第18話 神殿長の特別講義
今日は、神殿長の特別講義の日だ。
「今日は、この国の成り立ちと聖女の歴史についてお話いたします」
私が席に着くと、シトロン神殿長が前に大きく立派な古い本を広げ、穏やかな声で語り始めた。
「このマンダリン王国の歴史は、一人の聖女から始まりました」
マンダリン王国の建国期、大きな疫病が広がっていた。
そんな中、一人の少女が泉の近くで女神像を見つけ、祈ったことで聖女の力を授かる。その力で病人を癒し、多くの人を救った。
「その少女はいつしか、『聖女』と呼ばれるようになりました」
彼女と、その協力者となった人物たちを中心に国がまとまり、のちのマンダリン王国の礎となった。
「つまり初代聖女は回復魔法で人を救って、国を作るきっかけになった人。……『魔王を倒した』人ではなかったんですね」
私は自分の理解を確かめるため言葉にしてみる。
「そうです。勇者様とは役割や力が異なります」
「初代聖女は、王族のご先祖様なんですか?」
「そうです。シャルロッテ様にも、聖女様の血が入っておられます」
シトロンが静かに微笑む。
「では、聖女は王家からだけ現れるんですか?」
「女神様がお認めになった方なので、王族以外の方もいらっしゃいます。力の大きさもまちまちであったようです」
「人数は多いのですか? 今も他にもいるとか」
シトロンは首を左右に振る。
「そのようなことはございません。基本的には聖女は国に一人いるかどうか。いない時期もございました。回復魔法を使える者はそこそこおります。けれど、聖女の力はそれとは全く別のものです」
「別?」
「聖女の力は回復魔法や結界だけではありません。回復魔法も通常は呪文を唱えますが、聖女は唱えずとも、女神様に祈ることで力を使うことができます。軽い怪我は触れて治したいと思えば治ることもあります」
「ああ、それで、私は触れて治したから、力が発現したと分かったと」
「そういうことです」
それから続けて、歴代の聖女について、その概要が語られる。
王族出身者、貴族であった者、平民から見いだされた者。
森から魔獣が出そうになるのを結界で食い止めた話、病が蔓延しそうになって女神に祈り治癒をした話、干ばつが続き祈りで雨を降らせた話。
「二百年ほど前に勇者様を召喚した際は、お怪我をされて当時の聖女様が治癒されました」
私はそこで、はっとする。
「え、今回と同じく、勇者様が現れたのですか?」
「はい。その当時の聖女様は勇者様とは一緒に行動されることは無かったようですが、時々傷や病を癒やして支えられたようです」
「当時も魔王が現れ、勇者さまが封じられました」
「魔王を?」
「はい。ですが、残念ながらその詳細な記録は神殿には残っておりません。
――もしかしますと、王家の書庫には残されているかも知れませんが」
残念だが、いずれ、そちらももふもふ聖獣たちと見つけられるだろうかと思う。
「女神に祈るというのは、神殿や私の部屋の女神像の女神様なのですよね」
「そうですね。初代聖女の見つけた女神像を最初に見つかった泉の傍に置いて今の神殿を建てました。それと別に、神殿で分身としても女神像をいくつか作り、女神を信じる国の人々が家に置いて祈れるようにお譲りしております。シャルロッテ様のお部屋の女神像もそのうちの一つでしょう」
「お譲り……無料ですか?」
「神殿の入口にもいくつか並べております。お渡しする際はある程度の寄付をいただきます」
「あれ、売ってるんだ……」
まさかの資金源、と言うか、元の世界でも似たようなものか。
「神殿の貴重な収入源の一つです。入手されるのは貴族の皆さまが多いですね。お守りはより安価で一般的に普及しております」
まあ、向こうのシャルと話せるほど強力だし、その価値はあるでしょうねと、自分を納得させる。
