第16話 聖女の訓練とシャルロッテ
地鳴り対策本部を出た馬車が神殿の前に着き、私が降りると、副神殿長のベルガモットが迎えてくれた。こげ茶色の髪を後ろでまとめた細身の四十代と思われる静かな女性だ。
神殿はいつもより少し慌ただしかった。
神官があちこちの部屋を行き来し、聖騎士たちも話しながら外へ向かっている。
「何かあったのですか?」
「先ほど、エレンデール公爵領で大きな地鳴りがあったとの報告が入りました。神殿長は神官たちに、負傷者を救護院へ受け入れる準備と手当を指示しました。聖騎士たちは現地へ救助と被害状況の確認に向かい、王都などその他の地域の被害状況についても調査をしております」
私は少し揺れが大きいかなという程度であまり意識していなかった。でも、王都から離れた地域で強く揺れたところがあったようだ。
「手伝った方が良さそうでしょうか……」
「今のところは彼らで十分でしょう。私たちは予定通り魔法の講義を始めましょう」
神殿で聖女の魔法を習い始めて、今日で四回目になる。
初日に教えられたのは、神殿で学べる魔法の範囲と魔力の使い方だった。
「神殿で私たちがお教えできるのは、回復魔法や建物全体に張るレベルの結界など、通常の神官たちも使える魔法までです」
「森で、瘴気を払ったの……あれも『通常の』ですか?」
「いいえ、それは聖女特有のお力です」
瘴気を払ったり、魔獣を聖獣に変えたのは、聖女特有の力だったらしい。
その後、魔力の感じ方や実際に力を込めるやり方を教えてもらい、実践してみた。
二日目には、回復魔法の初歩として怪我を治す魔法を習った。
前に私が森で聖騎士に手をかざして祈ったやり方は少し違ったようだ。
「聖女様は祈りでも治せますが、せっかくですから通常の回復魔法もお教えします。魔力を集めて、傷ついた場所に込めていき、そして呪文を唱えます」
手足に軽い怪我をしている騎士が呼ばれて来ており、ベルガモットのお手本を見た後実践した。
三回目からは、病気や毒への対処法を学び始めた。
目で見て分かることも多い怪我とは違い、まず症状や原因などを見極める必要があるらしく、本が用意され、座学の講義から始まった。
えいっと魔法をかければ良いわけではないというのは、少し面倒だが、面白そうでもある。
「この本にある、主な症状と、原因、身体のどの箇所に力を込めれば良いか、それと呪文を覚えてください」
「ここに書かれている、薬もあるのですか?」
「担当する者の回復魔力が足りない場合は、薬で補います」
「薬も、聖女は作るのを手伝うんでしょうか」
「余裕があればお願いしたいですが、別の知識も必要です。シャルロッテ様はまず聖女のお力で直接治せるようになっていただく方が早いでしょう」
確かに、本は結構分厚い。薬は片端から作り方を覚えるより、いずれみかちゃんに良く使いそうなものなど聞いてチャレンジしてみようかと思う。
終了の時間になり、騎士が迎えに来る。
この世界のことについて、私は知らないことが多すぎる。今日も本の少し先まで進んだだけで終わった。授業はまだあとひと月かふた月はかかりそうだ。
ふう、とため息をつく私を見て、ベルガモットが立ち上がりながら言った。
「私の授業の他、今度神殿長が、特別講義をしたいそうです」
私も帰り支度をしながら立ち上がる。
「特別講義、ですか?」
「はい。マンダリン王国の成り立ちとそれに関わる女神と聖女についてのお話を」
「それは、ありがたいです」
シトロン神殿長も、ベルガモットも、もう私が色々記憶を無くしていることは話したので知っているが、敢えて触れずに丁寧に教えてくれていた。
温かい、良い人たちだ。
でも、今夜はまた、夕食後に元のシャルロッテと話して色々聞いておかないと、と思っていた。
向こうのシャルロッテも小夏としての生活に困っているかも知れないし。
それに……今日現れた婚約者のことも、お茶会の再会までに聞いておかないといけないから。
◇◇◇
別邸に戻って夕食を取るとき、私は聖獣たちに神殿がざわついていたことを話す。
すると、あの後地鳴り対策本部へも、エレンデール公爵領の街の被害の報告があったという。王都よりは山間部に近く、農業や畜産の盛んな地域らしい。
騎士の報告書によると、石造りの建物に亀裂が入り、サイロの一部や煙突が壊れたり、屋根瓦が落ちた家もあった他、街の店舗では棚が倒れて物が落ち、窓ガラスや食器も割れたらしい。負傷者も多数いたとのことだった。
