タイトル未定2026/07/02 02:33
土曜日のbar「ジェシカ」開店準備が整うと、厨房の料理人「たきさん」ことたきこが、マスターにA5サイズのノートを手渡した。
「おまちさんに頼まれて、大門君に渡すようにと」
マスターは、ノートをゆっくりめくった。
ノートは、たきこが作った料理レシピだった。
綺麗な字で書かれていて、しかもカメラで撮ってパソコンで作った、料理の画像入りだった。
「大門君が『たきこさんに、料理レシピを作ってほしい』とおまちさんに言って」
「それで、たきさんが料理レシピを作ってくれたんですか?」
「大門君の希望に沿ったレシピだと、良いのですが」
「大門のわがままを聞いてくれて、ありがとうございます。たきさん、パソコンを使えるんですね」
「これくらいは……」
たきこは、恥ずかしそうに言った。
「そう言えば、私は話だけで、大門君には会ったことがありませんでした」
「一度大門と、会わせます」
まちこは、昔から麻生家で住み込みで働いている家政婦。
たきことは、女学校時代からのまちこが先輩でたきこが後輩の仲だった。
たきこが長年イタリアン・レストランの厨房で定年を迎えたのを期に、bar「ジェシカ」の厨房の料理人にまちこが引き抜いた。
bar「ジェシカ」に、常連客が訪れてきた。
マスターはカウンターの中へ、イヤホンマイクを付けた、たきこは厨房へそれぞれの持ち場に行った。
カウンター席では「自称流花のファン第一号」のボスがビールを飲みながら言った。
「おいおい、シロちゃんがいないぞ!」
「社会人になって、毎日忙しそうなので、今夜は強制的に休ませました」
「休ませたぁ?俺とシロちゃんの仲を、引き裂く魂胆じゃあないだろうな」
「まさか。あのままでは、いつか倒れそうです」
「そんなに、忙しいのか?」
「社会人になって、資格を取る勉強をしています」
「シロちゃん、社会人かぁ。覚えることがたくさんあって、大変だろうな」
「だから、今夜は休ませたんです」
「そうかぁ……元気なシロちゃんに、会いたいもんなぁ。マスターチューハイ」
マスターは、グラスを下げチューハイを作り出した。
チューハイを飲みながら、ボスは言った。
「マスターシロちゃんに会ったら、ボスが心配していたと言ってくれ。そして、会いたがっていたと言ってくれ」
「はい」
マスターは、笑顔で頷いた。
テーブル席では、たきこが料理を運び、客と談笑していた。
あるテーブル席では、男性と女性の二人の客がワインを飲みながら、たきこが作った料理を、幸せそうに食べていた。
いつものbar「ジェシカ」の風景をマスターは、グラスを磨きながら眺めていた。
いつもの風景なのに、そこには流花がいない。
マスターは笑顔の下で、一抹の寂しさを感じていた。




