最終話:2/2
沢山の求人票から、応募出来そうなものや、アルマが興味がありそうなものを夜遅くまで選別し続ける。
すると、夜までにはどうにか絞る事が出来た。
「あとは……」
「面接に行くだけですね」
二人は意気込みを新たに、顔を見合わせ、頷き合った。
明日面接に向かう職場は、アルマの興味があるもの以外にも、塗装仕事のような体や服が汚れそうな場所もある。
人手が足りないので誰でもどうぞ、という旨が記載されていた求人であり、全滅を避ける為の保険としてだ。
仮にそこだけに受かった場合、元お嬢様に、その仕事が本当に出来るのか? という疑念を抱く人も多いとは思うが、その点については大丈夫だ。
何せアルマは、幼い頃から平気でムカデを掴むような、そんな子である。山育ちと大差ないような感覚を持っており、そこらの街の子どもよりも、汚れる事には抵抗感が無いのだ。
街中のような場所で育った子は、貴族では無くとも、案外「虫を触るのNG」だったりすることも多い……。
公爵令嬢時代から、そんなに野性的なのはどうなのだ、という点は気にしないようにしよう。
ともあれ、これらの仕事の面接に全て落ちる、という事態は起きないだろう――
――と、二人はそんな風に考えていた。
だが、世の中はそこまで甘くは無かった。
結論から伝えよう。
全滅だった。
どこへ行っても、「うちでは……」と言われてしまったのだ。
なぜ駄目だったのか。
その理由は多々あれど、最大の障害となったのは、”元”お嬢様、であるという点に集約された。
――遠い異国から流れて来た、”元”お嬢様。となれば、何かしらのお家事情を抱えているかも知れず、それに巻き込まれる可能性もゼロではない。雇ったが最後、他国の貴族と揉めるなど、考えたくもない。
そう捉えられたのだ。
保険として考えていた汚れる仕事なんかは、あまり出自は気にし無さそうな所ではあったとは思うのだが、「元お嬢様がうちの仕事なんて出来るわけない」と拒否られた。
別の意味で”元”お嬢様という肩書が足を引っ張った感じである。
面接で落とした側の心配というのは、言うなれば、ほぼ全て杞憂だ。異国に流れてた来た理由は、国外追放で家から勘当されたからである。
お家騒動で逃れて来た何かの継承権持ちとか、ご落胤で存在そのものが秘されるべきだからとか、そういう理由ではない。
だが、
「ですが、国外追放の件を、言うにも行きませんからねぇ……」
元犯罪者、と言うのも、それはそれで嫌な顔をされるものではある。
ゆえに隠してはしまっていたのだが……しかし、二人は気づいていないが、それがゆえに、余計に怪しさが増してしまった所もあった。
他者の目からは、現在進行形で”何かの闇”を抱えている貴族、と言う風に映っていたのだ。
実際には闇も何もない、ただの追放された無職の女の子でしかないのだが。
しかし、そんなことは、初対面の相手には分からない。
「まさか全滅とは思わなかったわ……」
魂が抜けたような表情で、アルマが、白目になった。
ヴァルジャンも、さすがに全滅は考えていなかったので、頭を抱えてしまった。
「他に出来そうな仕事……。あら、ねぇ見てヴァルジャン。このお仕事はどうかしら。『元気な体を持つ女性なら誰でも歓迎。夜間営業のマッサージ店。素人でもしっかり教えます。何の道具も必要ありません。必要なのはあなたの体のみ』って書いて――」
「――その仕事は駄目です」
ふいに、アルマが手に取った求人票を、ヴァルジャンは奪い返した。それは、夜に男性といかがわしい事をする仕事だ。
この手の求人票は、非常に紛らわしい書き方をする。世間知らずのお嬢様は、何の疑いもなく、ただのマッサージ店と思っているようだが、そんな仕事をヴァルジャンは許さない。
奪い取った求人票を破く。
まさか、集めた求人票の中に、このような仕事のものまで紛れ込んでいようとは……。
「な、なにを急に荒ぶっているのよ」
「これは駄目です」
「そうなの……? でも、素人でも教えますと書かれているし」
「教わらなくて良いです」
