第6話 虚実
「新海さん。戻りました。」
「おお。どうだったか?なかなか苦戦したようだな。」
「はい。三浦は強かったです。」
「それなんだがおまえ、手を抜いただろ。」
「え?いえ、とんでもないです。大怪我だってしたんですから。」
「あの程度でか?ふざけるんじゃない。初戦、相手の刀を切った動きを今やってみろ。」
「はい。」不思議そうにした虚実だが、師匠の言うとおりにした。
「やってみろ。」
ザッ。
剣を構える。
ヒュウ。クルッ。ブン。
あの動きだ。
「虚実。本気なのか?」
「え?あっはい。そうです。」
「本気でそのような振り方だったのか?」
「はい。そうだったと思います。」
「そうか。」そう言うと新海は刀を持って構えた。
「お前はいま、このように振った。」
ヒュウ。ブン。
「はい。」
「しかし、試合ではこうだった。」
ブン!
「違いがわかるか?」
「最初の」虚実は剣を振る。
ヒュウ。
「これですか?」
「そのとおりだ。その予備動作こそ、剣の強さに直接関わる部分だ。お前の嫌いな練習ではできているが、いざ試合になるとできていない。」
「別に嫌いではないです。でも、そんな細かいところ……」
「なんだと?お前せっかくいい名前しとるではないか。虚実。虚実とは音読みで『キョジツ』と読む。意識外の『虚』たくましい『実』これが自在に操れてこそ剣は本来の力を発揮する。とくに、飛鳥流はその流れを濃く汲み取っている。」
「じゃあ、俺はもっと強くなれるってことですか?」
「強くなれるというか、全力を発揮できるということだ。ああ、でも決勝の最後の最後は良かったぞ。ムキにならずによく待った。あれも『虚』と言っていいかもしれない。」
「わかりました。」
「はっ。ほんとかよ。」
スゥーッ。……。ハァー。
虚実は深呼吸をした。
ストン……。
虚実の目は一切の光を反射しなかった。黒目の中でも外側の少し色が薄い、ドーナツ状の部分を虹彩と言う。しかし、いまの虚実の目にはそれがなかった。虹彩の内側、瞳孔と言われる部分が黒目いっぱいに広がっていた。光量を調整するために普通は動向は絞られる。つまり、いまの虚実にはありえない量の光が入ってきている。それを処理できるだけ脳のキャパシティがあるということ。
人間は脳の5%しか有効に使えていないと言う。しかし虚実は『虚』を理解したことでその倍、10%を使えるようになったのだ。
スゥーッ。ハァー。
もう一度深呼吸する。
ヒュウ。ヒュウ。
刀を何度か振っておもむろに足元の石を上にぴょいっと投げる。
カツン。
頭上で石を切る。エネルギーを受けた石は真っ二つに割れながら、上に弾かれる。
カツン。カツン。
その両方を切り、上へ跳ね上げる。
カツンカツンカツンカツン。
また。
カッカッカッカッカッカッカッカッカッカッカッカッカッカッカッカッカッカッカッ。
倍々に増えていく石が砂になるまで虚実は剣を振り続けた。その動きは滑らかである。
「んぁぁっ!」
そういって振りかぶったと思ったら振り終わっていた。その太刀筋は新海でも捉えるのがやっとだった。虚実の目は炯々としていて、虹彩がすっかり姿を見せていた。
「虚、捉えました。この感覚ですね。」
「ああ。」
「いやー、激しく動いてないのに疲れたー。すっごく眠いです。」
「ふん。」
虚実が室内に戻ると新海言った。
「どこが激しくない、だ。実に戻ったときの一振りは究極の無酸素運動だった。2倍の速さでものを動かすとき、4倍の力が必要だ。あいつの振りは今までの何倍だったのか。」




