第1話 フルーツ大福を食べたかったのに
その日はお盆休みの少し前の、とんでもなく暑い日だった。
私、天野小夏四十歳は、都内のお店で評価の高いフルーツ大福を購入するため、定時後すぐに地下鉄に乗った。
電車の中で揺られながら、習慣的にスマホでSNSのニュースサイトを開く。一覧の中の、一つの記事の見出しが目に留まった。
――地震の専門家・兎川教授ら七名を乗せた観光タクシーが行方不明。
日付は今日。
思わず見出しをクリックする。
その概要は、以下の通りだった。
地震学で有名で、今は私立大学の教授などを務める兎川源一郎氏とその妻、ガイド兼運転手を含む七名の乗った観光ツアーの大型タクシーの行方が、今日のお昼前頃から分からなくなっているという。
予定の時間になってもホテルに到着せず、連絡も取れないため捜索が始まったが、夜間の捜索は危険と判断され、捜索は翌朝再開される見込みだそうだ。
(地震の、兎川教授か……)
大きな地震の時に、ニュースで見たことがある名前だった。
たぶんもう一線は退いた感じだが、説明が分かりやすいな、と思った記憶がある。
目的の駅に着き、電車を降りる。地下道を歩いていると、かすかに振動を感じた。
(あ、来る)
立ち止まると少しして、ぐらぐらと足元が揺れた。
(震度二くらいかな)
さっとスマホで検索する。
(よし、当たり)
私は昔から、自分の思った震度をテレビで答え合わせするのが好きで、大体同じなので特技だと認識している。
子供の頃、将来は地震の測定をする人になりたいと思っていた。でも、学生時代に自動計測に切り替わっていっていると知り夢破れた。
そして、甘い物が好きなので事務職の会社員になった今は、定時で帰って甘い物を買って帰って食べながら漫画やラノベを読んだり、休日に少し足を延ばして食べ歩きしたりという日々を送っている。
「あ、お店あと十分で閉まっちゃう」
私は駅を出ると走り出した。
お店を見つけて、急いで駆け込む。
「あった!」
一番買いたかったミックスが運よく一つだけ、あと苺とオレンジが、二、三個ずつケースに並んでいた。
「ミックスとオレンジ、一つずつお願いします。手提げはあります」
「保冷材は要りますか?」
「えーと、二十分程度ですけど……暑いので、要ります」
息を切らしながらも、達成感で心が満たされた。
肩掛けバッグに紙の箱を入れて、再び駅へ、跳ねるように向かう。
だが、その途中、突然、私は白い光に包まれた。
「わっ!」
眩しすぎて目を閉じる。
気が付くと、私の肩にかかっていたバッグは無くなっていた。
「え?」
夜、デパートやブランド店の立ち並ぶ、歩道を歩いていたはず。
なのに、今私は、ステンドグラスから明るい陽射しが差し込む、教会のような場所にいた。
目の前には大理石の女神像があり、私は手ぶらで跪いて祈る姿勢をしていたようだ。
「それより、私のフルーツ大福は?」
あちこち探す。女神像の前のお供え物は、お花とりんごが一つ、あとコップに入ったお水だけ。
後ろに並ぶ椅子の上も、下も、どこを見ても、私のバッグはない。
ポケットに入っていたはずのスマホも無かった。
血の気が引いていく。
焦りが増す。
何が、起こったの?
「シャルロッテ様、ここにいらっしゃいましたか!」
教会のシスターのような布を被り、長いスカートの白い服を着た女性が一人、後ろの扉を開けて入ってきた。
私は周囲を見回す。
私しかいない。
「シャルロッテ様?」
女性は隣まできている。
私に向かって話しかけていた。
「シャルロッテ?」
私が問うと、女性は怪訝な顔をする。
「ああ、失礼いたしました。聖女様、もしくは王女様とお呼びするべきでした」
女性は膝を曲げて、礼をする。
「聖女? 王女?」
女性が私を見て、沈黙する。
「……私ですか?」
思わず聞いた私の前で、女性が大げさに驚き、顔を両手で覆う。
「まさか……記憶を無くされているとでもおっしゃるのですか?」
記憶を無くしたのではなくて、そもそも無いのですが。
これはもしかして、漫画やラノベで読んだ異世界転生というやつ?
……夢であれば、覚めて欲しい。
「フルーツ大福、食べたかったのに」
私はぼそっと呟いた。
「神殿長がお呼びです。記憶の件も、後ほど神殿長にご相談しましょう」
そのまま強引なシスターに手を引かれ、別室へ連れ去られていった。
【人物紹介】
主人公 シャルロッテ/中身は天野小夏:王女で聖女? ただし現在の中身は、日本で暮らしていた四十歳の会社員・小夏。揺れの大きさを体感でかなり正確に当てられる特技がある。甘い物が好き。




