タイトル未定2026/07/02 02:48
静かな雨が降る日曜日。
梅雨らしい時期に、なっていた。
流花は朝から何も食べず、試験の勉強をしていた。
設計事務所に勤務をするようになってから、流花は一度もbar「ジェシカ」のバイトに一度も行っていない。
遅くまで仕事に拘束され、仕事帰りは田中と野田と繁華街を歩き、寝る前には試験の勉強をする日々を過ごしていた。
マスターを忘れてしまいそうなくらい、マスターと会っていなかった。
流花は、大きく伸びをした。
テーブルから立ち上がると、部屋を出ていった。
隣のテレビがある部屋へ行くと、部屋では敷きっぱなしの布団に母親が眠っていた。
部屋の隅に寄せたテーブルの上には、昨夜食べた後の食器がそのままだった。
そんな光景を目の当たりにした流花は、もうため息すら出ない。
部屋を通り抜け狭い台所で歯を磨いて顔を洗った。
部屋に戻ると出かける支度をして、外に飛びだした。
外は相変わらず、雨が降り続いていた。
流花は人通りが少ない繁華街を歩き、目についたショッピングモールの中に入って行った。
ショッピングモールの洋品店が並ぶ階に、流花は行った。
洋品店には入らず、洋品店を眺めながら通路を歩いた。
その時、流花を呼ぶ声が聞こえた。
「流花お姉ちゃん!」
流花が振り向くと、そこには大門がいた。
「大門君!」
流花は、大門に駆け寄った。
「大門君、久しぶり!わぁ、背が伸びたね」
「もう、五年生だよ」
「五年生!」
ずっと大門に会っていなかったことを、流花は痛いほど感じていた。
「流花お姉ちゃん、一人?」
「そうだよ。大門君は?」
「僕も一人。洋服を買いに来たんだ」
「もう、洋服は買ったの?」
「ううん。なかなか決まらなくて」
「じゃあ、私も一緒に大門君の洋服を選んでも良い?」
「流花お姉ちゃんと一緒に?良いの?」
「もちろん!今日は一日、大門君とつきあうよ」
「流花お姉ちゃん、行こう!」
大門は流花に手を引っ張って、歩きだした。
洋品店を三件ほど覗き、大門は流花と選んだティーシャツ二枚とカーゴパンツ一枚を購入した。
洋品店を出ると、既に昼近かった。
「大門君、お腹空かない?」
「空いたぁ!」
「じゃあ、レストラン街に行こうか」
「うん」
「よ〜し。お姉ちゃんのおごり!好きなもの食べて」
流花と大門は、レストラン街へ向かった。
最上階にあるレストラン街に向かった流花と大門は、洋食の店に入った。
店内は白を貴重としていて、清潔感があった。
開店したばかりか、混み合うことなく、テーブル席にすぐ座ることができた。
流花と大門は、ゆっくりメニュー表を見ていた。
「大門君、決まった?」
「う〜ん決まったけど……」
「けど?」
「この、スフレケーキが気になって」
「えっ、どれ?」
「これ」
大門は、スフレケーキの写真を指さした。
「本当!美味しそう。じゃあ、私はこのシフォンケーキにしようかな」
流花はドリアとシフォンケーキを選び、大門はオムライスとスフレケーキを選んだ。
お絞りで手を拭きながら、流花は大門に聞いた。
「五年生なんだよね。勉強難しい?」
「難しい。学校が終わると、游太君と一緒に宿題をやるよ」
「游太君?」
「友達。游太君は引っ越してきて、同じマンションに住んでいるんだ」
「夏休み大門君、友達家族と一緒に遊園地に行ったことがあったよね」
「その友達が、游太君」
「大門君の友達なら、游太君に会ってみたいな」
「游太君も、流花お姉ちゃんに会ってみたいって言っていたよ。でも、僕は流花お姉ちゃんに、会わせたくないなぁ」
「どうして?」
「だって……僕だけの、流花お姉ちゃんだから」
流花は、静かに微笑みながら言った。
「いつからそんな、ませたことを言うようになったの」
ドリアとオムライスが運ばれた。
静かにオムライスを食べる大門を見て、流花も静かにドリアを食べた。
食べ終えた頃、シフォンケーキとスフレケーキが運ばれた。
大門は幸せそうに、ゆっくりスフレケーキを食べていた。
ケーキを食べ終えた頃、ずっと疑問に思っていたことを流花は聞いた。
「いつもマスターと一緒なのに、どうして今日は一人なの?」
突然の流花の問いに、大門は黙り込んだ。
言いたくなかったのではない。
流花に、言いたかった。
でも、どうやって言えばいいのか考えていた。
大門はやっと、切り出した。
「えっと……流花お姉ちゃん、たきさんは知っているよね?」
「うん。たきさんが、どうしたの?」
「たきさんに会ってみたくて、七海の店に連れて行ってもらったんだ」
「たきさんに、会ったんだ」
「うん。……七海は、『一緒に暮らしている、大門です』って、僕をたきさんに紹介したんだ」
「一緒に暮らしている……」
「変だよね。普通なら『息子の大門です』って、紹介するよね」
流花は、何も言わなかった。
「僕には、お母さんがいない。僕は『お父さん』って呼ばないで、『七海』って呼ぶ。もしかしたら七海は、僕のお父さんじゃないんだって思う時がある」
大門の言葉に、流花は思わず声をあげそうになったが、なんとかこらえた。
「そしたら、七海っていったい何者?僕のお母さんって、何処にいるの?そう思ったら、七海を避けるようになっちゃった」
大門が疑問に感じた答えを流花は知っているから、大門に教えることはできる。
……でもそれは、私が教えることではない……。
「大門君が疑問に思い、不安になる気持ちはわかる。でもね……」
大門はじっと、流花を見つめた。
「マスターを避けるのは、違うと思う。だって大門君は今までずっと、マスターに守られて大事に育てられたんだよ」
大門に言いながら、自分にも言えることに、流花は気がついていた。
ずっと、田中と野田の間で揺れていた。
……私もずっとマスターに、守られてきた。
「うん。僕今まで、ずっと七海の側にいた」
「冷たくしたら、マスター落ち込むよ」
流花の言葉に、大門は思わず声を上げて笑った。
笑い終わった後、大門は思い出したように言った。
「流花お姉ちゃんってなんだか、たきさんみたい」
「えぇー、私たきさんみたいに、上品じゃないよ」
「上品じゃないけど……」
「ちょっと待って、上品じゃないって、大門君が言っちゃう?」
「ごめん!えっと、凄くやさしい所が似ている」
流花はやさしく微笑み、思いついたように言った。
「行きたい所があるんだ。一人じゃ行きづらいけど、大門君と一緒なら行けそう。つきあってくれる?」
「良いけど、何処に行くの?」
それには答えず、流花は立ち上がった。