「まあ、そのような話は置いておいて。私の講義はここまでです。明日以降も引き続き、神殿からはシャルロッテ様に回復魔法と、結界の張り方まではお教えします」
「お忙しいところ、ありがとうございます」
「そして、その先の『聖女の祈り』については、ご自分で学んでいただくことになります」
「え、自分で?」
私は助けを乞うようにシトロンの顔を見る。
「そちらについて書かれた書物をお読みください。残念ながら、聖女様以外はその本に文字が書かれていることすら見えないのです」
「その本は、どこに……」
「本は部屋から持ち出し禁止ですが、確か以前に一度、シャルロッテ様を部屋にご案内したと、書庫の担当者からは聞いております。本もその時に一度、読まれたのでは?」
「ああ、あの本ね! あれがそうだったの~」
私は慌てて誤魔化す。
勿論今の私は知らないが、元シャルが神殿の本を読んだと言っていたものかも知れない。
そのままシトロンが私を案内する。
神殿の書庫の奥。そこに、扉があった。
「こちらの蔵書庫には、登録した者だけ入ることができます――私とベルガモットの他、聖女認定の儀の際にシャルロッテ様も登録しております」
シトロンが扉の取っ手の横に手をあてると、ふっと光る。地鳴り対策本部の入口と同じく、魔力を登録して判別するのだろう。シトロンがガチャリ、と取っ手を回し、扉を開けた。
ぎしっと古そうな扉とその枠がきしみ、中へ入った。
扉を開けただけで勝手にオレンジ色の灯りがともって、中を見通すことができた。
窓のない狭い部屋には、本を読んだり書き物ができる程度の簡素な机と椅子が置かれ、机の上の小さな本棚に、古い本が数冊並んでいた。机の上にはペン立てに入れた一本の羽根ペンがある。
「……これだけですか?」
私は思わず聞く。
「ええ。そして、私にはどれも、ただの古くて白いノートに見えます」
シトロンが苦笑いをする。
その中の、特に分厚い一冊の本を手にする。
表紙に、『女神へ祈りを捧げる聖女のための本』と書かれていた。
ページをめくる。
「手書きだ……」
元シャルが読んだと言っていたのはこれだったのかも知れない。
読んで、異世界との入れ替わりの方法を見つけて試したという、本。
(この本を読んだら、元の世界に戻る方法も分かるかも)
ぞくりとした。
私はさらにページをめくろうとした。
「こちらへは今後も自由にお入りいただけます。今日は講義も終わりますので、そろそろお戻りになった方がよろしいのでは?」
「ああ、ありがとうございました。今日は終わるの早いんですね」
シトロンが扉を開け、微笑む。
「だって明日は、レオンさまとの週一回のお茶会でしょう?」
「あ……」
忘れていた。
【人物紹介】
主人公 シャルロッテ・マンダリン(シャル)/中身は天野小夏:マンダリン王国の十八歳の第三王女(母は側妃)で聖女。ただし現在の中身は、日本で暮らしていた四十歳の会社員・小夏。揺れの大きさを体感でかなり正確に当てられる特技があるため震度計開発に巻き込まれた。甘い物が好き。この世界でもふもふに目覚めた。
シトロン神殿長:勇者達の召喚の儀式を行った。マンダリン王国の女神信仰と聖女の歴史を知る人物。シャルの記憶喪失を知ったうえで、過去の聖女について教えてくれる。
ベルガモット副神殿長:シャルロッテに回復魔法などを教える、静かで実務的な女性神官。
天野小夏/中身は元のシャルロッテ(元シャル):現在は鏡の向こうの日本で小夏として暮らしている本来の第三王女シャルロッテ。刺繍や裁縫が趣味で得意。彼女が女神様に祈って入れ替わった。日本で小夏としての生活を楽しもうとしている。
レオンハルト・グラントルテ(レオン):隣国の王子でシャルロッテの婚約者。二十歳前後の美男子。政略婚約で元シャルは興味がないが、彼はシャルのことを好きかも?




