第20話 過去のもふもふ勇者と失われた日記
勇者についての本は、王家の書庫にあるかもしれない――そう、シトロン神殿長は話していた。
お茶会の後、魔法の講義はお休みをいただいていたので、私は王家の書庫のある王室図書館に行ってみることにした。
ネロリや侍従に言って書庫へ連れて行ってもらうと、入り口を入ってすぐにワン公が立っているのが見えた。
「あ、ワン公もここに来てたのね」
「ええ。僕はケーキを出したあと戻ったら教授に会って、王室図書館へ行くと聞いたからついてきたところ。シャルさんは?」
「昨日神殿長に、勇者についての本はここにあると聞いたから、読めるかなと思って」
ワン公の顔がぱっと明るくなる。
「正にその、勇者の本を王立学院の研究者さんたちが見せてくれるって言って、教授を連れて行ったところだよ」
二人でそんな話をしていたところに、奥から教授が現れた。
「この本が……ここにあった」
研究者たちに図書館の奥の部屋へ連れて行かれていた教授は、一冊の本を両手で差し出した。
『地鳴りの仕組みを追う勇者の記録 ランドルフ・ヴェルム著』
表紙を開くと献辞がある。
『氷原より共にこの地へ来たりし恩師に捧ぐ。
どちらの世界でも、あなたは真の勇者であった。』
教授の本を持つ手が震えていた。
「これは……我々の世界で失われたはずの日記かもしれん」
「え?」
私は良く意味が分からず聞きなおす。
「大陸移動説を唱えた学者とその弟子が、過去に勇者としてこちらの世界に召喚されていた――ということですか」
私の後ろから声がして、振り向く。
そこに立っていたのは、ワン公だった。
「ああ。君も、知っていたか」
教授がワン公を見る。
「私にとっては、元の世界の勇者だ。その失われた日記の続きが、ここに書かれているのかも知れん」
教授が言うと、ワン公が静かに頷いた。
「そうでしたか……」
二人の中では分かっているらしい。でも私にはまだ意味が分からない。
「大陸移動説って私も名前程度は目にしたことあるけど……でも、失われた日記って?」
「大陸移動説の学者さんは、調査のために行った氷原で消息を絶ったんだ。結局半年後にそこで遺体が発見されたのだけれど。元々心臓が弱っていて、死因は確か、過労や寒さによる心不全」
「それがなぜ召喚に繋がるの?」
「彼の日記と、一緒にいた同行者はその後も見つかっていないんだ」
「……その後の話が、ここに書かれていると?」
「そういうことではないかと思われる。詳細はこれから読むのだが」
「分かったら、ぜひ私も聞きたいです」
「ああ。読んだら皆に共有しよう」
「それはそうと……柴谷君は、ずいぶんその辺のことに詳しそうだね」
教授がワン公をじっと見る。
「いえ、昔ちょっとかじったことがある程度で、全くの素人です」
ワン公の目が泳ぎ、教授の後ろで不思議そうな顔をしていた研究者たちを捉える。
「それより、この世界での勇者についての話を研究者さん達にも聞いたほうが良いんじゃないですか?」
「あ、それ私も一緒に聞いて良いですか?」
私もずいっと前に出る。この機を逃したくない。
教授がはあ、とため息をついた。
「……そうだな。せっかく一緒にいるから、話を聞いてみよう」
私たちは研究者たちに連れられて、話を聞けるよう、図書館から別の個室へ移動した。
◇◇◇
セミノールという研究者の話の概要は次のとおりだった。
二百年前に地鳴りを起こす魔王が現れ、白熊の勇者とその弟子のペンギンの守護者が召喚によりこの世界に現れた。
二人はマンダリン王国の各地を旅して地鳴りについて調べ歩き、最終的に魔王に行きついた。
しかし魔王は完全には倒すことができず、地下へと封じた。
召喚の際の契約は、魔王を倒すか亡くなると元の世界に戻ることができるというものだった。
魔王を封印したあと、白熊の勇者は心臓の病が悪化して亡くなったが、亡くなる直前に、身体だけでも元の世界へ戻して欲しいと願った。
ペンギンの守護者は残り、魔王を封じるまでの記録や地鳴りについて得た知識を書き残す選択をした。
「過去のもふもふ……ペンギンの守護者が、本を残した『ランドルフ・ヴェルム』だったわけですね」
私が言うと、教授が頷いた。
「そうだな。我々の世界では百年前であったのが、こちらでは二百年前。時間が少し異なるようだが」
「浄化はできなかったのかな」
ワン公が呟く。
「聖女様は勇者様たちの怪我などの治癒はしたようですが、一緒には行かなかったからでしょうね」
私は神殿長に聞いた話を話す。
