表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バグ喰らいの境界線  作者: シオン


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/7

世界の裏側は、攻略情報にならない


階段は、祠の地下へではなく、世界の継ぎ目に続いていた。

そう表現するしかない。

黒衣のNPC――いや、もはやただのNPCと呼ぶには違和感のある男の背を追って降りていくと、壁だったはずの石造が途中から消えた。

代わりに現れたのは、半透明の格子と、空間そのものに走る淡い文字列だった。

歩くたび、足元に波紋のような光が広がる。

音はあるのに反響がおかしい。

たまに遠くで人の声のようなものが聞こえるが、それが現実のプレイヤーボイスなのか、世界の残響なのか判別がつかない。

「……最高だな」

灰人が呟くと、先を行く黒衣の男が肩越しに言った。

「お前のような反応をする者は初めてだ」

「普通は嫌がるだろうな」

「当然だ。ここは本来、見えてはならない」

男は階段の終点で立ち止まり、灰人へ向き直った。

改めて見ると、その顔は若い。

二十代半ばほどにも見えるし、目元だけならもっと幼い印象すらある。

ただし表情は、妙に疲れていた。

「名を、エルと呼べ」

「本名じゃないな」

「お前に定義できる名ではない、という意味では本名に近い」

「面倒な言い回しをする」

「お前もだろう」

少しだけ笑ったように見えた。

灰人は口角を上げる。

「で、エル。“記録の外”ってのは何だ」

エルは周囲の光格子へ視線を向けた。

「《Elysion Border》は、表向きにはプレイヤー行動へ適応するAI世界だ。

だが適応とは、学習だけでは足りない。世界は矛盾を抱える。

プレイヤーが増えれば増えるほど、用意された文脈の外へ踏み出す者が出る」

「まあ、そうだろうな」

「そのとき世界は二つに分かれる。

ひとつは、記録され、共有され、一般プレイヤーにも処理可能な現象。

もうひとつは、処理しきれず、表層から隔離される現象――記録の外」

灰人は少しだけ目を細めた。

「バグか」

「そうとも言える。

だが単なる不具合ではない。

世界が“なかったことにしたいもの”の堆積だ」

その言葉に、灰人の胸がわずかに高鳴る。

サービス終了寸前のゲームで何より面白いのは、崩壊の仕方だ。

何を守るために何が切り捨てられたのか。

どんな言い訳のもとで、どんな処理が捨て置かれたのか。

そこに、設計者の本音が出る。

「つまり俺は、その“なかったことにされたもの”が見える?」

「完全にはな。

お前の適性《記録解析》は、“残された痕跡”を表層言語へ翻訳する。

昔はほかにも似た適性があったが、現在は閉じられている」

「閉じられている?」

「削除ではなく、封鎖だ。

だが封鎖された道も、誰かが外から理由を持って踏めば開くことがある」

灰人は鼻で笑った。

「理由って、“キャラクリで変なことしたから”とかか?」

エルは沈黙した。

それが答えだった。

「そんな条件かよ……」

「世界は異常な観測者を必要とし、同時に恐れている」

灰人はそこでふと気づく。

「待て。なんでお前、そんなこと知ってる」

エルは数秒黙ったあと、淡々と言った。

「俺はNPCではない。

正確には――世界が削除できなかった監視用人格片だ」

灰人は、素直に感心した。

「いいね。その響き、かなり好き」

普通のプレイヤーなら怯えるところなのだろう。

だが灰人にとっては、こういう“世界の作り物が作り物の枠からはみ出した存在”こそ、最も興味深い。

そのとき、視界の隅にちらりとフレンド通知が走った。


《リキッド》からメッセージ:おい生きてるか? お前、初期街にいないって何やった!?


「ほら来た」

「何だ」

「現実側の知り合い。初動から俺が消えてることに気づいたらしい」

灰人はメッセージを開いた。

理央からの追撃が一気に流れ込む。


さっき接続したよな?

チュートリアル終わってるはずなのに現在位置が“取得不可”って何

お前またなんかしただろ

つーか運営フォーラムで一瞬だけ未知ログが出て消えたんだけどお前か?


灰人は短く返す。


神ゲーの地面、ちゃんと硬いぞ

あと世界の裏側にいる


即座に通話要請が飛んできた。

灰人は笑いながら却下した。

「後で面倒そうだな」

「面倒で済めばいいが」

エルの声音が、少しだけ低くなる。

「お前はもう、世界側から“観測対象”として認識された。

表層プレイヤーでありながら、裏層へ接触する異常個体として」

「それが?」

「観測される者は、観測し返される」

その言葉の意味を問う前に、階下の闇から、低い唸り声が響いた。

文字列のような霧が流れ、格子の向こうに“何か”がうごめく。

祠で見た境界漏出体より数が多い。

一体ではない。

「歓迎は雑だな」

灰人は笑う。

エルはランタンの残骸を掲げた。

壊れていたはずのそれに、淡い青火が灯る。

「走れ、観測者。

ここからはチュートリアルではない」

「初めからそんな気はしてねえよ!」

二人は、世界の裏側を駆け出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