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跡地  作者: 陸奥こはる
第2章―女執事、現れました。―
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2章5話:弾けました。

 誤解を解くのに、小一時間ほどを、要した。

 ユキの呆れたような視線に、ヴァルジャンは思わず、頭を掻く。この男の名誉の為に言っておくが、ヴァルジャンは別に変な事を考えていたわけではなく、あくまで純粋にアルマを――つまりお嬢様の事を思ってした行動だ。


「……なるほど」

「そういうワケなので、私が変態になったとか、そういうワケではありません」

「傍から見たら完全に変態だけどな。見た目がそこそこ紳士なだけに、なおのこと気持ち悪い」

「……」

「取り合えず、それは戻して来いよ」

「えっ」

「気持ちは分かるが、それはあの子のものだ。お前がどうこうして良いワケが無い。……もしも、それでもどうにかしたいと思うのなら、あの子が自ら『これは必要ない』と思うように誘導しないと意味が無い。でないと、無くなった事に気づいて、また買うだけだと思うぞ」


 その一言には一理あった。

 無くなった事にアルマが気づけば、もしかすると、また買うかも知れない。それを買うに至った理由をなんとかしなければ、同じことが起きるだけ。

 それは確かにその通りである。

 まぁ、理由がヴァルジャンであるので、それを知るという事は、アルマの気持ちに気づく事を意味するのだが……。


 ともあれ、ヴァルジャンは、ユキから正論を吐かれて口を歪ませた。


「ユキの言う通りかも知れませんが……」

「言う通り”かも”じゃなくて、それが全てだろ。お前も”元”であっても執事なら、それが気に入らないのならば、そうならないように教え導くべきだ」


 そして、この時ユキは、煮え切れない態度を示したヴァルジャンに、あえて言わなかった。


 ――あの子はお前が好きなのだから、そもそも、こういった下着も誘惑なりを目的として買ったのだろうから、原因はお前そのものだ、と。


 それは、アルマの気持ちを考えての事である。


 好意を勝手に他人伝手で伝えられて、引っ掻き回されるほど、嫌なものは無い。女の子の中には、周りが動いてくれる事を期待する子もいるにはいるが、あの子がその類ではないのは明白だ。むしろ、特に嫌がる方だろう。


 ユキは、アルマの性格を、もう既にしっかりと掴んでいた。だから、勇気が出なくて代わりに伝えて欲しいとでも言われない限り、過度な干渉をする気は無かった。


 とは言え、少しだけ面白そうと思ったのも事実なので、『それを買うに至った原因を知れ』と言う趣旨の事を、遠まわしには言ったワケだが……。


 まぁ、それぐらいならば、許される範疇であろう。


「……にしても、こんな夜中に勝手に下着を持ち出した挙句、握りしめてウロつく変態眼鏡のどこが良いんだか」


 ユキは、溜め息混じりにそう言った。が、それは実は、そのまま過去の自分自身に跳ね返って来る言葉でもあった。

 昔の話にはなるが、まだ十代後半の頃のユキは、ヴァルジャンに思慕を抱いていた事があるのだ。


 背が高い自分よりも幾らかではあるが高身長で、喋り方や物腰も柔らかく、魔術士としても早々に”特級”に上がった男。

 顔だってどちらかと言うと良いし、眼鏡のお陰で知的にも見える。優しくされた事や、助けて貰った事だって何度かある。


 心を寄せるには、十分すぎる理由を持って、そして現実に好いていた時期が確かにあったのだ。


 けれども、だ。

 それはあくまで過去形だ。

 時間が経つに連れ、自分の立ち位置が”幼馴染”で”友達”でしかない事を知って、ユキはすっと身を引く事を選んだ。

 見た目からは想像も出来ないが、悪あがきが出来るほど、強い女では無かったのだ。


 しかし、過去とは言え、自分自身もヴァルジャンに惚れていたのだから、「どこが良いんだか」等と言う言葉はそっくりそのまま返って来る言葉である。


 口に出してしまってから、ユキはかつての自分を思い出してしまい、苦笑してしまった。


「……ユキの言う事はもっとも。こういった物に、興味を持たないように導けなかった、私の失態でもあるのは事実です。であれば、仕方がありません」


 観念したような表情で、ヴァルジャンは、下着を戻しに行った。

 そして、その後ろ姿を見ていたユキは、ある事に気が付く。

 今自分が見ているのは、かつて追いかけたハズの男の背中であるのだが、しかし、思いを寄せていたあの頃とは随分と違って見えることに、気が付いたのだ。


 そこにあったのは、好きな男の背中ではなく、友達の背中であった。


「……まぁ、頑張りなよ」


 ユキのその呟きは、ここにはいない、アルマに向けたものだ。少しの事で嫉妬して、傍から見ても大好きが抑えきれていない、あの”元”お嬢様に対しての、小さなエールであった。


 頬を引っ掻きながら、ユキは、口中にあるガムをいま一度膨らませた。

 ガムが好きだ。ユキはガムが好きだ。

 甘くてすぐに膨らんで、けれどもちょっとした事で、すぐに弾けてしまうその在り方が、上手くは言えないけれど、どうしようもなく好きなのである。


 膨らんだガムは、ほんの少しだけ甘い香りを漂わせながらも、弾けて飛んだ。そして、ユキが過去にヴァルジャンへ抱いていた思いの残り香も、ガムと一緒に、弾けて飛んだ。


 口の中に残ったのは、僅かな甘さの余韻だけだ。


※※※※


 夜の街は静かだった。

 人通りは昼に比べれば少なく、姿が見えるのは、酒に酔った人物か、もしくはこの時間帯にする仕事をしている人だけである。


「それで、こんな時間に、私に手伝って欲しい事とは?」


 ヴァルジャンは、ユキに問う。


「……まぁちょっと。頼りにしてるよ。”特級”魔術士」

「その言い方って事は、もしかして、戦う系ですか?」


 ユキが、頼み事でわざわざ”特級”を強調する時は、大体、荒事絡みだ。過去にも、何度か似たような頼まれ方をした事があるので、ヴァルジャンにはすぐに分かった。


「ふっ…」


 と、ユキが鼻で笑った。その仕草が何を意味しているのか、これまたヴァルジャンは知っている。――肯定の意である。

焼けぼっくいに火は付きやすいって事を先に言っておきます。

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