第7話 鏡の向こうのシャルロッテ① 元の世界の私
私は部屋へ戻って簡単な食事と着替えを用意してもらうと、侍女を下がらせ一人になった。
一家族の暮らすマンションのリビングほどある広い個室には、クイーンサイズのベッドが置かれ、装飾の沢山ついた化粧台や大きなクローゼット、書き物ができそうなビューローに、食事の置かれた二人用程度のテーブルと椅子のセット、三人掛けのソファーがあった。
隣の部屋には大きめの風呂場やトイレもある。
トイレのレバーを押して流してみた。
「良かった。水洗トイレだ」
食事の後、一人でゆっくりお風呂につかった。
お湯を手ですくい、顔を近づける。
「何入れてるんだろう。良い香りがする」
先ほどの食事もシチューとパンで、味は良かった。日常生活に支障はなさそうだ、とひとまず安心する。
「疲れたし、今日はよく眠れそう」
早速ベッドへ向かった。
が、そのとき。何か違和感を感じ、振り向いた。
窓の近くに、最初に神殿で見たものよりだいぶ小さいが、とても似た顔の、女神像が置かれていた。
こちらの女神像は小さいが、手を広げたくらいのサイズの鏡を持っている。
近づいて、祈っておく。
「明日、残りの人達も無事に見つけられますように」
すると、どこかから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ああ、やっと見えましたわ。小夏さん、わたくしよ! シャルよ!」
これは――元の私の声だ。
鏡をのぞくと、中に元の私――小夏の顔が映っていた。
「……入れ替わってたってこと?」
「そうなの。ごめんなさい。わたくしの勝手に巻き込んでしまい……」
謝っているが、思いのほか元気で笑みがこぼれている。
「女神像を介して、話せるの? あと、そちらは大丈夫?」
「ええと、順に答えますね。
まず、一つ目。神殿の蔵書室にあった古い本を読んでいたら、女神様にお願いしてとある儀式を行うと、異世界の人と入れ替わることができるというお話が出ていまして、試したら、出来ましたの。
あと、本によると、その後も女神様の像を介して話すことはできるようなことが書かれていました。こちらは今やっと出来た感じです」
「そっちは、女神像はどうしたの?」
「紙に絵を描いて、部屋の鏡に張ってみました」
向こうの私の姿をしたシャルが満足気に微笑む。
「あと、二つ目。わたくしは元気です。
最初は大変でしたわ。気が付いたら賑やかな街中にいて、家も分からず。人に聞いたら、交番とやらに連れて行っていただき、記憶がない、家への帰り方も分からない、とお話しして……結局電話をかけて、ばあやに迎えに来ていただきました」
実家暮らしで良かった。いきなりの記憶喪失で家族は驚いたろうが、衣食住はどうにかなっているだろう。
「あれ? ばあや、とは?」
「こちらで小夏さんのお家に住み込みで働かれている老夫婦の、ご婦人ですね」
「それ……母だ。侍女とか執事とかいない、一般家庭だから」
「ええっ、ご両親でしたの!?」
向こうのシャルが驚いて口を両手で覆う。
早速やらかしていたか。私は頭を抱える。
「明日にでも謝って」
「……会社には、連絡した?」
「会社?」
認識していなかったか。私の胸がすっと冷える。
「こちらで言うところの神殿とか、商業施設かな? 組織で仕事をしているの。休む場合は、連絡するのよ」
それから、付け焼刃ではあるが、会社での仕事やルールについて説明した。
「休暇は溜めてたから、数日は休んでも大丈夫だとは思う。記憶をなくしたことを伝えても良いかも」
「そうなのね。連絡してみるわ」
「でも、段々と、仕事に慣れてね。小夏はお金、自分で稼がないといけないのよ」
「ええ。頑張ってみますわ」
「……話し方も、そこまで丁寧でない方が良いかも。庶民なので」
「そうなのです……そうなのね。頑張ってみるわ」
「じゃあ次に、こちらのあなた、シャルロッテのことも教えて」
「ええ」
「どういう人かとか」
「そうね。まず、名前はシャルロッテ・マンダリン。年齢は十八歳。マンダリン王国の、第三王女。姉が二人と、兄が一人いるわ。兄が王家を継ぐ予定」
「趣味とか得意なことは?」
「趣味は、ドレスを見ることとか、趣味で得意なのは刺繍や裁縫、紅茶を淹れること。あと、一応婚約者がいる。花嫁修業というか王妃教育も一通り受け終わったところだから、ある程度の教育とダンス、マナーは問題ないレベルだと思います……思うわ」
「うわ、ダンスとかマナーとかは無理」
「頑張って。私もお仕事頑張るから」
向こうのシャルが握りこぶしをつくり、励ましてくれる。自分に励まされるのは不思議な気分だ。
「……婚約者、いるんだね」
「他国の王子で、政略結婚だから、形だけだけどね」
そこで、かなり時間が経っているのに気付く。明日のために寝ておきたい。そろそろ本題に入ろうと思う。
「その人のこともまたおいおい教えてもらうとして……そもそもなんで、入れ替わろうと?」
それまでの笑顔が消え、向こうのシャルの表情が、一瞬で曇る。
「もう、無理だと思ったのよ……」
そして彼女は、ぽつり、ぽつりと語り始めた。
【人物紹介】
主人公 シャルロッテ・マンダリン/中身は天野小夏:マンダリン王国の十八歳の第三王女で聖女。ただし現在の中身は、日本で暮らしていた四十歳の会社員・小夏。揺れの大きさを体感でかなり正確に当てられる特技がある。甘い物が好き。そしてこの世界でもふもふに目覚めた。
天野小夏/中身は元のシャルロッテ:現在は鏡の向こうの日本で小夏として暮らしている本来の第三王女シャルロッテ。刺繍や裁縫が趣味で得意。彼女が女神様に祈って入れ替わった。




