2章4話:誤解されました。
机の上には、紅茶が並んでいる。三人分だ。良い香りが辺りにも広がっており、精神的にも落ち着けそう……なハズなのだが、実際はとても重苦しい雰囲気が場を支配していた。
「……なぁ、私何かしたのか? 何もしていないと思うんだが」
ユキが、ヴァルジャンに耳打ちをした。その問いの理由は単純明確だ。先ほどから、アルマが半眼でじとっと見つめてくるからだった。
「すっごい私のこと睨んでね?」
「です……ね」
怪訝そうに頷きながら、ヴァルジャンも思考していた。
なぜ、お嬢様はユキを睨むようにして見ているのだろうか。確かに、初対面のハズなのだ。そういえば、先ほど急に自分の足を踏みつけて来たりもした。何か様子がおかしい……。
そう、何かがおかしい事には気づいているのだが……しかし、ヴァルジャンはその答えに辿り着く事が出来ずにいた。
「まぁ……たまに、こうなりますから」
どうにかひねり出した結論が、それだった。良く分からないが機嫌が悪くなる事は、以前からあった。だから多分今回もそんな感じなのだろう、と思ったのだ。
「気難しい子なワケだ?」
「気難しいって程でもないですけど。良い子ですよ」
「……ふぅん」
と、そんな風に二人でこそこそ話していると、アルマが口を開いた。
「随分と仲がよろしいのですね。まぁ、お綺麗な方ですし、ヴァルジャンも鼻の下を伸ばしたいのでしょう」
ずずず、と紅茶をすすりながら、けれども半眼を止めない。
「なにを急に……。失礼の無いようにしたい、みたいな事を仰っておられませんでしたか?」
「私は、別に、ユキさんにどうこう言っているわけではありません。あなたに言っています。ヴァルジャン」
「え、えぇ……」
こうした二人のやり取りを、ユキが観察していた。特に、アルマの様子を見ていた。それは、どうして自分が睨まれるのか。なぜ、この子は攻撃的な物腰なのか。それが気になっていたからだ。
そして、なんとなくの感覚的にだが、二人の会話を横で聞いていて、ユキはある答えに辿り着いた。
この子はもしかすると……。
「……仲が良いと言うよりも、幼馴染だから、取り繕うにも本性なんてバレてるしで、だから大して気を使わないのはあるよ。でも、それだけ。直接会う事はあんまり無いからねェ。仲が良いともまた少し違う」
「あぁそれは確かに。距離もありますから、色々と親の付き合い等で顔を合わせる機会の多かった子ども時代ならともかく、今は年に数回会うか会わないかくらいですよね。連絡も、ユキも筆不精ですから、出しても返して来ないのも当たり前ですし」
「そそ。単に、最初にお互いが顔を合わせたのが、子どもの頃ってだけ。実際に接した付き合いの長さで言えば、お嬢様との方が長いんじゃない?」
ふと、アルマの表情が緩んだ。そして、ユキは確信した。――この子、ヴァルジャンの事が好きなんだな、と。
「……それも確かにその通りです。考えてもみれば、実際に接した時間は、お嬢様との方が圧倒的に長いですね」
だが、一方のヴァルジャンは、これまたいつもの事だが、アルマの気持ちに気づく気配はまるで無い。ユキが、あえてアルマに華を持たせるように、気分が落ち着くように話を持って行った事にも、気づいていなさそうだ。こいつアホだよな、とユキは思った。
「紅茶、おいしゅうございました。……鼻腔をすっと通る清涼感溢れる香気。これは中南の高地原産の茶葉の特徴ね。けれども、そのわりには渋すぎない舌触り。使った茶葉のサイズはファニングスかしら。飲み手を選ばず、香りを楽しませる淹れ方ね。とても上手よ」
アルマが饒舌に語る。別に、急に自分が”元”お嬢様である事を、思い出したわけではない。
単純に、自分が思っているよりもヴァルジャンとユキの仲は深くなさそうだ、と知って安堵したからだった。
その結果、こうした部分にも気が回る程度には落ち着いたのである。
「え……? あ、あぁ、まぁ」
ユキは、紅茶について完璧に言い当てられた事に一瞬だけ驚いたものの、まぁ、分かりやすい子だなとも思った。
※※※※
夜の帳が下りた頃。
うさ耳の着ぐるみに身を包み、すぅすぅと寝息を立てるアルマの額を、ヴァルジャンは一撫でした。
昼には元気そうに見えたが、それでもまだアルマは16歳の女の子だ。国外追放から、気が休まる時はあまり無かった。こうして、何も考えずにただ休むだけの睡眠は、久しぶりなのだ。そのせいか、良く眠っている。
「……では、少し出かけて来ますね」
聞いているわけはないと思うが、一応、声だけは掛けて置く。ヴァルジャンは、今から出かける。ユキに『今夜ちょっと』と言われた事を、きちんと覚えていたからだ。
なるべく物音を立てないように――と、その前に、ヴァルジャンはこっそりお嬢様の箱から、煽情的な形のあの下着を拝借する事にした。これを捨てる事も、当然に忘れていなかったのだ。
「これはお嬢様には必要のないものですから……」
すすすっと部屋から出て、まず、ゴミ捨て場を探す。さっさと捨ててしまいたい。ユキを待たせるワケにも行かない。
しかし……中々ゴミ捨て場が見つからなかった。
ユキの屋敷には、ヴァルジャンも以前に来た事があるのだが、それも数年前の事であった。記憶がおぼろげな上に、屋敷内は模様替えもされているようで、そのせいで、まるで初めて来たかのような錯覚を覚えていた。
もともと、ユキは、それなりに有名な執事の家系だった。だから、この屋敷も一族が所有している中の一つなのだが、これが中々に広い。そのせいで、余計に迷ってしまう事態にも陥っていた。
「……中々来ないと思ったら、お前何やってんだ」
ふいにユキの声がして、ヴァルジャンはバッと振り返った。そこには、噛んでいるガムを、ぷぅと膨らませ始めていたユキがいた。
「早く手伝い――」
と、そこまで言いかけてユキが、ぎょっとして後ずさった。同時に、パンっ、と膨れたガムが弾けた。
「お、お前、なんちゅう下着を握ってるんだ!」
「ち、ちちち、違うんです。これは違うんです。ご、誤解です。私は無実です」
ところで、皆さんは知っているだろうか。私はやっていない、と犯罪者が良く言う事を。




