第17話 震度計作り、始めます
教授やハムさんたちが王立学院の研究者や魔術師たちと共に地鳴り計測器の開発に取り掛かり始めたと聞いてから少しして、私にも声がかかった。
今回私が協力するのは、そのうちの震度を測る、いわゆる震度計の部分らしい。
「シャルさん、ちょっとこちらへ」
地鳴り対策本部の円卓でワン公の差し入れをいただいていた私を、ハムさんが隣の研究室の扉から半身を乗り出して手招きする。
忙しくても摘まめるように、今日の差し入れはフルーツサンドだ。農業大国マンダリン王国の柑橘系やベリー系を中心とした豊富な果物とクリームがふんだんに使われており、一口食べ進む毎に違う果物が現れて夢中になってしまっていた。
「いばいひまふ(今行きます)」
私は食べかけのサンドイッチを慌てて口に押し込みながら立ち上がった。
私はハムさんの後について、研究室へ入って行った。
部屋の奥に大きな画面や操作パネルのあるシステムっぽいものと、その手前の低い大きな板の上に、振り子やコイルなどを組み合わせた機器が置かれていた。機器の横には椅子も一つある。
周囲には、五名の魔術師さんたち、あと教授もいた。
「さあ、聖女様、こちらの椅子へどうぞお座りください」
魔術師に手を差し出され、板の上へ上り、椅子に座る。
「椅子は板にしっかり固定されておりますのでご安心ください」
魔術師がにっこりと微笑む。何がどう安心なのか分からない。
「はい。始めますので、聖女様、揺れたら震度何と感じたか、大きな声で言ってください」
「……え、私が言うの?」
「はい。では、一回目いきます」
「え、え?」
板の左右に魔術師たちが二人ずつに分かれて、揺らし始める。
う、うわ~。まさかの人力。
揺れを小さくしていき、止まる。
「震度二!」
揺らしているのと別の魔術師とハムさんが機器を操作して記録する。
板の下に振り子と、板と床の間にコイルのようなものがあり、そこから横の機器が揺れの大きさや速さ、時間などを計測しているらしい。
「では、次。また少し変えてください」
今度は少し大きい。
「震度三!」
震度一から四までやったところで、ハムさんたちの隣で見ていた教授が声を掛けた。
「魔術師の皆さんは、一旦隣の部屋で休んできてください」
折角なので私も一言加える。
「軽食もあります。美味しいフルーツサンドです」
「ああ、そのお口の端に付いているクリームのものですね」
魔術師の一人がそう言った後で、「えっ!」と口の端を押さえた私を見てはっとする。
「……すみません。余計なことを」
「いえ、教えてもらってありがとうございます」
私は照れ笑いをして他の魔術師が出してくれたハンカチで拭いた。
魔術師たちが研究室を出たところで、扉を閉めて教授が話しかけてきた。
「ところでシャルさんは、震度何まで経験したことがあるんだ?」
教授とハムさんは、私が同じ世界の女性の入れ替わりだと知っている。
「五強ですね。東北の震災の時に、東京で」
「五強が、一度程度か。それも体感で分かりそうか?」
「はい。恐らく。とても印象に残っているので」
「そういうもんですかね……」
ハムさんが首を傾げる。
「初めてなのに、揺れている時『五強』って思って、後で確認したら当たってたんです」
私は答える。
「……では、そこまではシャルさんの体感を信じて登録しよう。震度一から五強までの揺れの強さや周期、継続時間を数値化し、それを規則化する。震度六弱以上は、それを基に暫定的に定義するとしよう」
教授がそう言って、方針が決まる。
「ちなみに、震度の区分は四から上は元の世界の日本と同じ、五弱、五強、六弱、六強、七にするんですか?」
私は教授に聞く。
「うむ」
「そういえば、震度五と六は分けるんですねえ」
ハムさんが不思議そうに言う。
「そうだ。震度五や六は被害の程度に幅もある。防災対応のためにも、わりと最近分けることになった」
「最近って、私が子供のころだから三十年くらい前ですよね」
「……そんなに経っていたか」
教授が少し遠い目をする。
「ところで、日本以外の、例えばヨーロッパとかでも、震度階級は同じなんですか?」
「いや、世界的にはアメリカなどの改正メルカリ震度階、ヨーロッパのEMS-98など、十二段階の震度階級も広く使われている。人が感じた揺れや、物の動き、建物の被害などから判断する」
