タイトル未定2026/07/02 02:46
携帯のアラームでマスターは目が覚め、起き出した。
寝室を出ると、洗面台で歯を磨いている大門を見かけた。
ノースリーブに短パンのマスターに対して、大門はティーシャツジーパン姿だった。
髪の毛も整っていて、寝癖などなかった。
マスターはリビングに行き、台所に入って行った。
大門は既に朝食をとったのか、大門が使った食器が洗ってあり、食器カゴの中に置いてあった。
マスターは、冷蔵庫の扉を開けた。
少し前なら、大門はちょっとしたマスターの朝食を作って、冷蔵庫の中に入れていた。
しかし今は、冷蔵庫に大した食材は入っていなかった。
マスターは、冷蔵庫から牛乳を取り出した。
洗面所から大門が、リビングに入って来た。
「おはようございます」
「おはよう」
マスターは台所に立ったまま、牛乳を飲んでいた。
少し前の大門は、立ったまま牛乳を飲むマスターを注意していた。
しかし今は、挨拶をしながらマスターをチラリと見ただけで、何も言わなかった。
リビングのソファーに座ってテレビをつけ、朝の報道番組を観ていた。
すぐ学校に行けるように、足元にはランドセルと水筒と横断バックが置いてあった。
リビングで立ったまま牛乳を飲んでいたマスターは、会話一つしない大門を淋しい目で見つめていた。
朝だけでは、なかった。
夜、マスターが診療所から戻ってくると、大門は既に日課のジョギングを終えていた。
「お帰りなさい」
「ただいま。あれっ、もうジョギングに行ってきたんですか?」
「うん」
大門はそう言っただけで、浴室に行ってしまった。
翌日、診療所の昼休み。
マスターと看護師長の紫野緑は、行きつけの和食の店「和み」の店内のテーブル席で向き合っていた。
マスターは、冷たい出汁が入った魚の茶漬け。
緑は対照的に、暖かい魚の茶漬けを食べていた。
マスターは茶漬けを食べながら、それまでの大門の行動を緑に話していた。
「こんな感じで、急にボクを避けるようになったんです。何か、理由があるのかなぁ」
「大門君、今何年生?」
「五年生です」
「五年生!そんなに、大きくなったんだ」
緑が大門に初めて出会ったのは、大門がまだ園児の時だった。
その大門が五年生に成長し、緑は驚いていた。
「大門君、五年生かぁ。これは、遂に親離れかなぁ」
「親離れ……」
「先生も、子離れをする時が来たんじゃないんですか?」
「わかっては、いるんですけどね」
「淋しい?」
「淋しいですよ。急に、相手にされなくなったんだから」
「先生と大門君は、いつも一緒だったもんね」
マスターと緑が「和み」の店で話をしていた頃大門は、小学校の昼休み運動場でクラスの男子数名とサッカーをやっていた。
大門はゴールキーパーをやっていたが、気がついた時にはボールを入れられていた。
大門の友人の游太が、心配して走ってきた。
「大門君、どうしたの?」
「ちょっと、抜ける」
そう言った大門は、ゴールから離れた。
游太は一緒にサッカーをやっていたクラスメイトの方に行き、大門と自分が抜けることを伝え、游太は大門の側に行った。
大門は、運動場の砂場の隅に座っていた。
游太が大門の隣に座ると、大門は游太に聞いてきた。
「游太君は、お父さんと話をする?」
「最近はあんまりしないけど、でも話はするよ」
「そっかぁ」
「大門君は、お父さんと話をしないの?」
「うん……あんまり喋らない」
「えぇ~大門君のお父さんって、あんなにかっこよくて、やさしいのに」
羨ましげに言う游太を見て、大門は胸の中でつぶやいた。
……かっこよくて、やさしいお父さんが、(一緒に暮らしている大門です)なんて言う?
そこは(息子の大門です)って言うんじゃないの?
あの一言で大門は、マスターに違和感を感じていた。
……七海は、本当に僕のお父さんなの?
「和み」の店で昼食を済ませたマスターと緑は、緑が運転する車で、診療所に戻った。
その頃休憩室でお昼のお弁当を食べ終えた亜美が、休憩室から出てきた。
マスターを見かけると「先生」と言いながら、マスターの方へ行こうとした。
診療所に戻ったマスターと緑は、待合室の長ベンチに並んで座っていた。
マスターは、相変わらず落ち込んでいた。
「いつまで、落ち込んでいるの」
「落ち込みますよ……」
言いながらマスターは、緑の肩にもたれた。
「親離れしないと、大門君成長しないわよ」
「親離れ……か。そうかなぁ。避けられているだけのような感じだけど」
すっかり自信をなくしているマスターの頭を、緑はなぐさめるようにやさしく撫でた。
休憩室から出てきた亜美はマスターに声をかけようとしたが、マスターが緑の肩にもたれ、マスターの頭をなでている緑を目撃した。
亜美は、固まったようにその場から動けなくなっていた。