それから、教授の手に持った本を見た。
「この本に、魔王についてのことや、封印などが書かれているんですね」
教授が頷く。
「ああ。早く読んで、今後の対策を立てんとな……」
ワン公と私も頷いた。
◇◇◇
過去の勇者の残した記録の話を聞き、私も聖女の本を読み進めたい気持ちが強まる。
翌日、魔法の講義の前に少し早めに神殿へ行き、蔵書庫へ足を運んだ。
例の、古い本は昨日と同じ棚に、同じように置かれていた。
席に腰かけ、表紙を、ページを開き、ペラペラとめくってみる。
見出しに、年号と日時、名前が書かれた後に、文章が続く。歴代の聖女がそれぞれ、自分が女神さまに祈った内容やその結果出来たことを書き留めているようだ。手書きで、それぞれ違う字で代々追加されている、過去の聖女たちの試行錯誤の記録がそこにあった。
(ページ数、多いな……入れ替わり、すぐに見つけるのは難しそう)
人によって少し書き方も違うので、読みにくい。見出しが最近習った回復魔法と似たものを見つけたので読んでみる。
―――
戦争で大怪我をして気を失った王子を助けました。
女神暦31年6月20日 聖女ミネオラ
隣国との大戦に参加したオペラ王子が肩や腹部に深い傷を負い、意識を失った状態で神殿に運び込まれました。
回復魔法では難しいとのことで、私が命を助けたい一心で女神様に祈ったところ、傷が塞がりました。
翌日も祈り、意識を取り戻されて、その後も何度か祈ってようやく回復しました。
追記:目覚めた王子から求婚され、その後結婚しました。
―――
(え、結婚したんだ……ではなくて、酷い怪我は一度では治らないこともあるのね)
ついでに次の項目も読んでみる。
―――
王妃様に綺麗になりたいと言われましたが気持ちがこもらず仕上がりはいまひとつでした。
女神暦31年10月15日 聖女ミネオラ
王妃様より、「今よりも綺麗になりたい」とご依頼がありました。
女神様に祈りましたが、気持ちが足りなかったのか、少ししわが消えた程度でした。
「女神様が、すでに十分お美しいと思われたようです」
と言ったところ、王妃様がお喜びになり無事に切り抜けることができました。
―――
「ぷふっ」
つい、笑ってしまう。
ともあれ、治癒は試してみたくなる。
成功のカギの一つは心を込めて祈ることのようだ。
(治療院に行って、怪我をした人を探してやってみようか……いや、違う。入れ替わりについて探していたはずだわ)
時間がかかりそうだが、目的を見失わないようにしないといけない。
時間になり、ベルガモット副神殿長の元へ向かうと、私の顔をじっと見てきた。
「どうかされましたか?」
「……いえ、先ほど書庫の前を通った者が、部屋の中から笑い声がしたようだった、と申しておりましたので」
あ、あれか。
「聖女の本を読んでおりましたら、興味深く……」
「そんなに面白いことが書かれているのですね。読んでみたいものです」
女神様に祈ったら防音できるだろうか?
いや、大事な聖女の祈りをそんなことに使ってはいけない。
もふもふ勇者たちとこの世界の人達を助けるために使うべきなのだから。
(あれ? 私、入れ替わりのことを調べて、元の世界に戻ろうとしていたはずでは……)
葛藤や脱線をしながら、私も少しずつ、前に進んでいるのだった。
【人物紹介】
主人公 シャルロッテ・マンダリン(シャル)/中身は天野小夏:マンダリン王国の十八歳の第三王女(母は側妃)で聖女。ただし現在の中身は、日本で暮らしていた四十歳の会社員・小夏。揺れの大きさを体感でかなり正確に当てられる特技があるため震度計開発に巻き込まれた。甘い物が好き。この世界でもふもふに目覚めた。
兎川源一郎教授/教授:白い垂れ耳ウサギのもふもふ聖獣で地震の専門家で勇者として召喚されたと思われる。
柴谷勇/ワン公:大きなサモエド似の白い犬のもふもふ聖獣でパティシエ。教授と同じ観光タクシーに乗っており召喚された。美味しいお菓子で皆を癒してくれる。妙に地震について詳しい。
白熊の勇者&ペンギンの守護者(著書にはランドルフ・ヴェルムと記載):約二百年前に召喚され地鳴りを調べるため各地を旅して魔王を封印した勇者とその弟子。記録を本として残した。
シトロン神殿長:勇者達の召喚の儀式を行った。マンダリン王国の女神信仰と聖女の歴史を知る人物。シャルの記憶喪失を知ったうえで、過去の聖女について教えてくれる。
ベルガモット副神殿長:シャルロッテに回復魔法などを教える、静かで実務的な女性神官。




