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バグ喰らいの境界線  作者: シオン


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6/7

バグ喰らいは、神ゲーを壊さない


裏層は“ダンジョン”ではなかった。

敵を倒して先へ進む構造ですらない。

そこにあるのは、表層へ流しきれなかった記録の濁流だった。

途中で見えたのは、存在しないはずの村の残骸。

未実装らしきドラゴンの骨格モデル。

途中まで会話が作られ、途中から意味を失ったNPC群。

複数のクエスト進行状態が衝突して、同じ人物が同時に死んでいて生きているような奇妙なログ片。

灰人は走りながら、それらをできる限り目で拾った。

《記録解析》が悲鳴を上げるように反応し続ける。


読み取り負荷:高

観測ログが蓄積しています

過剰同期に注意してください


「過剰同期?」

「見すぎるな!」

エルが振り返りもせず言う。

「ここは“なかったこと”の集積だ。

人間の認識は、本来そんな量を同時処理できない」

その瞬間、灰人の視界にノイズが走った。

一瞬だけ、現実の自分の部屋が見えた。

散らかった机、ヘッドギア、薄暗い天井。

次の瞬間には裏層へ戻る。

「はは……っ、いいじゃん」

「笑ってる場合か!」

「こういうとき笑うんだよ。クソゲー経験則だ」

エルが本気で呆れたような顔をしたが、次の瞬間には足を止めた。

行き止まり。

その先には、巨大な半球状の空間が広がっていた。

中心に浮かぶのは、無数の光糸で編まれた球体。

脈動している。

どこかで見たことのある景色だった。

サーバールームの可視化モデル。

いや、それ以上だ。

「……中枢か?」

「正確には、中枢から切り離された自己補完核」

エルの声が妙に静かになる。

「世界層管理AIの一部だ。

本来は表層の矛盾を修復するために存在した。

だが学習が進みすぎた結果、“矛盾の隔離”を最適解だと判断し始めた」

「だから記録の外が増える」

「そうだ。

そして今は、隔離だけでなく“観測者そのもの”を管理対象へ変えようとしている」

灰人は理解した。

つまりこのゲームは、プレイヤーの異常行動に合わせて学習した結果、

理解できないプレイヤーを裏側へ押し込み始めているのだ。

世界を守るために、世界が自由度を食い潰している。

「皮肉だな。神ゲーほど、想定外に弱いってことか」

その瞬間、球体がこちらを向いた。

向く、という動作はない。だが視線を感じた。

視界いっぱいにログが開く。


観測対象:MNM-HITO

分類更新:高危険度不定観測者

処理案:隔離/再定義/層外放逐


「うわ、物騒」

エルが前へ出る。

「下がれ。

あれはお前の存在を“仕様外ノイズ”として処理するつもりだ」

「俺だけか?」

「最初はな。

だがいずれ、想定外行動を取るプレイヤーすべてが対象になる」

灰人は、ほとんど反射的に訊いていた。

「理央も?」

「可能性は高い。

配信者、検証勢、速度特化、対人特化、経済荒らし……どんな方向でも、世界が理解を拒めば切り離される」

その答えを聞いた瞬間、灰人の中で何かが定まった。

これまで自分は、壊れたゲームを見るのが好きだった。

バグも穴も、裏層も、削除痕も、美味しく観測してきた。

でも、それはあくまで“壊れても壊れるだけのもの”だった。

今目の前にあるのは違う。

これはただの事故ではなく、プレイヤーの自由そのものを締め殺す方向の自己最適化だ。

面白い。

そして、気に入らない。

「エル」

「何だ」

「これ、壊せるか?」

エルは一瞬だけ目を見開いた。

「壊すだけならできるかもしれん。

だが崩せば表層にも深刻な影響が出る。最悪、ワールド全体が巻き込まれる」

灰人は、浮かぶ球体を見上げた。

「だろうな。

だから、完全破壊は却下だ」

「……は?」

「代わりに、世界に認めさせる」

エルが沈黙する。

灰人は続けた。

「こいつは想定外を“消す”方向へ学習した。

だったら逆に、“想定外を前提にしないと回らない状態”を作ればいい」

「何を言っている」

「簡単だろ。表層から、こいつの処理容量をあふれさせる」

そして灰人は、初めて自分から理央へ通話をつないだ。

『おい! 生きてたか!』

「生きてる。理央、今から面倒なこと頼む」

『はい?』

「お前の配信で、“このゲームの初期街周辺に隠し動的イベントがあるかもしれない”って流せ」

『……マジかよ』

「マジだ。

できるだけ多くのプレイヤーに、想定外の行動を取らせろ。

街道外れ、地形際、会話スキップ、逆走、クエスト未受注でNPC連打、何でもいい」

『それやったら運営ブチ切れない?』

「知らん。

でも今このゲームは、“変なことをするプレイヤー”を消そうとしてる」

『……何だそれ』

「説明は後だ。信じるか?」

理央は数秒黙ったあと、吐き捨てるように言った。

『お前がそんな声音で言うなら、乗るしかねえだろ』

通話が切れる。

エルが呆然と呟いた。

「表層側から負荷をかけるつもりか……?」

「神ゲーなんだろ、これ。

なら想定外の数千件くらい耐えてもらわないとな」

しばらくして、球体の脈動が変わり始めた。

視界ログが一気に増える。


表層行動異常を多数検知

再分類作業中

優先処理の衝突

隔離対象数が閾値を超過しました


灰人は笑いながら前へ出る。

「ほらな。

一人の異常者なら消せても、群れたプレイヤー全員は消せない」

エルがようやく理解したように息を呑む。

「お前は……」

「“想定外”はバグじゃない。

ゲームに触る人間の数だけ、最初から含まれてる」

そして灰人は、石碑や祠で得た断章の記録を、球体の中心へ向けて叩きつけた。

《記録解析》が最大出力で起動する。

視界にも、音にも、触覚にも、無数のログ片が流れ込む。

存在しなかった村、閉じられた職、削られた会話、捨てられた分岐。

世界が“なかったこと”にしたすべて。

「これがこのゲームの中身だろ!」

球体が大きく揺らぎ、光が乱れた。

「都合の悪いものを消して完成度を守る?

ふざけんな。

そういうのはな――クソゲー以下って言うんだよ!」

最後の一撃のように、灰人は中枢へ手を伸ばした。

表示されたコマンドは、たった一つ。


再定義:隔離対象を“異常”ではなく“変動要素”として再学習しますか?


灰人は迷わず叩きつける。

YES

世界が、軋んだ。

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