「じゃあ、日本の基準でいいんですか?」
「だってシャルさん、日本の震度しか分からないじゃないですかあ」
ハムさんが笑いながら言う。
「ああ。今回震度計はシャルさんの体感に合わせるから、日本の震度階級を基準にしよう」
教授は少し考えてから続けた。
「ただ、震度計を設置できない地域もあるだろう。被害状況から揺れの大きさをある程度推定できるよう、震度ごとの被害の目安も一緒に普及させておきたいな」
話が落ち着いたところで、ハムさんが扉を開けた。
食事を終えてぽーっとフルーツサンドの余韻に浸っている魔術師たちが、次々に戻ってきた。
戻ってきた魔術師たちに教授が指示を出す。
「ここからは、より大きな揺れを作って欲しい。今までの最大が震度四だったが、この後は、震度五強まで」
魔術師たちが顔を見合わせた。
「小さな揺れの細かな調整は魔力では難しいため人力でしたが、これ以上は難しいですね」
「魔力も使いましょう」
魔術師たちは何やら話し合った後、板の四隅にそれぞれ手を置いて、一人の合図で魔力を流し始めた。
板がぶわっと淡く光る。
(やっと、魔術師がやる意味がでてきた)
「聖女様は、よりしっかりと椅子におつかまり下さい」
私は椅子のひじ掛けをぎゅっと握りしめた。
それから魔術師たちは何度も強さを変えて椅子を揺らし、私が「震度五弱!」「震度五強!」と言った時の揺れをそれぞれ記録した。
「お疲れさまでした。シャルさんは、しばらくは大丈夫です」
ハムさんが私を元の部屋へ送り出す。
「え、これで終わり?」
私は拍子抜けする。
「いや。これは、始まりに過ぎない」
教授が低い声で不穏な発言をする。
私や魔術師たちが教授の顔を見て固まる。
ハムさんが淡々と説明する。
「あ、つまり、今回のデータを先ほど言ったように分析して規則を作って、機器に登録します。ここまでは僕らの仕事なのでシャルさんは来ないでOKです。また検証の時になったら呼びます」
「は、はい。じゃあまた。時間があるときは本部に来るからいつでも声を掛けて」
「さすが聖女様、熱心ですね」
魔術師が感心する。
「いや、どうせこの人、もふもふとかおやつが目的ですから」
「ハムさんが偉そうに……まあ、当たってるけど」
私は悔しがりながら研究室を出た。
私は暫らく空く間、魔法の訓練を引き続き頑張ろうと思う。
……合間にはもふもふとお菓子に癒されに来たいけど。
【人物紹介】
主人公 シャルロッテ・マンダリン(シャル)/中身は天野小夏:マンダリン王国の十八歳の第三王女(母は側妃)で聖女。ただし現在の中身は、日本で暮らしていた四十歳の会社員・小夏。揺れの大きさを体感でかなり正確に当てられるため震度計開発に巻き込まれた。甘い物が好き。この世界でもふもふに目覚めた。
◆観光タクシーごと日本から召喚された七人のもふもふ聖獣◆
兎川源一郎教授&夫人/教授&広子さん:白い垂れ耳ウサギの大学の名誉教授とその妻。教授は地震の専門家で勇者として召喚されたと思われる。広子さんは食事などで皆を支える。
柴谷勇/ワン公:大きなサモエド似の白い犬でパティシエ。美味しいお菓子で皆を癒してくれる。
三毛与志朗/ネコ師匠:白い虎猫で観光タクシーの運転手兼ガイド兼空手の師範。落ち着いていて頼れるが、肉球はぷにぷに。
文月あさ/あさちゃん:大型の文鳥で建築士。みかちゃんとは友人同士。
小鳥遊実花/みかちゃん:大型のインコで看護師。
羽村公平/ハムさん:大型ハムスターでITエンジニア。教授や魔術師たちと地鳴り計測器の開発を行う。
【参考資料】
今回のお話では、日本の震度階級について、以下の気象庁の資料を参考にしております。
・気象庁震度階級関連解説表(揺れ方や被害状況など)
https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/shindo/kaisetsu.html
・「阪神・淡路大震災」特設サイト/震度観測の改善(震度細分化の経緯など)
https://www.data.jma.go.jp/eqev/data/1995_01_17_hyogonanbu/rireki.html
なお、作中の魔術を利用した震度計の開発方法などはフィクションです。




