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跡地  作者: 陸奥こはる
第2章―女執事、現れました。―
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2章最終話:お嬢様は寝ていました。

 謎は深まる。

 だが、あれの発生原因はさておき、今はこの集団をどうにかするのが先決だ。

 こういう時は、適切に迅速に制圧が正しい。

 特に、相手も魔術士となれば、一気に組み伏せるべきであった。


「……取り合えず、一気に全員地に伏して貰いますか」


 言って、ヴァルジャンは、発動体の銃を引き抜く。


「――魔術式を展開」


 次の瞬間、廃工場の上に、一つの陣が出現する。廃工場の屋根全体を覆うような、大きな陣だった。そして、その陣から全く同じ陣が分離するようにして現れ、片方が一気に下降して建物を透過し地へと向かった。


「番號【()】」


 ヴァルジャンの魔術の中でも、この【肆】は、特に戦闘で頻繁に扱うものである。その効果は――


 ――陣と陣の間にある全ての物体に、加圧を掛ける、と言うものだ。任意の範囲に、任意の圧力をかけられるのだ。

 範囲が広がれば制御がより難解となるこの魔術は、今回のような大規模なものとなると、当然におのずと加えられる最大圧力も低減してしまうが……まぁ、殺すのが目的ではなく、制圧が眼前の目的なのでこれで問題は無い。

 なお、陣を狭めれば、常軌を逸したレベルの圧を加える事も可能である。アルドーの腹に風穴を空けたように、だ。


 ときに、ヴァルジャンは何の苦も無くこれを使っているが、通常の魔術士は、この魔術を扱う事が出来ない。

 使える。それも頻繁に。というのは、ヴァルジャンだからだ。他の魔術士にとっては、そもそも陣を発生させる段階ですらあまりに複雑過ぎた。

 1級の魔術士であっても、仮にどうにかして陣を発生させる事が出来たとしても、そこで終わる。行使の分の制御までは出来ない。

 ヴァルジャンが”特級”たる実力者であるからこそ、扱えているのだ。


「――っ」

「――ぁ」


 放った弾丸が、上空の陣の中央を貫くと同時に、廃工場から『めきっ』と言う音が漏れる。上空の陣と地面に潜った陣の間にある全てが、当然に生物も、喋る事すらままならず圧し潰され、身動きが取れなくなった。


「……さすが”特級”」

 

 ひゅう、とユキが口笛を吹く。だが、ヴァルジャンからすれば、数字持ち程度の魔術士はいくらいようと烏合の衆でしかないのだから、当然の結果であった。

 相手になるのは、同じ”特級”か、あるいは一点特化したような、特殊な魔術の使い方をする一握りの1級や特1級くらいである。


「さて、こうして抑えつけましたし、後は警邏隊を呼んで来て下さい。いくら魔術士の集団とは言え、この状態なら、恐れるに足らないとしてやる気を出すでしょう」

「それは良いんだけど……この化け物はどうする? 警邏隊も驚くと思うんだけども」


 言われて、ヴァルジャンは、化け物を見る。他の魔術士たちと同じように、【肆】による圧力には耐え切れず、身動き一つ取れなくなっている所だった。


「……警邏隊が来るまでの間に、私がなんとかしましょう。似たようなのと、やりあった経験がありますので」

「……追放の原因になった『国王』と似ているって事か? 分かった。なら、扱いはお前の方が慣れてるだろうしな」


 と、ユキが踵を返したと同時だった。ヴァルジャンの目に、化け物が、見えない圧に抑えつけられつつも、僅かずつに指を動かし、魔術の発動体に触れた瞬間が映った。


「――ユキッ!」

「――ふえっ⁉」


 ヴァルジャンは、ユキの腕を引っ張ると、そのまま強く抱擁する。その脇を、魔術の行使による一筋の光が通って行く。


 これは、当たれば一瞬で洗脳を施す、魔術の中でもそこそこ複雑な代物の一つだ。だが、同時に、それなりの魔力を消費する魔術でもある。


 これを使える魔力があるとなると、どうやら、化け物が憑依した人物が、ユキが心配していた1級か2級かのどちらかだったようだ。

 そして、この魔術を知っているとなると、この化け物、憑依した人物の扱える魔術も使えるらしい。以前に似たようなのと戦った時には、まるで使って来なかったのだから、そうではないと説明がつかない。


「……」

「えっと……え? ヴァ、ヴァルジャン……?」


 ヴァルジャンの胸に抱かれ、周囲が見えない為に、ユキには状況が分かっていなかった。ただ、いきなり腕を引っ張られて、そして強く抱擁をされたとしか認識していない。


「――魔術式を展開」


 陣を展開すると同時に、銃口に魔力が溜まっていく。紫色の光が、徐々に濃くなっていく。【肆】との多動展開にはなるが、大して疲れているわけではないので、簡単に出来る。


「番號【捌】」


 弾丸が化け物に到達すると同時に、魔力と同じ色をした球体が増殖を始め、そのうちに対象を全て覆い尽くし――きゅぽん――と消える寸前の事だ。化け物の口が動いた。ヴァルジャンは口の動きを追った。


