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バグ喰らいの境界線  作者: シオン


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7/7

境界線の向こうで、プレイヤーは笑う


目を開けたとき、灰人は初期丘陵の草の上に倒れていた。

風。

土。

遠くの街。

空には、何事もなかったかのように雲が流れている。

数秒遅れて、システムログが一斉に走る。


個別層異常処理完了

表層学習モデルを更新しました

隠し適性《記録解析》を限定解放します

新規派生ルート《境界観測》が条件付きで開放されます


「……はは」

起き上がると、そこにはエルもいた。

だが黒衣ではなく、今度は少しだけ輪郭が安定して見える。

「残ったな、お互い」

灰人が言うと、エルは呆れたように首を振った。

「お前は本当に、理解不能だ」

「褒め言葉だな」

フレンド通知が爆発したように鳴り響く。

理央からの通話。

ギルド勧誘。

知らない配信者からの接触。

運営サポート名義の確認メッセージ。

フォーラムでは“初期街周辺の動的イベント変化”がすでに話題になっているのだろう。

灰人は通話を取った。

『お前何した!!』

開口一番、それだった。

「ちょっと神ゲーの設計思想を殴った」

『意味分かんねえよ! 急に初期街のNPC反応変わるし、隠し会話増えるし、地形際に変な痕跡出るし、配信コメント欄が祭りなんだけど!?』

「よかったじゃん、盛り上がって」

『盛り上がるわ! 運営フォーラムの正式告知も来たぞ。“一部プレイヤー行動に応じて世界層の適応範囲を拡張しました”って!』

「嘘は言ってないな」

『お前、絶対裏でなんかやっただろ』

「まあな」

『詳しく話せ』

「あとで」

通話を切ると、灰人は空を見上げた。

結局、自分はこのゲームを壊さなかった。

壊せなかった、ではなく、壊さなかった。

いつもなら、崩れた先を見る方が好きだった。

システムの継ぎ目が裂け、設計の腹の中身が零れるのを眺める方が性に合っていた。

でも今回は違う。

この世界は、崩壊より先に進める余地があった。

“完成度”のために自由を削るのではなく、

自由があること込みで世界を学習し直す余地が。

それを見つけた以上、壊すだけでは終われなかったのだ。

「……変な気分だな」

「何がだ」

エルが並ぶ。

「クソゲーを観察してたはずなのに、気づいたら神ゲーを更生させてた」

エルは、今度こそ明確に笑った。

「お前のような観測者を、世界は二度と“なかったこと”にはできないだろう」

灰人は肩をすくめる。

「それはそれで困る。

俺、目立つの嫌いなんだよ」

だがその数分後、広場方面から駆け上がってきたプレイヤー集団に見つかり、あっさり囲まれた。

「いたぞ! 例の初期隠しイベント発見者!」

「マジで灰色の奴だ!」

「配信タイトルそのままじゃん!」

「スクショ!」

「何したんすか!?」

「裏ルートですか!?」

「条件何です!?」

一気に騒がしくなる。

灰人は顔をしかめた。

「うわ、最悪だ」

その背後から、理央が現実でも聞き慣れた笑い声を上げた。

『だから言ったろ。お前が変なことするとこうなるって』

理央のアバターは案の定、露骨に格好いい長身戦士だった。

灰人を見るなり、肩を組んでくる。

『で、何があった?』

「神ゲーがプレイヤーを舐めてたから説教してきた」

『雑すぎる』

「大筋は合ってる」

『あとで三時間かけて説明しろ』

「長い」

『足りねえよ』

周囲のプレイヤーたちが一斉にざわつく。

配信視聴者のコメントが流れているのだろう。

フォーラムでもSNSでも今頃、“初期街隠し更新”の話題で持ちきりかもしれない。

灰人は、その喧騒の中心で少しだけ目を細めた。

見ろよ。

想定外なんて、最初からこんなにいる。

速さだけを追う奴。

映えだけを追う奴。

効率至上主義。

ロールプレイ狂い。

木を切るだけで一週間過ごす奴。

街の外へ出ない奴。

会話を全部聞く奴。

全部飛ばす奴。

バグを探す奴。

隠しルートを嗅ぐ奴。

プレイヤーは、設計図どおりの客じゃない。

最初から、ゲームを勝手に広げていく連中だ。

「……いい世界になりそうじゃん」

灰人が呟くと、エルが小さく答えた。

「既に、お前がそうした」

その言葉を聞いたとき、胸の奥に少しだけ熱が灯った。

壊したかったわけじゃない。

ただ、本当に面白いものを見たかっただけだ。

表層の綺麗さじゃなく、継ぎ目の向こう側まで含めて生きている世界を。

そして今、この《Elysion Border》は、たぶんようやくそこへ足を踏み入れた。

灰人の視界に、最後の通知が現れる。


特殊称号を獲得しました

《バグ喰らい》

効果:世界の痕跡に対する感覚がわずかに鋭くなります

説明:壊れたものを笑い、捨てられた記録を拾い上げ、境界線を踏み抜いた者へ。


理央が通知を覗き込んで爆笑した。

『うわ、二つ名そのままじゃねえか!』

「最悪だ……」

『最高だろ』

「せめてもう少し格好いい言い方はなかったのか」

『ないな』

「だろうな」

灰人はため息をつき、それから口元だけで笑った。

神ゲーは、異常者を想定しない。

けれど異常者がいるからこそ、ゲームは時々、想定を超えて面白くなる。

なら、この先もやることは一つだ。

まだ見えていない継ぎ目を探して、

世界の都合で消されかけた面白さを拾って、

必要ならまた、境界線を踏み抜いてやる。

灰人は草原の向こう、街とは逆方向の森を見た。

そこにもすでに、薄い痕跡の光が伸びている。

新しいルート。

新しい異常。

新しい、まだ名前のない“記録の外”。

「行くか」

「どこへだ」

理央が訊く。

灰人は笑う。

「決まってる。

まだ誰も、ちゃんと壊してない場所へ。」

風が吹く。

草が揺れる。

世界は、今この瞬間も学び続けている。

そしてその世界の境界線を、

今日もまた一人のプレイヤーが、嬉々として踏みにいくのだった。

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