第14話 婚約者さまがいらっしゃいました
花束を落とした若い男性が言葉を発する。
「最近記憶を無くして離宮へ移ったと聞いたが……随分元気そうだな」
金髪に、すらりと高い背。紺色の目がじっと私を見つめていた。
広子さんがささっと彼の足元の花束を拾った。
ハムさんが嫌そうな顔で聞く。
「どなたですかあ? 関係者以外お断りしたはずですが」
「シャルロッテの婚約者の、レオンハルト・グラントルテだ」
皆一斉に私を見る。
「……ああ! いらっしゃいませ」
これが、例の「婚約者」か。
「と、とりあえず二人で話しましょうか」
私は慌てて彼を隣の部屋へ連れて行った。
ドアを閉めるとすぐ、レオンハルトが呟いた。
「驚いた」
「え?」
「……久々に見た君の笑顔が可愛くて。一瞬、天使かと思った」
「それはずいぶんと、大げさですね」
この国の男性のリップサービスだろうか。でも、心なしか顔がほんのり赤い。
「本当に、記憶がないのか?」
マドレーヌ姉さまにでも、聞いたのだろうか。私は物忘れがひどいとしか言わなかった気がするが、噂は尾ひれがつくから大げさに伝わったのかも知れない。
「女神様に祈っていたら、色々別の知識が流れ込んで、前の記憶がごっそり抜けた感じですね」
下手に突っ込まれても良くないので、聖女になって忘れたことにしてみる。
「そうか……」
彼は顎に手をやり、いっとき考える。
そして、続けた。
「僕らが仲良しの婚約者同士だった記憶も、消えたか」
「え?」
思わず聞き返す。お互い興味のない政略結婚だと元のシャルロッテからは聞いたはずだが。
「仲良し?」
「ああ。僕の一目惚れから、父上に頼んで婚約したが……お互い、とても好き合っていた」
(何? 記憶の改竄?)
少なくとも、元シャルはそこまで好きそうでは無かったが。
「そ、そうなんですね」
「忘れていたか。 毎週一回の二人のお茶会の約束も」
え、聞いてない。
「……レオン、シャル、と愛称で呼び合って」
「それは覚えてますとも!」
私は必死に食らいつく。
そして、しばらく沈黙が続いた。
かと思うと、
「嘘だよ」
彼が意地悪い眼をしてくすっと笑った。
「う、嘘?」
「愛称では呼ぶけど。本当のところは、幼い時から似た立場で育ってきた、“同志”って感じかな」
私は開いた口が塞がらない。
「……まあ、見た目が好みなのは本当だけど」
「んん?」
そして私をじっと見つめたまま、ぼそっと呟く。
「一生懸命なところも、今日はなんだか可愛いな」
「うむ。やはり週一のお茶会は、再開しよう」
「何故再開するの?」
どう見ても把握できていない私に、レオンが言葉を加える。
「君が聖女になってから、婚約を無い事にしようとする動きもあるようだけれど――今日君に会って阻止しようと決めたから」
「え、決めたって」
「次の休息日にまた来る。忙しいところ、失礼した」
彼は、そう言って後から来た従者と共に去って行った。
「なんか一人で決めていったな……」
私は理解が追いつかずにしばらく理由を考えようとしたが、無意味だと思ってやめた。初対面の印象として、レオンは自分の頭の中で考えたことを色々省略して話すタイプのようだ。
先ほどの部屋へ戻ると、花束は花瓶に入れて窓辺に飾られていた。
シロツメクサを大きくしたような白い花や、小さめのヒマワリのような薄桃色の花など、可愛らしい雰囲気の花が外から吹くそよ風に揺れていた。
レオンが自分で選んだのだろうか。
シャルロッテの雰囲気に似合う花たちだな、と感じた。
【人物紹介】
主人公 シャルロッテ・マンダリン/中身は天野小夏:マンダリン王国の十八歳の第三王女(母は側妃)で聖女。ただし現在の中身は、日本で暮らしていた四十歳の会社員・小夏。揺れの大きさを体感でかなり正確に当てられる特技がある。甘い物が好き。この世界でもふもふに目覚めた。
レオンハルト・グラントルテ:隣国の王子でシャルロッテの婚約者。二十歳前後の美男子。単なる政略結婚だと元シャルからは聞いていたがなにかおかしい。
◆観光タクシーごと日本から召喚された七人のもふもふ聖獣◆
兎川源一郎教授&夫人/教授&広子さん:白い垂れ耳ウサギの大学の名誉教授とその妻。教授は地震の専門家で勇者として召喚されたと思われる。広子さんは炊事や掃除が得意。
柴谷勇/ワン公:大きなサモエド似の白い犬でパティシエ。
三毛与志朗/ネコ師匠:白い虎猫で観光タクシーの運転手兼ガイド兼空手の師範。落ち着いていて頼れるが、肉球はぷにぷに。
文月あさ/あさちゃん:大型の文鳥で建築士。みかちゃんとは友人同士。
小鳥遊実花/みかちゃん:大型のインコで看護師。
羽村公平/ハムさん:大型ハムスターでITエンジニア。