 邪魔、ヲ、スル、ナ。


 邪魔、と言うのが何の事を指しているのか、ヴァルジャンには分からなかった。

 行動理念に見当がまるでつかないからだ。

 化け物には謎が多い。

 ただ、以前に戦った化け物とは違う、という事だけは分かる。前に戦った化け物は、確かに、魔術で異空間に消し飛ばしたからだ。


「……何かあったのか? 今魔術使ったよな?」


 腕の中のユキも、ヴァルジャンが魔術を使った事で、さすがに事態を把握したらしい。ヴァルジャンは、今起きた事を丁寧に説明した。


「というワケなんです。まぁ、終わりました」

「……なるほどな。終わったのか」


 緊張感が解かれていく。二人も安堵の溜め息を吐く。と、そこで、ユキが「ところで」と切り出した。


「どうしま――」

「――いつまで抱きしめてんだ?」


 ヴァルジャンは、ユキを力強く抱きしめていたままだった事に気づいて、慌てて手を離した。


「あぁいえ、単に、危なかったなと思いまして」


 それは事実だ。それ以上の意味は本当に無い。それがヴァルジャンの胸中であるし、ユキも、そんな事くらいは分かっている。

 ところが、だ。

 ユキは、大きな危険が去ったと理解した所で、ふいに、今しがたヴァルジャンに抱擁されていた時に嗅いだ匂いを、思い出していた。それは男の匂いだった。苦い感じの匂いだった。まるで、噛み過ぎて味の無くなったガムのような。


 ガムと言うのは、不思議なものだ。味が無くなっても、弾けても、噛んでくっつけて空気を入れれば、また膨らむのだ。


 ガムが好きだ。ユキはガムが好きだ。


 いけない事だとは分かっている。もう過ぎ去った過去で、簡単に諦めた思いだった事も、自分自身で理解している。あのお嬢様に対して、「まぁ、頑張りなよ」なんて小さくエールも送ってもいた。そもそも、今はこんな事を考える場面でも無い。


 分かっている。

 そんな事くらい、分かっているのだ。


 でも、今またもう一度だけ噛んでしまったから……少しだけ空気が入ってしまったから……それが、膨らんだ気がした。


「……ヴァルジャン」


 ユキは、そっと近づくと、ヴァルジャンの唇に自分の唇を押し当てた。たった一回だけ。これ限り。そう決めての口づけだった。


「……手伝ってくれて、ありがとう。助けてくれて、ありがとう」


 でも、本当にこれきりになるのかは、ユキ自身、決めかねてはいる。染まった頬の色は、無垢な少女の桜色ではなくて、大人の紅色。あの”元”お嬢様には、悪い事をしてしまったと、そんな申し訳なさも感じている。


「えっ……? えっ?」


 突然の幼馴染のキスに、ヴァルジャンは困惑した。なんだか最近、困惑する事が多い。一体全体、どうしてこんなに戸惑う事ばかり起きるのか。


※※※※


 誘拐未遂の集団は、無事に警邏隊に引き渡された。ユキは、先ほどの口づけの事など、何も気にしていないかのように普段通りに戻り、欠伸をしつつ「寝る」と言って寝室へと向かった。


 きっと、先ほどの行動は、悪戯か何かだったのだろう。ヴァルジャンはそう思い、先ほどの事は忘れるようにしようと決め、アルマが睡眠を取っている部屋へと戻った。

 二人は同じ部屋で寝泊まりする事になっていた。

 空き部屋が一つしかない、と言われたからである。

 勿論ベッドは二つある。さすがに、二人で一つのベッドでは無い。手紙に二人で向かうと書いた事もあって、来るか来ないかは別にして、ユキが用意してくれていた。


「……ヴぁるジャん……」


 寝言で呼ばれて、ヴァルジャンは、「うん?」と耳を傾けた。


「……傍……離れない……で……」


 思わず笑ってしまった。

 けれども、なんだか、安堵もした。

 前に、もしもいつかお嬢様が自分を必要としなくなったら、と考えた事があった。

 でもそんな事は、気にするだけ無駄なのだ。お嬢様は”今”自分を必要している。それだけで十分では無いか。


「はい。お嬢様が、私を必要として下さる限り、いつまでも……」


 たまに、暴力を振るってくるお嬢様ではある。でも、そんなお嬢様の隣が、ヴァルジャンにとって実は一番安心の出来る場所であった。


 アルマがヴァルジャンを必要としているように、ヴァルジャンもまた、アルマを必要としている。二人は切っても切れない関係にある。


 ただ、片方に自覚が無いだけだ。二人の気持ちは、二人も知らない所で、きちんと通じ合っている。

という事で、2章最終話となりました。

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