ヴァルジャンが眼を細め、普段はあまり見せない、わりと本気で怒っている時の表情になった。
このような表情は、アルマとて、過去に一度か二度しか見た事がない。
国王と向かい合い、そして銃口を向けたあの時ですら、ここまでの表情をヴァルジャンは見せはしなかったのだ。
それぐらい珍しく、なにか逆鱗に触れたような感じがある。
アルマは、今先ほど奪われた求人票の内容を思い出す。確かに、マッサージ店と書かれていた。多分、指圧か何かなのだろう。
普通の仕事だ。そうは思った。
だというのに、なぜ、このような怒りを持つのだろうか。怪訝には思ったが、しかしヴァルジャンの雷は嫌なので、それとなくこの求人については忘れる事にした。
※※※※
「全滅か」
「そうなりました……」
夜も更けた。アルマが寝入ったのを確認してから、ヴァルジャンとユキは話をしていた。内容はお嬢様の仕事の件だ。
「まぁでも、難しいかもって事ぐらいは、お前も分かっていただろ」
「厳しいかも、とは思っていましたが、まさか全滅とは思いませんでしたよ」
「あの子に市井の生活をやって貰うよりも、お前が養った方が早いんじゃないか。……金の工面はするつもりをしていたんだろ? それなりに良い仕事も、お前なら出来るだろう。なんなら、私が紹介してやってもいい」
「お金は、確かに工面をするつもりをしていました。仕事の紹介は……、それには及びませんよ。自分でなんとかします。蓄えもありますし。……そもそも、住む場所もこうして提供して貰っているワケでして。それ以上は」
「ふふっ、そうか。……そうだ、これを飲め。気持ちが落ち着くぞ」
ユキが紅茶を淹れる。口につけて見ると、ブランデーを入れてくれたようで、少しだけ、ヴァルジャンの体が温まった。気分も良くなった気がする。
「……うん?」
ホッと一息をつくヴァルジャンの首筋に、唇の跡がある事に、ユキが気づいた。
随分と薄くなっており、明日にはもう消えているだろうそれは、明確に、”誰にも手を出させない”と言う力強さを放っている。
思わず、ユキは苦笑する。
こんな事をするのは、あの”元”お嬢さま以外にはいない。
恐らくは、ヴァルジャンが寝ている隙にでも、やったのだろう。
――どうしようかな。
そんな事を、ユキは考えていた。
確かに、応援をするつもりをしていた。
けれども、だ。
もう一度膨らみ始めたこの想いをどうするか、ユキは、未だに決めかねているのだ。
夜独特の時間が、静かに過ぎて行く。
ヴァルジャンとユキの二人は、気づいていなかった。
まさかこの時に、たまたま起きて来たアルマが、点いた光を怪訝に思い、様子を見に来ていたことを。
※※※※
「はぁ……」
明日以降の事に頭を悩ませるヴァルジャンは、溜め息混じりに部屋に戻った。そして、その時だった。急に誰かに抱き着かれた。
「えっと……」
良くみると、それはアルマだった。どうやら、起きてしまっていたようだ。
「どうされ……」
と、そこまで言いかけた所で、ヴァルジャンはアルマの様子がおかしい事に気づいた。泣いていたのだ。
原因は単純だ。
先ほどの、ユキとヴァルジャンの二人が、夜に会話していた所を見てしまったからである。
そんなに深い仲ではないかも、と安心していたのに、あれは、そんな中では不意打ちにも等しい。
気持ちが抑えられなくなった。
……ここから先の事は、ただ、皆さまのご想像にお任せしようと思う。そして、このお話の結末である、二人が結ばれるまでの経緯についても、皆さまが思い描く道にて、きっとそうなったのだと、そう考えてくれて良い。
では、一旦、ここでこの物語は締めようか。まだまだ続く二人の軌跡を語るのは、また、別の機会にしよう。
私は、そのように考えている。
――fin。
終わりです。続きは書くかどうか分かりません。完結解除で続き書く可能性もありますが、ひとまずは疲れたので完結です。なので設定も完結になってます。
ともあれ、一旦はこうして終わりを迎えました。ブクマ&↓にある応援ポイントの☆を頂けると嬉しいです。励みになります。




