タイトル未定2026/07/02 02:32
四月も半ば、少しずつ設計事務所の仕事に慣れてきた流花。
日中は動くと、汗ばむ陽気になっていた。
流花は朝早く仕事に行くため、最寄りの駅に向かっていた。
駅につくと、流花は声をかけられた。
「白田さん、おはよう」
振り向くと、一日のスタートに眩しすぎるくらいの笑顔の野田がいた。
「おはよう」
流花がそう言うと、野田は流花の側に行き、自然と肩を並べて歩きだした。
朝早く野田と出会うのは、今日が初めてだった。
流花と同じくスーツ姿の野田は、大学卒業後、IT関連の仕事をしていた。
「私がこの駅に来ることが、よくわかったね」
「そりゃあ、白田さんのことだから」
電車に乗ると、野田は流花に言った。
「仕事終わりに、駅で白田さんを待ってても良い?」
「仕事終わりに?終わるのいつになるかわからないし、終わるのおそいよ」
「俺も、終わるの遅いよ。じゃあ……駅前広場で待ってる。一緒に帰ろう。それくらい、良いでしょ」
……一緒に帰るくらいなら。
「わかった。でも、無理しないでね。私の帰りが遅い時は、どんどん帰って」
「了解。白田さんに会えるか、会えないのかは、その時の運次第ってことだね。なんだか、ゲームみたいで、楽しいな」
このことがきっかけで、流花と野田は朝と同様、仕事終わり稀に一緒になると、同じ電車に乗って帰った。
ある日、流花と田中は同時に仕事を終えた。
流花はこの日初めて、田中と一緒に設計事務所を出た。
「なんか食べて、帰るか」
田中の誘いに、流花は首を横に振った。
「遅いから、このまま帰る」
「なら、家まで送るよ」
「送らなくていい」
自分が住んでいるアパートを見られたくない流花は、慌てて言った。
駅前広場では、流花の帰りを待っていた野田がいた。
「お疲れ〜あっ田中君も、一緒なんだ」
流花の隣にいた田中に、嫌な顔一つせず野田はにこやかに言った。
流花と野田を見比べながら、田中は言った。
「いつも待ち合わせをして、一緒に帰っているのか?」
「俺が、勝手に白田さんを待っているだけだよ」
「そうなのか?」
田中は、流花を見ながら聞いた。
「うん。偶然会えたら、一緒に帰っている」
「何、楽しそうなことを、しているんだよ。今日から、俺も混ぜてくれよ。って言っても、俺と流花ちゃんは一緒の職場だから、一緒に帰るけどな」
言いながら、田中は流花の背中に手をまわし、流花の肩を抱いた。
「じゃあ、これからは田中君も一緒なんだ!楽しくなるね」
少しは嫉妬をすると田中は思っていたが、田中の思いとは予想外に、野田は楽しそうに言った。
田中は思わず、本音を言った。
「あんた、変わっているな」
「あっ、よく言われます」
流花は田中が抱いていた手を離そうとしたが、田中は頑として離さなかった。
電車がホームに流れ込み、車内に入るとやっと田中は、流花の肩を抱いていた手を離した。
流花はドアに近い隅の座席に座り、流花の隣に田中、田中の隣に野田が横一列に座った。
電車は、静かに動き出した。
田中は、野田に言った。
「流花ちゃんに彼氏がいるの、知っているか?」
「知っていると言うか、認めたくないけど、わかるよ。流花ちゃんに、彼氏がいるのは当然だろ。俺、初めは田中君が彼氏だと思っていたよ」
「俺が彼氏?」
「大学のキャンパスで田中君は、いつも白田さんたちと一緒にいたじゃん。田中君がいつも白田さんを見ていたこと、俺知っていたよ」
「だから俺が、流花ちゃんの彼氏だと思っていたのか」
「うん。でも彼氏は、別の人なんだ」
「流花ちゃんの彼氏は、バイト先のマスターだよ」
「えっ、マスターって言うと……白田さん、barでバイトをしているの?」
野田は流花に聞いたが、当の流花は目の前を流れる景色をぼんやり眺めていた。
何も言わない流花に、田中が言った。
「barのマスターで、俺らよりも年上。背が高くて優しそうな感じ」
「田中君、マスターに会ったことがあるの?」
「俺は、会ったことはない。マスターを一度だけ見かけた、なぎちゃんから聞いた」
「なぎちゃん……?あぁ、白田さんといつも一緒にいた友達か。ねぇ、白田さん。彼氏のどこに惚れた?彼氏と二人きりの時は、どんな感じ?」
少し経ってから、流花は「えっ?」と言う感じで野田の方を見た。
「だからさ、彼氏のどこに惚れた?彼氏と二人きりの時は、どんな感じ?」
「……凄く良かった!先輩が、設計した家」
野田はポカンとして、大笑いをした。
「白田さん、面白すぎ!一緒にいてホント、楽しいよ!」
やがて電車はスピードダウンをして、ゆっくり止まった。
「田中君がいるし、俺ここで降りるよ。またね!」
爽やかな笑顔をして、野田は電車を降りた。
やがて電車が動き出すと、田中が言った。
「いつ、先輩と家を見に行ったんだよ」
「えっ?」
「そんなこと、していないだろ。マスターのことを言いたくなかったから、咄嗟にごまかしたんだろ」
「……バレた?」
「俺が、流花ちゃんに想いを伝えても『冗談』ではぐらかしただろ。で、本当のところはマスターとどうなんだよ」
「私が、言うわけないでしょ」
「この、秘密主義。これだから、目が離せないんだよ」
田中は流花の手に、自分の手を重ねた。




