば、なんでも良かった。

 だから、相手がすぐに呑める妥協した条件で、早々に決めたのである。


※※※※


 前国王と、似たような姿の化け物がいる。大きさは、前国王ほどではないが、確かに似ている。


「……なるほど。【壱】番では駄目だったようですね。消し飛ばせたのだと思ったのですが……僅かにでも灰が残れば、そこから復活し、再び誰かに憑依しますか」

「どうするの、ヴァルジャン。この手の相手については、魔術を使える分、私よりあなたの方が良く知っているでしょう」

「お任せ下さい。あの時と違い、魔力も十分あります。次は、少し特殊なのを使います。範囲は狭いですが、幸い、相手もそこまで大きくもありませんのでキッチリ仕留めきれるハズです」


 ヴァルジャンは、銃口を化け物に向ける。そして、陣を展開した。銃口に魔力が溜まっていく。綺麗な紫色の光が、密度を濃くしていく。


「――魔術式を展開。番號【(はつ)】」


 弾丸を放つ。そして、化け物に着弾すると同時に、紫色の球体が増殖し始め、やがて化け物を全て覆い尽くし――きゅぽん、と無に消えた。


「……何よその魔術、私初めて見たのだけれど」

「滅多に使いませんから、【捌】番は」

「前国王の時もそれを使えば良かったのではなくて?」

「これかなり魔力を使うんです。それに、大きすぎると包み込めません。前国王サイズだと無理ですね」

「ふぅん……」

「ともあれ、これで、本当に終わりでしょう。塵一つ無く消え失せましたから。存在を丸ごと異空間に飛ばしましたので」


 ヴァルジャンは肩を竦める。

 実にアッサリとした終わりであったが、それもそのハズだ。

 前国王を倒した時、ヴァルジャンが満身創痍であった原因のほとんどは、父アルドーとの戦いの激しさによるものだ。


 もしもそれが無かったのであれば、今回よりは些か苦戦はしたであろうけれども、それでも余裕を持った勝利になっていた。


 執事であり、かつこの国において二人のみ――いや、アルドーが亡くなった時点で一人のみとなった、”特級”魔術士であるのが、ヴァルジャンであった。


 魔術師には、1級から10級までがあり、数字が少ないほど優秀であるとされる。特級と言うのは、それらの範疇には収まらずとされた、つまり更に上に存在すると認められた事実上の最強の称号だ。


 だからこそ、新国王も、今回の事態に対して、牢屋に入れたヴァルジャンの助力を乞うたのだ。

 お嬢様の提案に乗ったのも、それでヴァルジャンが動いてくれるのならば、という思いからでもあった。


 実の所を言うと、二人を国王殺しの罪で裁くに至った理由の中の一つに、ヴァルジャンのその強さがある。今回裏で動いていた一部の者たちは、その強さを危惧していたのだ。

 それが、じゃじゃ馬で高名な、あのアルマ・ティアハーンの執事をしている、というのも不安を倍増させた。一体いつ自らに牙を剥く事になるやも知れぬと、それを、恐れてしまっていた。


 事情はどうあれ、状況はどうあれ、もう一人の”特級”であるアルドーを倒し、そのまま、仮に化け物と成り果てたとしても国王である男をも殺めた。

 この報せを受けた時に、一部の人間の不安が、最高潮に達したと言っても過言ではない。ゆえに、どうにかして合法的に処分したかった側面もあった。


 だが、今回は転じて、結果的にその一部の者たちを助けた事となる。国内に混乱が起きる前に、こうして対処した事で。それのお陰もあってか、心象はだいぶ良くなっていたのであった。


 国外追放ぐらいなら、まぁ、それで許してやらんでもないと思って貰えるほどには。

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