「やはり魔王が動き出している」
「段々大きな地鳴りが増えている」
「勇者さま方、早急に対策を」
と、いった声が王宮にも上がり始めたと、午後に来た王立学院の先生たちも言っていたらしい。
「震度五強くらいでしょうか……」
ハムさんが作成中の被害状況を記載した震度表と被害状況を照らし合わせる。
「ああ。その可能性がある。やはり早急に震度計を完成させて、どこがどの程度揺れているのか確認したいな」
教授が難しい顔をした。
夕食が終わり、私は部屋へ戻る。
そして、女神像の持つ鏡を覗いて祈る。
すると、元シャルロッテの顔が現れた。
「ああ、良かった! 最近なかなか連絡が取れなかったのだもの」
見慣れた顔の頬が少し膨れる。
「ごめんなさい。神殿の魔法の講義も受け始めて、時間が取れなかったの」
「まあいいわ。まず、こっちの“小夏”についての報告ね」
元シャルが居住まいを正す。
仕事は段々と慣れてきたところらしい。
「あと、この前あなたの姪の澪ちゃんがうちに来たの」
私の兄の長女で高校一年生の姪だ。
「ああ、久しぶりだね」
そして、元シャルがレースを付けたポーチの細かい動物の刺繍を見せる。とても繊細で可愛い。
「これ見て凄いって言って、彼女のサコッシュ? にも付けてって頼まれた。SNSで紹介するって」
「え、それを短期間で縫ったの?」
元シャルが嬉しそうに頷く。
「好きだから、時間があれば縫ってしまうの」
好きなことを楽しみつつ、小夏としての暮らしに少しずつ馴染み始めているらしい。
「概ね問題なさそうね。じゃあ次は、私の番ね」
国王と謁見したことと、レオンと会ったことも伝える。
「国王には聖獣たちとの窓口になるように言われた。それもあって、私も聖獣たちのいるオランジェリー宮に引っ越してきたの」
「オランジェリー宮……」
元シャルが少し沈黙する。
「どうしたの?」
「母が生きていた頃住んでいたところよ。私も母が亡くなるまではそこにいたの」
長いこと使われていない様子だったから、シャルロッテが小さい頃に亡くなったのだろうか。
鏡の向こうの元の私の目に、うっすらと涙が浮かぶ。
「そうなのね……」
「ごめんなさい、話を止めてしまったわね」
元シャルが目元を指で拭う。
「それで……婚約者のレオンに会った話だったわね」
「そう。何だか前にあなたから聞いていたのと違って……記憶が無いのを誰かから聞いたって言ったら揶揄われた」
その時言われたことを覚えているだけ話す。
「うーん、私の印象としては、同志、は同意ね。でも……婚約破棄は阻止するというのは意味が分からないわね」
元シャルが首をひねる。
「そうか……。なんか週一のお茶会は、再開するって。次の休息日から」
「再開するのね。前はあまり会話が無かったのに」
二人で首をひねる。
そして、刺繍をしながら元シャルは言う。
「婚約破棄、しても良いと思うよ。あの人私に興味なかったし」
「あと、お花をもらった」
私は花瓶に生けた花を鏡の前へ持っていって見せる。
「あら、私の好きな花ばかりだわ」
元シャルが、とても嬉しそうな顔をした。
「好きな花、レオン、覚えてたんだね」
私が言うと、
「そうね。確かに」
と、元シャルが言う。
……もしかしたらレオン、前からシャルのこと好きだったんじゃないか?
元シャルの方は、全く興味が無かったようだけれど。
【人物紹介】
主人公 シャルロッテ・マンダリン(シャル)/中身は天野小夏:マンダリン王国の十八歳の第三王女(母は側妃)で聖女。ただし現在の中身は、日本で暮らしていた四十歳の会社員・小夏。揺れの大きさを体感でかなり正確に当てられる特技がある。甘い物が好き。この世界でもふもふに目覚めた。
シトロン神殿長:勇者達の召喚の儀式を行った。
ベルガモット副神殿長:シャルロッテに回復魔法などを教える、静かで実務的な女性神官。
天野小夏/中身は元のシャルロッテ(元シャル):現在は鏡の向こうの日本で小夏として暮らしている本来の第三王女シャルロッテ。刺繍や裁縫が趣味で得意。彼女が女神様に祈って入れ替わった。日本で小夏としての生活を楽しもうとしている。
レオンハルト・グラントルテ(レオン):隣国の王子でシャルロッテの婚約者。二十歳前後の美男子。政略結婚で元シャルは興味がないが、彼はシャルのことを好きかも?
澪ちゃん:小夏の姪(兄の長女)で高校一年生。SNSなどが得意。




